ただの思い出話 ー学生時代のアパートー
雑談の折り、Googleマップを見ながら私が学生時代に入居していたアパートの話になった。最寄り駅からこっちに行って、ここを曲がって曲がって、この辺だった気がする……が、見つからない。もう無いのだろうか?
アパート名を覚えていたのでググってみると、ヒットした。賃貸情報サイトで総合スコア75点。どうやら現存しているらしい。そこはかとなく嬉しくなった。
入居する前、母は姉に下見を頼んだ。姉はそのアパートをこう評した。「いかにも大慈が住んでいそうな地味ーーーなところ。」確かにこれと言った特徴は全く無かった。和室6畳の1K。角部屋だったので玄関兼キッチンのKの部分が広かった。風呂トイレ別……これは私の部屋探しの第一の条件だった。角部屋なので奥の和室には2方向に窓があった。道路沿いの窓は和室らしく床から天井近くまである。壁のクロスは白っぽかったように思う。これまた和室らしい上下2段のドラえもん的な押し入れがあり、そのまた上に小さな収納がある。
書けば書くほどこれと言った特徴は無い。確かに地味だ――数分おきに隣人が奇声をあげることを除いては。。。
隣人は若めの男性だった。声が高かった。どうも廃ゲーマーだったらしく、家にいる間はいつもゲームをしていた。そのゲームの音は聞こえないのだが、数分おきに発狂して奇声をあげていた。毎日毎日毎日。いつも怒っている風だった。
私はそれが辛くてたまらなかった……わけではなく、(下手くそにも程があるだろ……。)と思いながら聞いていた。発狂するということは、上手くいかないから発狂するのだろう。しかし毎日毎日毎日、数分おきに、そんなに上手くいかないものだろうか?不思議だ。毎日毎日やっていたらそれなりに上達しそうなものであるが、フム……。よく分からないが、穏便な人ではなさそうなのでなるべく玄関先で顔を合わせないようにした。正直、どんな顔して目を合わせていいか分からなかったし。
そうそう、音と言えば上階からの音も凄かった。真上の階は小さな子供が2~3人いるご家庭で、この子供たちが走り回ったり大声をあげるのだが、これがまたよく響く。騒々しさでいうと隣人よりこちらの方が凄かった。だがしかし、上階に住んでいるのは大家さん一家だ。機嫌を損ねてもいけないので黙っていた。もっとも、幼い子供らしく毎日規則正しく早めの時間に静かになった。これは非常に助かった。
読者諸氏は「そうそう、アパートあるあるだよね」と思われるだろうか?あるいは「よくそんなとこに住んでたねぇ」と思われるだろうか?私はこのような環境には耐性があった。なぜなら、高校3年間、男子寮の喧騒の中で暮らしていたからだ。しかもすぐ前は野球部のグラウンドだった。この野球部がまた大所帯で賑やかだったし、県内ではそこそこ名門野球部だったので朝練は早く、放課後はナイター照明を点けて遅くまで練習していた。
うん、そうだな。思えばすぐ窓の外で野球部が大声を上げていたから奇声や足音の耐性がついていたのかもしれない。私自身も中学の時は野球部だったし。
話をアパートに戻そう。
入居してみると酷く悪臭がした。汚水の臭いだ。内見の時はそんなことなかったのだが……。どこからだろうか?洗濯機を置く場所からだ。もう日が沈んていたが、不動産屋に電話すると上階から大家さんが来てくれた。
そういえば、この時が大家さんと初めて会った時だったろうか?大家さんとのやり取りは基本すべて不動産屋さんを通す。そういう契約の物件だった。会ってみると大家の旦那さんは気の弱そうな人だった。人付き合いが苦手だったのだろう。どうも入居の挨拶さえした記憶が無い。奥さんは外国人だった。
大家さんも悪臭に首をかしげ、仕方なく水道屋さんに来てもらうことになった。しかしもう夜だ。そこで「24時間いつでも水回りレスキュー」的な業者を頼んだ。大家さんはこんなこともあろうかと、ポスティングされた電話番号付きマグネットを取っておいたらしい。
じきに業者さんがくると、すぐ直った。一瞬だった。排水溝に水を流しただけ。ただそれだけで悪臭はおさまった。
業者さんの説明によると排水口の奥はS字になっていて水が溜まるようになっている。その溜まった水が下水道の悪臭を防いでいるのだが、それが蒸発し切ると悪臭が上ってくるのだ。だからちょっと水を流しただけで悪臭はおさまる。
分かってしまえばどうということはない。今ならスマホでちょっとググれば分かることだろうが、当時はそういう時代ではなかった。あまりに簡単に片付いたので私も大家さんも呆気にとられた。
地元の馴染みの業者さんなら笑って「このくらいお代は結構ですよ」で済ませてくれたかもしれない。だがしかし、そこはポスティングの「24時間いつでも水回りレスキュー」的な業者さんだ。しっかり請求された。
業者さんは洗濯機の給水用蛇口の凹みも見つけた。どうやら前の入居者がやたらめったらネジを締めていたらしくベコベコだった。それも交換して請求してくれた。ついでにゴムパッキンも交換していた――総額3万円。
大家さんは渋った。めちゃくちゃ渋った。そして私に払わせようとした。冗談じゃない!たしかに悪臭について電話したのは軽はずみだったかもしれないが、それでも入居前の範疇だろう。蛇口なんて完全に完全に入居前の問題だ。それで入居早々、数万円も払わされてたまるか!!とはいえ入居早々、大家さんとケンカしたくもない。困った。これは困ったぞ……。
そうしていると大家さんのお母さんがやって来た。奥さんではない。お母さんだ。どうやら大家さん一家は三世代同居らしい。
大家さんが簡単に事情を説明すると、お母さんは烈火のごとく怒る。
「3万円くらい払ってやりなさいよ、ホンっとアンタはケツの穴の小さい男ね!そんな小さなこと言ってるからアンタはいつまで経ってもうだつが上がらないのよ!!」
「いやでも母さん、3万円利益だすのがどんなに大変か……」
「お黙りなさい!!!ホンっとアンタはケツの穴が小さいんだから!!!!!」
もんの凄い剣幕で怒られてた。このアパートでは、大家のお母さんに逆らってはいけないんだなと肝に銘じると共に、鶴の一声で(?)3万円を大家さん持ちにしてくれたお母さんに得も言われぬ格好良さを感じたのであった。お母さん、ありがとう!助かったよ!!!
