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利用者の夢を叶えた日 その①

職場の創立記念日は冬である。

創立記念日、例年は施設にゲストを呼び、ショーをしたり
レクレーションをするらしいが
今年は節目の年に当たるということもあり
特別なことをやる予定だった。

 
利用者の一人の夢が「痩せてきれいになってドレスを着ること」なのだが
今年の創立記念式典のメインイベントがファッションショーであり、私が司会と発表された時には目を見開いた。

確かに前の職場でも、福祉のイベント主催ファッションショーに参加したことがあり
身体障害者の方が着られるドレスをモデルとして着たことがある。
だが、その時はモデルに選ばれた一部の利用者がササッと着たくらいで、メインイベントではなかった。他施設の方も参加していた。

 
だが、今回は教会も兼ね備えた撮影スポットがあるきらびやかな場所(ディナーショーとかやるようなキラッキラな場所である)を施設で貸し切り
豪華な衣装を借り
職員がヘアメイクやメイク、裾持ちをするというのだからレベルが違う。
 
料理もコース料理だし、ゲストを何人も呼んでパーティー形式にするという。

 
職員もフォーマルな服装するようにと言われ
みんなで頭を抱えた。

確かにパーティーならばフォーマルな服装なのだが
支援や準備や片付けや書類作成の仕事もあるのだから、フォーマルな服装は難しい。

 
「昔のフォーマルな服しかなく、サイズが合わない。」
「支援に向いていないフォーマルな服しかない。」
「ヒールしか持っていない。動きやすい革靴を持っていない。」

「みんなはどんな服装にするの!?」
 
そんな会話を職員とだけではなく、保護者ともよくした。
周りと差がなく、浮かない程度の“仕事場でのフォーマルな服装”とは、非常に難しかった。

上に相談すれば、ジャケットはダメだとか私より目立つなとかあーだこーだ言われ
私は冬にしては軽装な服しかなかった。

買ったところで次に着る機会はないし、そこまでお金は使いたくない。

 
だが、服装が決まれば今度は靴が気になり
コーディネートが決まれば今度はヘアスタイルやメイクが気になり
結局私はいくつか買ったし
久々にメイクを練習したりもした。

私含め同僚はすっぴん率が高い。
福祉の仕事はすぐに汗をかくし、今はコロナ禍でマスクをつけているからだ。

 
なかなかに今回の仕事はハードルが高かった。
だが、手を抜くわけにはいかなかった。

なんせ今回はプロのカメラマンが入り、写真撮影と動画撮影が入り
写真と動画は全利用者にプレゼントだからだ。

 
うちの職場は、余暇活動中に行事の動画をよく見る。
今回の創立記念パーティーの動画もよく見る機会があるに決まっている。

 
私も髪を切り、染めてきたが
周りの職員、利用者、保護者もパーティーに合わせて髪を整えていた。
気合いの入り方が違う。

 
おまけに今回はマスクを外すように言われていた。マスクでごまかすわけにもいかなかった。

 
マスクを外さなければいけない。
それは憂鬱だった。

私はコロナ前から職場ではマスクを外していない。

仕事柄、菌をもらいやすいし
花粉症などアレルギー症状も強く
咳が出だすと治りが悪いからだ。

更に、仕事では自分を隠したり、押し殺すこともあるため、マスクをつけて本心を隠したいメンタル的理由もあった。

 
コロナ禍で転職した私は
飲食時と夏場外出時の仕事以外ではマスクを外していない。

 
初めて職場の人に一日マスクなし姿を見せるのも
慣れないメイク姿を見せるのも憂鬱だった。

私はメイクが下手だ。
それに、長時間メイクしっぱなしでメイクが崩れたところを見られるのも嫌だった(仕事中、メイクを直す時間は皆無だ)。

 
式典が近づくにつれ、憂鬱は増していった。

会場のフラワーアレンジメント、席札作り等も職員の仕事で、仕事は一気に忙しくなった。
司会を任された私は、なかなか会場と上の打ち合わせが長引いていたり、職員や利用者が一気に体調を崩して休んだりで
司会進行表作りに取りかかれなかった。

 
司会に選ばれた不安を同僚にもらしても
「真咲さんなら適任。むしろ真咲さんしかできない。」と言われてしまう。
私のノミの心臓はなかなかに周りには伝わらない。

 
親に話しても、「ともかは得意だろ。」と言われる。
確かにできるかできないかで言ったら、できなくはない。
司会以外の役割といったら、メイクやヘアアレンジ担当で、それに比べたら司会の方が確かに向いていた。

うちは両親も仕事柄司会をしたりするし、親戚で校長先生だった方も冠婚葬祭時の挨拶はずば抜けて上手かった。
血筋と言えば、血筋だ。

 
思えば、施設内初のダンス発表会イベントも私は司会を頼まれた。
現在担当している毎月の誕生会レクも私が企画、司会、進行だ。
月一の音楽教室やダンス教室も私が担当だ。 

