芸能人って、こんなもの? #3
車止めには4台ほどの黒のクラウンが止まっていた。スマホを確認すると私が配車したのは「た 4532」と書いてあった。最も目の前に止まるクラウンがそれだったので、窓を二度軽く人差し指の骨で叩き、後部座席のドアが自動で開いて、40〜50くらいに見えるドライバーの男が話しかけてきた。
「お客様、行先はどちらまで?」
「今、御堂筋イルミネーションしてるじゃないですか。あれ、すごい綺麗だなあと昨日思って。だから、御堂筋を難波まで下って、四ツ橋でこのホテルまで戻ってきてもらえますか?」
「もう一度ここへ?」
「はい」
「かしこまりました」
この男はタクシーの運転手にしては若く見えた。いや、実際に若いのだろうが、彼が中性的なオーラを出しているからか、若作りではない若さが見えた。
このクラウンは最も新しいモデルだった。革の座席がどうも落ち着きを排除するので、腰をやや浅目にしたまま信号待ちで止まった土佐堀川を眺めた。
車は四ツ橋を北に上がり、大阪駅桜橋口近くの交差点を右に曲がって、次の信号を先頭で止まった。大阪駅の前の交差点には、木曜の22時にもかかわらず、大量の人間が横切った。それをぼーっと眺めていると歩行者用の信号が点滅した。それなのにここを通る人間は全く慌てるそぶりを見せない。あろうことか、赤信号になっても走ろうとせずに歩く人間がいる。通例、交通事故が起こると自動車が責任を負うことになる。でも、間違いなく歩行者が違反しているケースもある。なのに歩行者に厳しい目を向けられることはなんだか少ないような気がする。もっと違反歩行者に対して声を荒げてもいいのではないかと思う。点滅になると渡らない。そんなことは幼い頃に習ったはずだ。急用がある場合のみ信号無視は容認されるなんて教えられたか?皆が信号無視を行えば、貴方も行う権利はあると教えられたか?些細で小さく軽々しい信号無視こそ取り締まれば良いのにと思った。そして、ここにいる人間は随分と無責任な人間なのだ。警察も、そこにいる注意をしない人間も、私も、運転手の男も、全員が。
そういえば昔、「悪いことをすると必ず神様は見ている」と母親が言っていた。もちろん悪事の抑制に効果的だったのであろうが、その一言は私の脳裏にしっかりと刻まれ、今でもその神とやらを信じている。決してクリスチャンなわけでもない母親の言う神様とは一体どのような者なのだろう。その得体もしれない神様がずっと私の身体に寄生しているという事実が少々気持ち悪く感じた。
阪神と阪急のビルの間で右折し、御堂筋と合流したところで
「これ御堂筋ですけど、ここを下っていけばいいんですか?」
と言うので、小さくお願いしますと言った。