そこがいいんじゃない!〜全部肯定してみよう〜

 深夜、蕁麻疹で身体中が痒くなってたまらず、動けず、仕方なく救急車を呼んだ。車内で救急隊員は風俗の話題で盛り上がっていた。私のレベルの患者などお茶の子再々なのであろう。平和でいいことである。
 病院に担ぎ込まれて三時間が経った。救急なのに三時間である。私はもう痒くて痒くて、でも掻いてはいけないので、その衝動で空も飛べそうなのに、待たされて、夜間救急窓口の守衛さんにどうにかしてくれと頼んだら、医者がすぐにきて「忘れていました。すいません」ということだった。すぐに診察されて、点滴を打たれて、体の痒みは止まった。まあ、そういうこともあるのであろう。医者も人間である。忘れることはよくある。痒かったけれど。

 会社にお局さまが二人いる。二人は仲良し、ではなく、反目しあっている。他のスタッフはそれに怯えながら日々、言葉を選び、仕事を履行している。偉いことである。当の二人は何も譲らぬ。ただ相手の悪いところを並べ立てるのみである。片方は残業をすることを是とし、片方は残業をすることを非とする。
 片方は二十歳になりそうな娘がいて、片方は独身である。二人の年齢は近い。私たちはそれらに挟まれながら、日々の業務をこなす。給料をもらっているからである。ストレスに耐えることも給料のうちと割り切れずにどうして仕事というものができようか。割り切っていない人も多いけれど。

 妻はいつも怒っている。いや、いつもではないはずなのだが、怒っているというイメージがある。やれ甲斐性なし、やれ貧乏、やれ精神薄弱だの、言いたい放題だ。しかしそれは本当であるし、それに自分は自分でその女性と、ということで決めて結婚したのだからそれはそれでよい。
 ただ、彼女が怒っているのは、月のものが来ることでホルモンバランスが崩れて怒っているのである。私が言いたいのは、神にである。神よ、なぜ女性は月に一度ホルモンバランスを崩す駆動系をその体に組み込んだのか。だか、子供を作るためと言えばそれはそれで言い訳は経つ。だから私はそれでいい。妻の小言にも耐える。基本的にはやさしいし。

 本当によくわからないのは、アイスコーヒーだ。コーヒーは暑い湯でコーヒー豆を濾してどろどろにした液体の味と香りを楽しむものではないのか。それをいちいち冷やす。その神経がわからない。暑いときに熱いものを飲んでああ熱い、という熱い心はないのだろうか。日本には。
 諸外国を見てみたまえ。どこにアイスコーヒーなどというものがあろうか。暑かろうが寒かろうが、コーヒーは熱いものと相場が決まっている。しかし、この国ではそうは考えられない。アイスコーヒーを極度に愛する不思議な国。だからこそ、この国のことを愛さずにもいられない。極東の感性よ。ただ、それを世界に広めることだけはしてくれるな。まあ、広まったら広まったでいいのだけれど。

 晴れが続くと雨が降ってほしいといいい、雨が続くと、いい加減晴れてほしいという。それならばいっそ外に出ないようにすればいいではないか、と思うが、家に篭っていたらいたで、やれ外の空気はうまいだの、家で飲む酒はうまくないだの、文句が噴出する。
 だから私は晴れも雨も平等に愛したいと思っている。実際、晴れが続くと嫌だし、雨が続いても嫌だ。しかし、中立の立場でいよう、という意識を持っている自分がいることだけはわすれてはならない、と思う。まあ、極端もそれはそれで楽しいのだが。

 生まれながらにして幸せな人間と、不幸な人間がいる。なぜ? と聞かれても、神さえも答えることはできないであろう。神などは、人間など、小粒の物質くらいにしか考えいてないと思う。だから、美形の金持ちに生まれようと、醜悪な貧乏人に生まれようと、神は何も思っていない。
 私たちが蟻の顔ひとつひとつを批評しないのと同じことである。蟻をよく見るのは蟻の研究者で、彼らも好奇の目でしか蟻を見ていない。あなたが神だったらどうか。そうであろう。生まれなど、些細な問題なのである。
 かといって、その些細な問題が人生の捻り、つまり幸福に関係してくることは否めない。蟻は蟻で蟻の悩みがあるのだ。

 と考えたときに、私は萩原朔太郎の「猫街」のことを思った。町中に猫、猫、猫が溢れ倒す物語である。
 あれは薬物のもたらす幻想、というオチがついているのだが、では果たして、幻想の中の猫たちは自分たちの生活をどう思っているのだろうか。
 猫の世界には猫の生活があるであろう。悩みがないわけなどない。
 それは我々人間も同じで、どうしても、どうあがいても、なにがどうなっても、悩み、もがき、あげく。
 神だって悩みはあるだろう。蟻も、猫も、人も、同じである。それぞれのステージが違うだけだ。
 文句を言い、愚痴を言い、物事を否定する前に、まずそれを受け止めて、揉んで、こねて、それで一度はははと笑ってから苦悩するのでも、問題はあるまい。
 まず肯定せよ。始まりはそこからだ。

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