 
私は上から、そういった役割を求められているのだろう。
確かにものづくりより(私の職場はものづくりが主体な施設だ)、そういった役割の方が向いていると私も思う。

 
前の職場でも責任者として、みんなの前に立ち、行事を企画したり、仕切っていた。
場数は確かに踏んでいる。

年末年始も仕事でバタバタしていたが
年が明けてからも仕事はやはりバタバタだった。
 
私の職場は行事と作業と活動と外出が多い。
創立記念パーティーの準備やリハーサルの合間に、別の行事や作業や活動もこなしていく必要がある。 

創立記念パーティー前日さえ別行事が入っていた。

 
結局、私が司会進行表を作り終えたのはパーティー10日前で
その後も上から訂正に訂正に訂正が入り
当初13ページ分だった司会進行表は最終的に15ページ分になり
しかもその最終的な司会進行表を渡されたのは
パーティー前日定時30分前というレベルだった。ギリギリ過ぎる。

 
とはいえ、最初の司会進行表は一週間かけて自分でパソコンで打ち込んでいたため
打ち込みながらおおよその内容は頭に入っていた。
お風呂や通勤途中で練習し
カンペを見ないでも頭に入っていたし、おおよそは言えていた。

ただ、何回も追加で話すことや訂正が加わったことで
その辺が自己練習中に言い忘れたり、つかえたり、舌が回らなかったりした。
自分で作った司会進行表は自分が言いやすい文章にしてあるが、上からの追加の分は上のクセが入っており、言い慣れない単語や言い回しが少なからずあった。

  
当日はカンペを見ながら言ってもいいとは言われていたが、私のプライドが許さなかった。
前の職場で利用者と日帰り旅行時、私はバスガイドをやっていたが、当日はカンペを見ないで言っていた。

カンペを見ながらだと下を向いてしまうし、かたくなりがちだ。
今回の司会は「普段行事の司会の時のように、明るく楽しく真咲さんらしく」と求められていたし
それにはやはり、カンペを見ないで前を向いて話した方がアレンジがききやすかった。

私は司会席ではなく、ほぼステージ真ん中で話す予定でもあったし、司会進行表を見ながらではちょっとかっこ悪い気もした。

 
とはいえ、今回は司会進行表のページ数がえげつない。
動画撮影が入るし、ゲストの方も多いし、肝心な場所で噛んだりしくじったら、それが形に残ると思うと失敗したくなかった。

  
更に、おおよそ覚えたところで、前日夜に更に追加が入ったことでやる気が失せたのもある。
上からカンペを見てもよいと言われているし、そう覚えることを頑張らなくてもいいのではないか。 

 
現に、新施設長、前施設長、事務長が挨拶をするシーンがあるのだが
全員がカンペを見ながら読む気満々だった。
どうやら三人とも人前で話すのは苦手で憂鬱らしい。

 
おいおい、三人とも五分の挨拶でそれじゃあ
司会押しつけられて15ページ話す私の立場は一体……

内心そう思った。

 
利用者の楽器演奏やファッションショーのリハーサルは私主導で行われた。
何故リーダーや上をさしおいて私が…。内心思ったが、やれと言われたらやるしかない。

 
普段は音楽のボランティアの先生が来て練習するが
先生は月一しか来ないため
私が楽器指導も入った。

ファッションショーでは利用者のプロフィールを読み上げる予定だが
プロフィール読み上げは当日までのお楽しみとのことで、リハーサルでは当日の私服や様子を実況中継したり、アレンジをした。

カメラマンは当日しか来ないため
私は司会兼カメラマン役にもなりきり
さらに、利用者誘導役の職員がリハーサル日不在だった為
誘導役も行った。

 
つまり、リハーサルは進行をしつつ、司会兼音楽の先生兼カメラマン兼利用者誘導もこなすという
正職員一番下っ端のくせに非常にでしゃばったポジションで仕事をこなしていた。

 
「さすが真咲さん、リハーサルの司会も上手だわ。私ならあんなに話せない。音楽の教え方も上手だわ。」

上からも周りの同僚からも言われて嬉しかったが
司会進行表を見ながらのリハーサルが一回もできず、ぶっつけ本番なのはやはり不安があった。
(当日、音楽発表時は先生が来るので安心だったが)

 
不安なのは私だけではなかった。

メイクやヘアアレンジ担当職員は、練習をしたが、時間内になかなか終わらなかった。
髪質の問題もあるし、髪を触られたくない利用者もいる。
利用者や保護者があれがいいこれがいいとリクエストしたことで難易度がどんどん上がった。

ドレスやタキシードも試着はできない。
当日会場に行って着る予定のため、着付け担当や裾持ち担当の職員も緊張だった。

 
じっとしていられない利用者の把握担当職員も、当日は大変だろうなぁとぼやいていた。

 
司会の私だけでなく、どの職員もそれぞれが大変だったし、不安があった。

 
当日会場に飾る写真パネルやフラワーアレンジメント等も準備が終わったのは前日夜で
前日ギリギリまで準備に追われた。

 
 
天気予報では、記念式典日は気温は下がるが、晴れ予報だった。

日にちが近づくにつれ、どうにかなりそうな気持ちと不安がせめぎ合っていたが
天気にさえ恵まれたらあとはどうにかなるし、どうにかするしかない。

 
明日が成功しますように。
そう願いながら、私はいつもより早めに眠りについた。







 




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