20代、僕はタイにいた。それが教えてくれたこと。
今日は2024年10月16日(水)。関東ははっきりと夏の終わりを感じる。さつまいもや彼岸花が咲く季節だそうだ。
実は昨日、私がタイに住んでいた頃の友人が日本に一時帰国していたので会ってきました。彼は30代前半でタイ在住歴は10年以上ですが、最近日本に帰りたいと思うようになったという話などで盛り上がりました。
私は2012年にタイに移住し、2019年にタイから日本に帰国して早5年が経とうとしている。今タイを見ても「毎年のように新駅や新しいショッピングモールができ、やはり活気がすごい。経済発展があり勢いがあり生きていて楽しそう」と、思ってしまいますが、彼曰く「いくつ新駅ができようが、日本に追いつけない。」という趣旨のことを言っていました。確かに私もタイに住んでいる時は同じような、日本が光る雰囲気を感じていました。発展しても発展しても、追いつかない。日本に来ると道路が綺麗に舗装されていることでさえ、驚くというか、圧倒的な差を感じます。先進感を求めてタイに行く人は誰もいないと思いますが、中から見る世界と外から見る世界はやはり違いますよね。
それでも、20代で海外に住むこと、タイに住むことは圧倒的に楽しく自由だった。全てのしがらみから解放される感覚があり、自分で自分の人生をコントロールしている高揚感があった。やっと自分の人生が始まったのだ——と。新卒で入社した会社を半年で辞めそう思っていた。ついに社会のレールから飛び降りたのだ。
日本は世界でも類をみないほど安全で食文化が発展している国であることから、海外旅行や留学に行くと「日本の良さがわかりました(笑)」という日本への感想で海外を結論付けるパターンが必殺の定石となっているが、私はタイに7年住んでも不思議と高揚感は冷めやらず、タイでの永住を確信していた。が、2019年に体調不良で二人で立ち上げた会社を退社することになり、ビザの関係で日本に一時帰国した瞬間、コロナが始まり、いつタイに帰れるのかわからなくなった。そうなると日本への適応は早い。どうしてだったのか。
そもそも、ある同じ土地に生まれ育った人間として、海外生活の醍醐味の一つは心地よい違和感であると思う。言語、文化、気候、植生——。良い意味で、違和感があり、緊張感がある。自分は外国人であり、アウェイであるという意識が常にある。そういった刺激は、健康であればあるほどエキサイティングで、ポジティブな作用を生むと思うが、私は当時あまりにも体調が悪く、疲れ果てていた。言語的な障壁だけでも、生きる上でとてつもない労力を必要としていた。
久しぶりに日本の空港に降り立ち、交通機関で日本語のアナウンスを聞き、コンビニに入り、家で日本のテレビを見ても、一切違和感がなく、摩擦がない。まるで常温の水のように、体に日本が染み渡ってしまう。圧倒的に楽であった。特に満身創痍なのであれば。
しかも、タイに戻るべき仕事がなく、守るべき家族もいなかった。永住権もない。ビザも失った。私は日本国民であり、タイに無条件で住める人間ではない。タイに戻らなければいけない緊急の理由が、ヘトヘトの私にはなかった。必死に日本で休養しているうちに、元の鞘の国に摩擦なく収まっていた。日本は日本語が通じ、ビザも必要なく、健康保険が使えました。本当に助かりましたね。当たり前ですが。
また、休養しながらこんなことも思い返していた。日本を出ようと思ったのは就職した会社が合わなかったから。22歳の私はそれを自分のせいではなく環境のせいにしたのだ。環境を変えれば何かが変わると信じていた。そして、実際、自分なりにうまくいったのだ。でも今後は環境のせいにすることはないと思う。私はもう35歳になりある程度人並みの知識と経験がついた。環境のせいにせず、自分で「どうにかする」という選択肢が、はっきりと目の前にある。社会で戦えるようになったのだ。でも当時は自分は何者でもなかった。何もできなかった。何も知らなかった。どうしようもなかった。環境を変えるしかなかったのだ。
今は「移住」に拘らず好きな時に好きなだけ好きな場所に住めるような人生設計が良いんじゃないの、とも思うようになりましたが、40歳や50歳で海外移住したりしている人は、本当にパワフルだな〜と思います。尋常ではない体力だ。というのも、若い頃は「海外移住して20年です」というのを聞いたりするとすごいなあと思っていましたが、実際は海外に移住しても仕事場と家の往復になり、気づいたら何年も経っているものなのです。そのうち「日本に帰る」ということに対しても尋常ではない労力がかかることに気付き、むしろその場にいる方が楽になっていく。だから、日本在住、海外在住に関わらず、「遠くに引っ越ししてる人ってすげえな」という感じです。仮に完全な独身だったとしても、「移動」そのものが面倒で億劫になっていく、ということを自分や先輩方を観察して思う。
そして、私は今35歳になり、結婚して日本に住んでいる。もう一度海外に移住するのか?わからないけれど、でも今はあることに気づき始めている。幸せは住む場所を変えることで訪れるものではないのだと。観光としては楽しい。だが長期的には、本質的には、今の働き方を変えること。自分の特徴を活かせる仕事に変え、そして半径5メートルの人間関係を大事にすること。頼り、頼られること。それを、絶対に言っても聞かない当時の22歳の私に、「信じなくても良いから」と言って身振り手振りつけて話してみたい。何も知らなかったな。無力だった。