変わる気がないクライアントにどう関わったらいい?

 「変わる気がないクライアントにどう関わったら良いですか?」

 コーチやカウンセラーをしている方から、こんな相談を受けることが良くあります。

 相談してくれるコーチカウンセラーは、僕から「使えるスキル」を教えてもらうことでなんとかしたいのでしょう。(もしくは僕から出てくるアイディアを自分もすでに実施してきたことを確認して、自分がベストを尽くしてきたことを再認識したい場合などもあると思います)

 一方、相談されて、僕はシンプルに考えています。

 「変わる気がない」ってどういうことなんだろう。本当に変わる気がないなら、どうしてその相手は「クライアント」をやっているんだろう。

 クライアントっていうのは「依頼者」なわけです。そのクライアントは何を依頼しているんだろう。

 「私は変わろうとしませんから、あなたは私を変わらせようとしてください。私はあなたとそういうゲームをしたいんです」

 もしこういう依頼なのであれば、受けた以上はこのゲームを一緒にやってみても良いのかも知れない。この依頼に応えるのは、やはり自分の仕事ではないと思ったなら、その仕事を続けることを断ればいい。

 ※ちなみに「その人は、どうしてあなたのクライアントをしているんですか?」と問い返すと、「あ、その相手はクライアントじゃないんです。私の友達(OR家族)で、何とか変わらないかと思って関わっているんですけど」とか言われる場合もあります。その場合は全く違う話なので、後述する「自分がクライアントになる」を読んでください

そんなクライアントは存在するか

 わざわざコーチングやカウンセリングを受けているのに決して変わろうとしない。実際にそんなクライアントは、存在するのでしょうか。

 存在する/しないで言えば、存在するでしょう。例えば「私は決して変われない」ということを証明したいクライアントがいます。それを証明するために「カウンセリングを受けたけれども、変われなかった」という事実が欲しいのです。どういうことでしょうか。例えば

 そのクライアントは、両親が自分にした『育て方』を否定したい。「自分が苦しいのは両親のせいだ」と言いたい。でも両親はそれを認めない。

 なので一計を案じるわけです。

 私はカウンセリングを受けに行った。長い時間をかけてセラピーを受けた。自分は努力している。それでも変われない。カウンセラーの先生も「すごく大変な事例」だと言っていた。「幼少期の体験が関係しているかも知れない」とも言われた。ほら!お前らのせいだ!!謝れ!!責任をとれ!!

 他にも色々な例が考えられますが、このように『なんらかの目的』があって、決して変化をしようとしないクライアントというのも、実際に存在するのです。

今は変わらないほうがよい

 決して変化しようとしないクライアントも存在する。そう書きましたが、正確には

 「今は変化しないほうがよい」と判断しているクライアントが存在する。「◯◯の条件が満たされるまでは変化しない」と決めているクライアントが存在する。

 のような言い方が正しいのかな、と思っています。そして、その理由は実に様々だと思います

 ・これまで頑張ってきた。まだしんどい。また、大変な頑張ることに耐えられるか分からないから、まだ動かないほうがよい気がしている。でも何もしないでいるのも不安だから、コーチングだけは受けている。

 ・自分に自信がない。自分のことが好きではない。そして、これ以上自分を嫌いになりたくないから、失敗はしたくない。失敗すると「やっぱり自分にはできない」と思ってしまうから。だから行動はしない。コーチは一生懸命に私のために考えてくれるから、コーチといると安心できる。

 ・人から見放されるのが不安だった。人から注目されたいけど、誰もそうしてくれない。コーチは僕のことを心配してくれる。あんまり頑張ると心配してくれなくなるから、そんなにがんばらないほうがいいような気がしている。

 ・歳をとっても変化しようとすることが大切だ、と言われてコーチングを受けてみようと思った。とは言え、なんだかんだ私は自分が好きだし、自分の人生に誇りを持っている。世間の風潮にこたえるため多少はコーチングとやらを試してみるけど、「やはり自分の生き方を貫くのがよい」という結論になるだろうと思っている。

 ・コーチはその笑顔の裏で私に対して「もっと早く変化しろ」と思っている気がする。なんで自分の苦しさをわかってくれないのか。だから今は決して変化のための努力なんてしたくない。

 ・上司の指示でコーチングを受けている。あいつはコーチをつかって俺に今以上に仕事をさせようとしているんだ。その手には乗らない。むしろコーチに「上司がいかに悪辣か」を話し続けて、上司に対する不信感を持たせてやろうと思う。

 どうでしょうか。ある程度コーチングやカウンセリングの現場にいたら、実際こんな感じのクライアントに心当たりがあるのではないかな、と思います。

 クライアントは実に様々な「考え」や「目的」をもって、コーチングの場にいるわけです。

私たちの目的は何か?

