スキル以前の大切なあり方を教えてくれるエリクソン博士のストーリーテリング

 数回にわたってミルトンモデルに関連する記事を書いてきましたが、今回はスキル的な側面ではなく、エリクソン博士の世界観やあり方などについて考えてみましょう。

ミルトンモデル=催眠療法の大家ミルトン・エリクソン博士の言語パターンをNLPの創始者たちがモデリングしたもの

 今回の記事で興味をもったら、以下の4記事でスキル的な側面も解説していますので、参考にどうぞ

源流の物語

 エリクソン博士自身、セラピーや教育の中で、よくストーリーを活用する人でした。なので、エリクソン博士が話していたストーリーがたくさん残されています。

 まず紹介したいのが「ジョーとスージーの物語」です。これは数々のストーリーの中でも、僕が「源流の物語」と言ってもいいと思っているものです。100年以上前のアメリカ。とある町での出来事です。

 悪い奴が戻ってきた。名前はジョー。少年の頃から何度も犯罪を繰り返したジョーがまた懲役から帰ってきたのだ。
 街は不穏な空気に包まれた。実際に彼が帰ってきた日の夜には、犯人不明の窃盗事件が3件続いて起こった。
 翌朝、郊外の大牧場主の娘のスージーが町に買い物に来た。彼女は美しいが、好みが厳しいことで有名だった。スージーが歩いているのを見つけたジョーは、彼女の前に立ちはだかった。
 そしてジロジロと全身を舐めるようにみた上で「なぁ、今度の金曜日、俺とダンスに行かないか?」ときいたのだった。
 スージーは怯むことなく、ジョーをしっかりと見つめてこう言った。

 「いいわよ。もしあなたが紳士ならね」

 そう言って彼女が立ち去った後、ジョーもその場からいなくなった。翌朝になってみると、窃盗にあった商店の前には、盗まれた商品が返されていた。
 そしてジョーは、スージーの父の牧場に出向き「なんでもするから働かせて欲しい」と言った。その言葉どおり彼は一生懸命働いた。二人は週末にダンスにでかけた。そんな生活が続き、やがて二人は結婚した。

 時が経ち、彼は牧場を引き継いだだけでなく、地元の教育委員となり、全ての子どもたちが教育を受けられるよう尽力した

ジョーとスージー

 このエピソードを話してくれた上でエリクソン博士は言います

彼が受けたセラピーはたった一つだけだなんだ
 「いいわよ。もしあなたが紳士ならね」

必要なことは全てクライアントの中で起こるんだ

ミルトン・エリクソン

 必要なことは全てクライアントの中で起こる。

 だから僕たちは最小限のことをすれのでいいんですね。クライアントは自分で生きていける。ちょっといきづらいやり方や考え方を使っている時も、ほんの少しのきっかけで、自分で変わっていくことができる。

 「いいわよ。もしあなたが紳士ならね」

スージー

 これも、すごい一言ですね。彼女はお金持ちのお嬢様です。街で評判の美人です。みんなはスージーとジョーなんてまるで釣り合わないと思っているんです。そんな彼女は街一番の悪者にジロジロ眺められても一切怯まず

 「ダンス?いいわよ」

 と言うわけです。そして

 「もしあなたが紳士であるなら(周りの人がどう言おうと、あなたの過去がどうであろうと、私には関係ない)」と。

 これは実質的には

 「あなたはどう生きたいの?(紳士=社会の一員として生きる勇気があるの?)」

 という問いかけだと思います。ジョーはそれに応えた。彼は自分が生きたいと思う未来のために、行動を変えたのです。これをエリクソン博士がセラピーであると言うなら、コーチングはセラピーだな、と思います。

 そして、僕がこれが源流の物語だというのは、子どもの頃から大病で苦しんでいたエリクソン少年を励まし医学の道に進むことを勇気づけたのが、他ならぬジョーである、というエピソードがあるからです。

 スージーの一言によって、ジョーは覚醒しました。そして後のジョーの関わりでエリクソン博士は医学の道に進んだ。そしてそこから僕も含めて多くの人間が恩恵を受けている。

 まさに「大河の(はじまりとなる)一滴」のような出来事ですね。日常のコミュニケーションの中にも人生を変えるセラピーがある。そうやって人々は変化し、歴史は作られてきた。そんな世界に私たちは生きているのではないでしょうか

完璧を手放そう

 今度はエリクソンとクライアントの物語。

 激痛を伴う関節炎のため11年間も車椅子生活を送った男の話。彼は肘や腕を、そして身体のほとんどを動かせなかった。わずかに動かせたのは親指くらい。彼は自らを呪い、介護してくれる妻にも酷い言葉を吐き続ける毎日だった。
 話を聞いたエリクソンは彼を『運動不足』だと叱責した。
 「動かせる指があるのだから、それを動かさねばなりません。そのFxxxな親指を動かし続けて、 Fxxxな日常をやりすごしなさい」
 エリクソンの挑発に男は乗った。「親指を動かすなんて、そんなことはクソの役にも立たない」。そのことをこの忌々しい医者に証明しよう決めた彼は毎日親指を動かし続けた。
 そうしているうちに、ふと親指に連動して人差し指も動くことに彼は気づいたのだ。彼は人差し指を動かそうと、必死に練習した。さらに他の指も。。。彼は夢中になった。一年たち、彼は手首そして腕まで動かせるようになった。

 するとエリクソンは彼に小屋のペンキ塗りを指示した。男は「この常識知らずめ」と毒づいた。でもエリクソンは譲らなかった。ペンキ塗りには3週間かかったが、だんだんとスピードは上がっていった。
 男の回復は続き、しばらく経つと、男は車にも乗れるようになり、トラック運転手になった。そしてトラック組合の会長になった。大学教育の必要を感じた彼は、大学に通うようになった。
 そうなってからも関節炎が痛んでベットから起き上がれない日もなくはなかった。でも彼はもう文句は言わなかった。起き上がれないことは、忙しくて読めなかった本を読むのには都合がよかったのだ

