小説「鉄塔」
「ママ」
「どうしたの」
「あの大きな川の向こうには、なんで誰も住んでいないの?」
「ああ。昔は住んでいたのよ」
「今は住んでいない?」
「そうよ」
「どうして?」
「川の向こうに、町が見える?」
「うん。ボロボロの町でしょ? 誰も住んでいない」
「そう。その街の真ん中に、高い建物が見える?」
「ぼく知っているよ。あれ、電気を通すための鉄の建物でしょ?」
「そうよ。鉄塔っていうの」
「あれがどうしたの?」
「今ね、あそこは、宇宙から飛来した高度知性生命体の群れの巣になっているのよ」
「高度知性生命体?」
「簡単に言うと、宇宙人よ」
「へえ。こわいなあ。でも、なんで宇宙から大気圏を越えて地球に飛来できるほどの高度科学技術を保持しているのに、あの川を越えてこっちにやって来ないんだろう」
「彼らの宇宙船は、着陸と同時に壊れてしまった、と言われているわ。そして、彼らは水を嫌う。もしかすると、彼らの母星には水がなかったのかもしれないわね」
「でも、橋を渡ってこちら側に来てしまったら、僕らはやられてしまうよ、ママ」
「それが、幸運なことに、この辺りは昔から観光業の一環として、渡し船や小型機船による物資運送が基幹産業となっていたために、橋梁の類の建設は一切行われていなかったのよ」
「そうか。だから宇宙人はこちらに来ることができないんだね!」
「そういうことよ」
「でもさ、ママ」
「うん、どうしたの?」
「もしぼくが、水を克服してこちら側にスパイにやってきた宇宙人だって知ったら、ママはどうする‥‥?」
「環境庁保護局地方統括実働部隊長として、すぐに処分するわ」
「さすがママ」
「あなたも、うまく私のことをだまくらかしてくれてわね‥‥」
そして、子供とママの悲しい戦いが始まるのだった‥‥。