フィヨルドランド国立公園 ケプラートラックⅢ



「その別離は悲劇にあらず。永遠の時、流れる妖精の国にて新たな器を授かりて、その魂は未来永劫守られるが故に────。」

ヴァイオレットエヴァーガーデン第6話、アリー彗星観測のシーンで、ヴァイオレットが「妖精王ラインハルトの嫁取り」の一節を引用して放った言葉だ。このシーンを見た一瞬、神秘的な別世界を思い描いた。架空の物語でも現実でも「別世界」を感じることはすごく貴重な経験だと思える。そんな経験があとどれくらいできるだろうか。


11月17日、IrisburnhutからIrisburnの頂にあるHangingValleyに向けて、急勾配の山道を歩いていた。どれくらいの時間登り続けているだろう。昨夜の雨は上がり、雲の隙間から光が差し混んでいる。勾配がかなりきついのでその分、道はくねくねとひたすらに曲がり続け、天上の先まで続いているようだ。まだここは森林が高くまでよく育ち、そのせいもあってどこまで道が続いているのか見当もつかない。振り返っても登ってきた道すら見えない。道中何度か小さい川を渡ったり横を流れていたりしたが、傲慢にも上流の水をと思って進んできたがもう残りは僅かだった。
さらにそのまましばらく登り続けると遠くから
激しく岩を打ちつける水の音に気づく。

歩調が自然と早くなり、音も大きくなっていく。小さな滝だった。
リュックからから空のボトルを取り勢いよくその流れの中に腕ごと入れる。そして口にふくむと冷たく美味しくて思わず息をするのを忘れるくらい飲むのに集中した。ぷはーっと息を吐いて滝の上を見てみると空がくっきり見えていた。頂上が近い、と思った。
しかしそこから実際なかなか到達しないのが世の常だ。またしばらく歩く。風が強くなる。
視界がひらけた瞬間、思わず声が出そうになった。

森林限界────。


Forest lineとケア

山々の輪郭がはっきり見える。樹木の生育区域外に達する境界線、日本の本島ではこの森林限界に達するのに標高2500mだといわれているが、高緯度にあるニュージーランド南島では1400m。
そんな境界線に待ってましたよとばかりに居座るこの鳥は、オウムの仲間でケアと呼ばれている。ニュージーランド固有種であり絶滅危惧種だが、非常に頭が賢く餌をもらうためか人間にも近づいてくる。数歩先を歩いてはこちらを振り返ってはまた歩く。そしてしばらくするとまたどこかへ飛んで行った。羽を広げると内側がオレンジ色で美しく、山から山へと飛び回るその自由な姿に見惚れて少しの間佇んだ。

そこからの時間はニュージーランドの旅の中で最も壮大で印象的な時間だった。美しい山々を見渡すことのできる尾根の道がずっと続く。周りには雲が広がり、小さく降り注ぐ雪がその空間を特別にしていた。ずっと登ってきた森林の景色と急に現れた絶界の景色。そのギャップがこのケプラートラックの最大の魅力だった。