自炊の定番メニューは『焼きそパスタ』だった。パスタの麺を茹でて、焼きそばソースをからめ、目玉焼きをのっけて、バターで甘く炒めたニンジンを添えて食う。まぁ、目玉焼きやニンジンのある日は調理を“頑張った日”だったものだが。
あるいは、白飯を1合炊いてレトルトで食う。徒歩十数分のところにダイエーのような大型スーパーがあり、そこで「金のどんぶり」やカレー、ハヤシライスが安く売っていた。そこで2週間分のレトルトを買いだめたのだが……それを見たレジのパートのおばちゃんはレジ打ちを始める前に私と視線を合わせた。完全に呆れかえった表情だった。3秒くらい目を合わせて、ため息つかんばかりにレジ打ちを始めた。うるせぃやい、余計なお世話だ。
もしくは、納豆ご飯にマルコメのインスタント味噌汁、朝の牧場ヨーグルト。このあたりが定番メニューだった。たまにチャーハンや雑炊くらいは作ることもあった。母方のお祖母ちゃんに「自炊が面倒だったら鍋にするのよ。鍋なら切って煮るだけで栄養しっかり取れるんだからね。」と言いつけられていたが、ついにやらなかった。アルバイトを終電までやっていたのでお金には困っていなかった。栄養は昼に学食で取ればいい……そのくらいのつもりでいた。
駅とは反対方向だったが、近くに定食屋があった。老夫婦が経営する、小ぢんまりとしたお店だった。そこには学食定食があり、かなりお値打ちだった。しかし数回目に頼んだ時に「これは地元の子を応援するための割引だ。アンタみたいなよそ者に食べさせるための物じゃない」みたいなことを言われて、それから行かなかった。
駅前の四つ角にはシナそばの店があった。「中華そばと書かないでクレームが来ないのだろうか?」と思っていた記憶があるので、シナそば(漢字)で通していたのだろう。どんなだったかって?いや、普通の中華そばだ。特に変わり映えのない、中華そばといばこういう感じ。だがそれがイイ。そういう店で、ちょいちょい行っていた。
オシャレなカフェもあった。美味しかったし雰囲気も素敵で何とも言えず幸せ感はあったが、学生には価格が重たかった。1、2回しか行かなかった。
飲食店はそんなものだったように思う。いや、もっとあったのだろうが、認知していなかった。シャッター街と化しつつある商店街だったのだ。あまり期待もしていなかった。
そんなエリアだったが、このたびググってみるとアパート近くにオシャレな飲食店がたくさんできているではないか。インド料理にラテアートの喫茶店にフレンチ?のお店。どれもオシャレで★が高評価だ。サンドイッチやバーガーの朝食レストランもある。こちらはご老人割引があるらしい。なるほど高齢化は依然として進んでいるのかもしれないが、いずれも間接照明やテラス席などを備えたずいぶんとオシャレなお店ではないか。おかしい。私の知っているシャッターだらけの商店街ではなさそうだ。いや、町に活気が出るのは良いことだ。とても素晴らしいことだ。
大学とアルバイト先の中間に位置した、かつての“俺のアパート”。お寺に生まれ育ち、高校で親元を離れて男子寮の集団生活をし、後には大本山・總持寺で集団生活をし、地元のお寺に帰った私にとって、おそらく生涯で唯一独り暮らしだった“俺の城”。当時はなかなか特徴的な人物に囲まれていたが、久々に訪れて歩いてみたくなった。
以下、有料部分は本文に関係ありません。ご寄附をいただいた際のお唱え言が書いてあるのみです。もしご厚意で応援していただけますならよろしくお願い致します。
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