親指しか動かない男

 これもすごい話ですね。エリクソン博士のお弟子さんがこのケースについて、質問をしたと言います。

 「親指を動かすことから、クライアントがこのように変化することをどこまで予見していたのですか?」

 それに対する博士の回答は、「もちろんそんなことは予想できない。悪態をつき続けるよりは、何か別のことをしたほうが良いと思ったのだ」というものだったそうです。

 まだゴールが見えなくても、これまでとは違う行動をすることに希望を持ってみる。

 大切なことですね。

 この背景にはエリクソン博士の考えがあります。

完璧は人間の属性ではない

ミルトン・エリクソン

 完璧ではないし、完璧になれないのが我々人間だからこそ、少しでも良いことを目指して、小さなことに取り組むことが大切なのです。実際にこのケースでも麻痺の問題が完全に消えたわけではないんです。それでもできることもいっぱいあるし、変わる部分もたくさんあるのです。

 拙著「人生を変える!コーチング脳のつくり方」でも紹介したエピソードに石川さんという女性の話があります。彼女は脊椎損傷(首から下が動かない)で長期間の入院生活を余儀無くされていました。そんな石川さんの体のサポートを担当していたのが理学療法士の橋中今日子さんでした。橋中さんは患者さんの心のサポートもしたいと思って、コーチングを学びました。

 でも脊椎損傷の石川さんに対しては「本当は何がしたい?」と質問できなかったと言います。それも当然ですね。仮に石川さんから『やりたいこと』が出てきたとしても、実際にできることは殆どないのです。石川さんは首から下は一切動かないし、車椅子に座らせるなど、上半身を起こすと血圧低下で意識が混沌とするのです。

 この時、橋中さんの勇気になったのが『親指しか動かない男の話』だったそうです。授業の中で僕がこの話を紹介したときに「石川さんにだって可能性があるかもしれない」と思ったそうです。そしてそれからは会うたびに「石川さん。なんでもできるとしたら本当は何がしたいの?」と質問するようになったのです。

 この関わりによって、石川さんは自らの夢に気がつき、それを実現することができました。そして、それだけでなく、なんと石川さんの身体も動くようになったのでした!!※よかったら↓の本のP288からのエピソードを読んでみてください


未来とイマココを希望でつなぐ

 今回の記事の最後は僕の大好きな話です。

 ミルウォーキーに一人で暮らすおばあさん。彼女は長年鬱々としていてまったく出歩かない。彼女のことを心配した知り合いの男がエリクソン博士に相談したため、彼は彼女の家を訪問した。中に入ってみると家の中は薄暗く無機質で、まったく生気を感じなかった。

「私は何もしたいこともないし、できることもないんです」という彼女の話をきいたあと、エリクソンは彼女に案内をお願いして、家中を見せてもらった。ある部屋に入った時、そこにだけ命のエネルギーを感じたと言う。そこには彼女が大切に育てていたアフリカンバイオレット(セントポーリア)の鉢植えがあった。エリクソンはそれを見て

 「もっと鉢を増やすように」

 と言った。「そんなことをしても意味がない」と言う彼女にエリクソンは置いてあった新聞を開いて見せた

 「ほら、毎日、亡くなった街の人のことも書いてあれば、おめでたいニュースも書いてあるだろう。その人たちに届けてあげたらきっと喜ばれるのではないかな」

 それをきいて彼女は鉢植えを増やし、届けて回った。彼女にもできることはあったのだ。街の人たちは彼女の鉢植えを楽しみにするようになった。

 彼女が亡くなったときに地元紙は「アフリカンバイオレットの女王が亡くなる」の見出しでその報を伝えた。

アフリカンバイオレットの女王

 アドラー心理学では勇気づけを大切にしています。

 勇気づけ=「自分らしく他者に貢献する行動」を促す関わり

 このときのエリクソン博士の行動こそがまさに勇気づけだと思うのです。

 彼女の家まで訪れ、彼女の生きるエネルギーを探り当て、シンプルに鉢を増やす行為を提案する。そこから始まる彼女の物語があることを信じているのでしょう。

人は「洗いざらいぶちまける」ことによってではなく、
何かを行うことによって、もっともよく学習するのだ

ミルトン・エリクソン

 「洗いざらいぶちまける」行為は、困難にぶち当たったときのよくある対処法の一つですし、「洗いざらいぶちまける」ことを積極的に進めるカウンセラーやセラピストもいますね。

 それも悪くはないと思いますが、エリクソン博士は「行動をとってもらうこと」により、もっともよく学習すると言うのです。

 行動をとることで、自分が何ができるか?それをしたら何が起こるのか?を学ぶわけですね。自分は誰であり、どんな力を持っているのか、を知るのです。

 「今ここでできること」と「未来」の双方がお互いに役にたつように橋をかけること

 それがエリクソン博士のやり方です。今ここで取り組めることの力によって、未来に希望の火を灯し、

 未来の希望の火からもらったエネルギーで、今ここの行動をドライブする。

 一人の人間の力。それを支える人間の力。それを信じて相手の世界に触れていくエリクソン博士。そんな彼が使う言葉だからこそ、クライアントに響いたのだと思います。

僕たちと人生を変えるコーチングカウンセリングが学びたいかたは



いいなと思ったら応援しよう!

だいじゅ@コーチング脳のつくり方
お気持ちありがとうございます。資料入手や実験などに活用して、発信に還元したいと思います。