ネコ部長
私の部署の部長は、猫です。
どうやって入社して、どうやって実績を上げたのかはわかりませんが、ともかく部長職に就いています。部長の仕事の内容もよくわかりませんが、会社からの表彰状などを得意げにデスク横の壁に貼ってあるのを見ると、どうやら結構なやり手のようです。
ネコ部長は、いつも手で顔を洗っています。部長の毛並みは黒とグレーが混ざったもので、すごくクールです。いつもしているシルバーのネクタイも、とても似合っています。
私がネコ部長へかかってきた電話をとって、部長に電話ですというと、彼は「ニャ」と短く返事をして、電話に出ます。
話の内容は、マタタビがどうとか、昼寝がどうとか、でも今週の水曜日にどこそこで集会があるとか、私にはよくわかりませんが、部長が真剣な面持ちで電話口で話しているのを見ると、どうやら重要なことらしいです。
ネコ部長が、部下の面倒見がいいかどうかというと、ちょっとそれには自信を持って「はい」とは言えません。
だってネコ部長は、誰にも声をかけないし、誰からか何か言われたときも、「そうかニャ。なるほどニャ」くらいしか言わなくて、そういう方ですから。
でも、だからって、部下に「ああしろ、こうしろ」と口うるさくいうこともないので、みんなのびのび仕事をしています。
でも、誰かが居眠りをしていて、はっと気づいて起きたときは、いつもネコ部長がその人のことをじっと見ているのです。それで、その人はまた、一生懸命に仕事をし始めます。
とはいいつつも、ネコ部長もよく居眠りをしているんですけどね。とくに、とても陽気がいい日なんかは、部長の席は窓際だから、ぽかぽかして、すぐに寝てしまいます。
とにかく、そういう方なので、面倒見がいいのかどうかはわかりませんが、みんなの仕事は円滑に進んでいます。
この間も、部署の成績がいいというので、会社から少しお金が出て、みんなで近くのお店にお酒を飲みに行こう、ということになりました。
みんな、おいしい肉が食べたいといって、鶏肉、牛肉、豚肉その他と、わいわい騒いで、どのお店に行くのか議論になりました。
でも、なかなか話がまとまらないので、最後にみんなは一斉にネコ部長の方を見たのです。
そしたらネコ部長は、はっとした顔になったかと思うと、パソコンにぱちぱちと何かを打ち込んで、しばらくカチカチとマウスを動かして、それでプリンターで一枚、ぐるなびの情報を印刷して、おsれから真顔でこちらを見ています。
一番若い社員がそのお店に電話をしてすぐに予約を取り、その日はみんな仕事を早めに切り上げて、そのお店に行ったのです。
そこは魚料理が有名な飲み屋さんでした。こぢんまりとしたお店で、でも安っぽくなく、たくさんのお酒がそろっていて、なんだか風情があるのです。
さっそくみんなは好きなお酒と、おいしそうな料理を注文して、すぐに乾杯。そして出てきたお刺身はとてもおいしく、誰もかれもが舌鼓を打ちました。
だからみんな、心のうちで「さすがネコ部長」と思って、話して、食べて、飲みながら、ちょこちょこ部長のほうを見るのですが、部長はそれを知ってか知らずか、少しずつ肴を食べながら、お酒をちょびちょび舐めています。
ふいに年かさの社員が「部長はこのお店によく来られるんですか?」と聞くと、ネコ部長は、後ろの壁にもたれて、すうすう寝息を立てて、もう寝ていたのでした。
みんなは次のお店に行くと盛り上がっているのですが、私はお酒がそんなに強くないので、そこで帰ることにしました。それで、ちょうどネコ部長と家の方面が同じなので、酔って寝てしまっている部長と一緒に帰ることにして、タクシーを止めて、みんなを見送って、車に乗り込んだのです。
そして、私が先輩に教えてもらったネコ部長の家の住所を運転手さんに教えようとすると、運転手さんは「ネコ部長のお宅ですね。知ってますから大丈夫。部長は馴染みでね」と言って、走り出しました。
私は不思議に思って、「ネコ部長はよく飲んでからタクシーで帰られるんですか?」と運転手さんに聞きました。すると運転手さんは、「部長は、飲んだり飲まなかったり、タクシーに乗ったり乗らなかったりですよ」と笑って言いました。
私はよくわからなかったのですが、酔っていたこともあって、よくわからなかったなりによくわかったような気がして、そうなんですか、へえ、と生返事をしました。それからすやすや眠っているネコ部長の顔をふと見てみると、部長の口からは、赤い舌がぺロリと少しだけ出ていて、いつも平然とした顔をしている部長がこんな顔をすることもあるのかと思って、思わずほほえんでしまったのです。