 さて、今度は私たちの「目的」です。私たちはなんのために、コーチングやカウンセリングをしているのでしょうか。なんのためにクライアントと一緒にいるのでしょうか

 僕が駆け出しコーチのころ、ある先輩に言われた言葉が耳に残っています。

 「『クライアントに喜ばれるのが嬉しい』というコーチがいるけど、それは危険なことだと思ったほうがいい。『喜ばれたい』と思うようになると、言わなくていいことを言ったり、言うべきことが言えなかったりするようになるかも知れないから」

 クライアントに喜ばれたら嬉しい。それは当たり前の感情だと思います。とは言え、

「喜んで欲しい」
「とにかく喜ばれたい」
「喜ばれないようではダメ」
「ねぇ、もっと喜んで!!コーチのおかげだっていって!!!」
「クライアントが喜んでくれないと不安だ。自分が悪いのか、自分には能力がないのか、自分には存在意義がないのかと不安になってしまう。お願いだから喜んで欲しい。僕のために。。。お願い」

とかエスカレートしたら、さすがにヤバい感じがしますよね。自分の欲求を満たすために、コーチングをしているような状態です。

 そして「クライアントに変わってもらいたい」も多くのコーチが持つ思いです。そして僕もそれを否定しません。しかしそんなコーチの目の前に

 「(今は)決して変わりたくない」というクライアントが現れると

 絶対に変えたいコーチVS決して変わりたくないクライアント

 というゲームがスタートしかねない。そして多くのケースでは、クライアントが勝利します。クライアントを変えることができるのは、クライアントだけだからです。

 だとしたら、どう関わるのが良いのでしょうか。アドラーは問いかけます。

「私の、この行動によって相手はどのような学習をするのだろう。私は相手にどのような学習をしてほしいのだろうか」

 私たちが相手を変えようと必死になって関わると、クライアントは

「私を変えるのは、コーチの仕事なんだ!私は何もしなくていいんだ」と思うかも知れません。

「できません!って言ってたほうがコーチは頑張ってくれるみたいだから、そうしよう」と思うかも知れません。

「動けないっていっていたほうが、私に気を向けてくれる」と学ぶ場合もあるでしょう。

「コーチはいろんなアイディアを出すのが好きみたいだから、そうさせてあげよう」と決めるクライアントもいるかもしれません。

 だから、僕は問いかけたいのです

 「私たちはクライアントに何を学んで欲しいの?クライアントにどうして欲しいの?なんのためにコーチングをしているの?」

変えようとするな、理解しようとせよ

 いずれにしても、最初の指針は

変えようとするな。理解しようとせよ

カール・ロジャーズ

 なのかな、と思います。

 そしてコーチ自身が、まずは自分の行動(やっていること)とその目的を見つめ直すのがいいですね。そして、自分の行動の結果として、クライアントや自分自身に何が起こっているのかに目を向けるのです。

 目的→行動→結果(自分/相手)

 「自分はクライアントに何をしているか(何を体験させているか)」
 「その行動の背景にある目的は何か?(私は何を得ようとしているのか?何を避けようとしているのか?)」
 「私の行動の結果、クライアントには何が起こっているのか?クライアントはそこから何を学習するのか?」
 「私の行動の結果、私には何が起こっているのか?私はそこから何を学習するのか?」

 こうやって「現在何が起こっているのか」に気づいたら

「私はどうしたい?」(行動)
「それをするとどうなりそう?」(結果)
「私は何を望んでいるんだろう?」(目的)

