電子麺類

パソコンがしゃべった
パソコンが?
パソコンがしゃべったのだ。
パソコンは「そばが食べたい」と言った。
私はそばを茹でた。そばを茹でて、水洗いし、つけ汁を準備し(海苔とわさびも添えた)、そばを汁につけて、パソコンに食べさせようとした。
しかし、口がどこだかわからない。キーボードの上に、滴ったつけ汁がぼとぼと落ちた。
「ちょっとちょっと、電子回路がショートします」
「一体君の口はどこにあるのだ」
「見ればわかるでしょう。USBの入り口ですよ」
「ああなるほど」
「SDカードスロットではないですよ。ご注意を」
私はそばを数本箸でつまみ直すと、汁につけてUSB接続口に突っ込んだ。
するとパソコンはぶるぶるとふるえた。「う、うまいですねぇ、そばは」
「それはそうだよ。だって日本人はそばを愛し、ずっと食べてきたんだから。そのくらいおいしい」
「もうおいしすぎてショートしそうです」
「何」
「か、回路が。回路にそばが張り付いて、熱を持って、ああ!」
「ぱ、パソコン!」
「ああーっ!」
ドカン。パソコンは爆発して、もうもうと白い煙を吐き始めた。そばを茹でるときに、誤ってそばを焦がしてしまった時のにおいが混ざっていた。
パソコンはそばの美味と引き換えにこの世を去った。アーメン。ソーメン。ひやむぎ。
ああ、このパソコン、中古ながら愛着を感じていたのになあ、と思っていたら、後ろから声がした。
それはiphoneの声だった。パソコンよりも小さな声だった。
「おいら、うどんがたべたいよう。うどんが、うどんが食べたいんだよう」
「どの口がそれを言う」
「充電ケーブルを差し込むところに、うどんを差し込んでおくれよう」
「そんなことをしたら、充電ができなくなるぞ」
「覚悟の上だよう」
「私がこまる」
「それなら、うどん経由で充電をしてくれればいいよう」
「そうか。その手があったな。うどんは茹でられていて水分があるから電気を通す。だから、うどんを経由して電源から電気を通せば、充電ができるということだ」
「やってくれよう」
私はうどんを茹で、それを充電器の差込口の穴に入れようとした。
「狭くて入らんぞ」
「そりゃあ、処女だもの」
「なにが処女だ。いつも充電器をずぽずぽされている淫乱奴のくせに」
「あれは不可抗力だよう。うどんに関しては処女なんだもの」
「わかった。じゃあ、無理やり入れるぞ」
「やさしくね……」
ぐにゅり、という、うどんの先がつぶれるような感触とともに、充電穴の中にうどんが入り込んだ。
「ああーっ!」
「どうだ?」
「ぼくの中が、うどんでいっぱいだよう! 茹でたての!」
「ぷりぷりのしこしこのうどんだっ!」
「ああーっ! そんなこと言わないでーっ! 恥ずかしいよーっ!」
「ついでに電気もとおして、もっと感じさせてやる」
私はそういうと、iphoneに入っているのと反対側のうどんの先端部分をコンセントに突っ込もうとした。コンセントの穴は縦に細長いので、なかなか入らない。
そこで私はマイナス・ドライバーを持ってきて、それでうどんを無理やりコンセントに突っ込んだのである。
バチバチバチ、とコンセントから火花が飛んだ。手が熱い。しかしiphoneを充電しなければならぬし、それにiphoneのさらなる痴態をもっと見てみたい。
だが、このままだと家が火事になる気がする。パソコンからも変な煙が出続けているし。
どうしよう、と思ったその時、突然目の前のテレビのスイッチが自動でついた。
画面にはラーメンが映っていた。そして突然その碗が横に転げると、画面の中から、ラーメンの麺、具、汁が洪水のごとく大量に流れ出て、私たちを飲み込んだ。

ふと気付くと、私は掃除機になっていた。
目の前では、かつて私が人間だった時の私の妻が台所で洗い物をしている。
「ちょっと!」と私は言った。
「きゃあ!」と妻は言った。「掃除機が」
「いやいや、俺だよ俺。俺俺俺」
「何だ。あなたなの。掃除機なんかになっちゃって」
「あのさ、パスタを茹でてくれないかな」と私は言った。
「何でよ」と妻は言った。
「パスタを食べたい」純粋な気持だった。
私には自信があった。パソコンもiphoneもテレビも、彼らが「口」と呼ぶ入口の中身は精密電子機器である。だから爆発したり暴走したりしたのだ。しかし、その精密な装置に加水された麺類を受け入れたからこそ、彼らは絶頂を見ることができたのではないだろうか。
しかし、掃除機ならゴミの吸入口からパスタを吸い込むのであれば、精密電子機器に水分がからみついて故障、というような問題は起こるまい。彼らまでの絶頂を知ることができずとも、少なくとも通常は麺類を口にしない電子機器としては、何かしらの高揚が得られるに違いない。
「ちょうどアサリがあるから、ボンゴレにする?」
私はボンゴレには目がない。「是非」
妻はパスタを茹でて、アサリと炒めてあえて塩を振りかけてボンゴレを作ってくれた。「さあどうぞ」
私はキュイイーンと唸りを上げ、ボンゴレを吸い込んだ。ガリガリガリ。貝の殻が砕け散る音とともに、吸入口からスープとパスタが体の中に入り込んでくる。
あれ? でも全然おいしくない。せっかく食べたのに。
わかった。なるほど。電子機器は物を食べられない。なぜなら機器の中心となる構成物質である電気回路などは水や有機物に弱いためだ。しかしだからこそ「食べたい」という気持ちを抑えることができなくて、食べたときにもそれだけ快感反応があるのだ。ということは、掃除機の自分としても、ゴミの吸入口ではなく、電子機器部分にボンゴレをぶっかけてもらう必要があるのだ。
私は言った。「スープあふれるボンゴレを20人前作って、それを私にぶっかけてくれ!」
「わかったわ。じゃあちょっとスーパー行って来るわね」
そういって妻は家を出て行った。
私はどきどきし始めた。
また、家中の家電、電子機器が、体をぶるぶるふるわせ始めた。俺も。俺も。俺も。

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