 と問いかけて欲しいのです。こうして、もう一度自分の目的や役割を確認しましょう。

 そして、基本的には同じことをクライアントにも問いかけてみることができると良いのではないかと思うのです。

「コーチングを受けている目的はなんだろう?」
「いま行動しないことに目的があるとしたらなんだろう?」
「あなたは何を守ろうとしているのだろう?何を避けているのだろう?」
「その結果として、あなたには何が起こっているだろう?」
「あなたがいま欲しい(必要としている)ものはなんだろう?」
「それが手に入ったら、何が起こるだろう?」
「その先で、あなたが本当に望んでいることは何だろう?」

 こんなことを検討した上で、

コーチと一緒に、何のために何をしていくのがよいか?
どのくらいの時間をかけて、どんなふうに進めていくのが良さそうか?
それをしたら何が起きそうか?

 などを考えてみるのです。そしてアドラー心理学的の観点からチェックしてみたいのは、こうして選択されたプロセスを実行すると

 ・私はできる!
 ・人々は仲間である!

 と言うことを、クライアントは今以上に実感できるようになりそうかどうか?ということです。

 私たちはクライアントがコーチングやカウンセリングのプロセスを通じて、これまでよりも「私はできる!」「人々は仲間である!」と思えるようになること。そしてその結果として、クライアント自ら、望む未来に向かって行動すること。それを目指しているのです。

もっとシンプルなケースもある

 「変わる気がないクライアントにどう関わったら良いですか?」という質問を巡って一緒に色々と考えてきましたが、もちろんもっとシンプルなケースもあります。
 
・単にコーチのスキル不足→コーチがスキルアップしたら解消
・単にタイミングが悪かった→別の機会に同じことをしたらうまく行った
・クライアントの状態が悪かった→状態を良くすることを優先したらOK
・腫れ物扱いしすぎた→小さい行動でいいのでもっとして貰えばよかった
・焦っていただけ→もう少し時間をかけると決めたらお互い余裕が出た

 とかそんなケースも山ほどありますから、難しいケースを決めつけすぎないのも大切ですね。

自分がクライアントになる

 最後に。もし相手が変わることを望んでいないのに、自分が相手のことを変えたくなっていることに気づいたら、あなたがクライアントになればいいのです。

 クライアントになることは、あなたに問題があることを意味しません。あなたに「主体性」や「やる気」があることを意味しているのです。

 例えば家に引きこもっている子どもがいて、本人は(今は)変わる気がない。でもお母さんは、子どもに代わって欲しいと思っている。

 その場合はお母さんがクライアントとしてカウンセリングなりコーチングなり受けたら良いのです。そしてコーチングであれば、

 自分(お母さん)は何を望んでいるのか?
 子どもは今何を求めているのか?
 子どもにどうなって欲しいのか?
 子ども自身はどうなりたいと思っているのだろうか?
 自分たちはどんな関係でありたいのか?
 それはどうしてか?
 どのように子どもに関わると良いのだろうか?
 それをすると何が起こるだろうか?

 などを一緒に考えてみたら良いのです。自分も当事者として、何に向かってどのように相手とコミュニケーションをとったらいいのかを考えたら良いのです。

終わりに

 いろいろ書いてきましたが、やはり勇気づけというのが大切なのだなと思います。

 勇気が枯渇していると人間は動けません。逆に勇気が溢れてくれば人は動くのです。だから相手が自分も動けることに気づき、相手がもっと動いてみようかと思えるような関わりが勇気づけなのです。

 アドラーの元に

 「僕は字が書けない」という少年が訪れたとエピソードがあります。

 アドラーは彼に

 「ペンを持つことはできるかい?」

 と問いかけました。これが勇気づけの姿勢です。アドラーは暗に「君にもすでにできることがあるんだよ」と言っているのです

 男の子はペンを持ちました。次にアドラーは

 「線を一本引くことはできるかい?」と問いかけます。
 
 男の子は線を一本引きます。そしてアドラーに言われるままに、さらに一本、もう一本と線を引いていくのです。こうして男の子は、自分がすでにできることがあること、そしてその素晴らしさに気づきます。さらには、その延長線上に少しずつ可能性がひらけていくことを実感するのです。

 今できることがあることを実感する。その先に少しずつ可能性が広がっていくことを実感する。だからもう少し動いてみようという気持ちになる。

 それを促進する関わりが勇気づけなのです。


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