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今年最後の販売イベント

私は障害者福祉施設で働いている。
今の施設では転職二年目だが
この業界で働き出して
13年が経とうとしている。

 
転職一年目で「販売の仕事が楽しい。」と言ったことがきっかけで
他の同僚より多く販売の仕事を任されるようになった。

 
二年目に突入して早々に販売責任者になり
イベントを探して申し込んだり
イベントに合わせたディスプレイや製品の提案をしたり
販売に力を入れたりと
一年目以上に精力的に販売と向き合ったと思う。

 
今月は三回販売の仕事があった。
まずは県庁、次は市役所で販売をし
最後は某銀行本店での販売だった。

 
なかなか抽選結果が届かず
販売は半ば諦めていたが
販売日の二週間前に連絡が来た。

販売は先着順で決まる時と抽選で決まることがあり
今月はたまたま全て抽選で結果が決まった。

 
その某銀行販売は初めてだったので
私が任されることになった。

去年は最高で月二回販売に参加したが
今年はこうして最高記録を更新した。

 
その某銀行は県内で一番有名で一番力がある銀行で
実は私が大学生の頃、第一志望の企業だった。

本店には面接で行ったことがあった。

 
忘れもしない。

そろばん初段と暗算一級の資格を持っていたが
「その割にはこんなもんなんだね。」と、計算力を窘められたこと。

また、詩が得意だと言ったら「じゃあ即興で今から詩を作ってください。」と言われたこと。

上手く答えられず、面接に落ちたのは言うまでもない。

 
まさか面接に落ちてから10年以上の時を経て
またあの場所に行くとは思いもしなかった。

まさか販売の目的で。

 
 
その日の販売日
販売担当の利用者は重度の方で
私は前々から心配していた。

職員の目を盗んでトイレに黙って行ってしまうAさんと
緊張から食欲不振や嘔吐、失禁につながりやすいBさんだったからだ。

二人ともやる気はあるだけに
私からは販売参加を止めることはできない。

福祉施設の販売とはそういうことだ。

 
私自身も勝手がわからない場所で初めての販売は不安だったが
やるしかない、という気持ちで準備に挑んだ。

 
販売当日の日は
強い雨が降っていた。

今月は雨の日が少なく、その週はその日以外は晴れだったため
なんともやるせない気分になった。

 
駐車場は指定だった。
カラーコーンが置いてあった。

雨の中、わざわざカラーコーンをどけて駐車するだけで濡れる。

邪魔だとパッシングされるが
そう言われても銀行から指定されているのだからやるしかない。

それだけでため息を吐きたくなるが
駐車したらそこから入口まで運ぶしかない。

 
普段なら利用者に任せるが
雨のため私が全て運ぶことにした。
何往復もして大変だ。

最後に利用者も傘で案内した。

これだけで汗が出る。

 
私の職場は最初に到着したが
全施設が揃わないと販売スペースには行けないとのことで
私達は待った。

銀行本店らしく、制限がかかる。

最後の施設が集まり
私達はエレベーターで上の階に移動した。

どの施設も雨の中荷物を運ぶだけでもう大変そうだった。

 
販売に指定された場所は
思ったよりも広い場所だった。

だけど

トイレが死角だった。

だからAさんが勝手にトイレに行ってしまうと見えないことは明らかだった。

 
販売準備をしていたら
早速隙を見ていなくなってしまった。

職員が二人いれば探せるが
私は売り場を離れることができない。

 
AさんとBさんは我流で販売準備をしがちなため
私は指示したり、ほとんど自分でやった。

 
職員がもう一人でもいたら。


そう何度思ったか分からない。

 
普段の販売は職員二人体制だが
今日の販売は職員一人きりだった。

 
なんとか販売ディスプレイは終わったが
すぐにAさんとBさんは座り込んでしまった。

初めての場所での販売の緊張やストレスがあるのだろう。
Aさんがトイレにマメなのも多分精神的な理由だ。

 
やはり今日利用者は一人だけがよかったよなぁ…
もしくは職員がもう一人ほしかった。

 
そう思いはしたが
今日はどうにかするしかない。

 
福祉課の人がうちの施設を何度も気にかけてくれた。
それだけ大変そうに見えたのだろう。

 
 
その銀行本店販売はお客さんが少ないと思ったが
むしろ今月の販売で一番人が集まった。

接客に集中すると利用者をないがしろにしてしまいがちだ。

販売日は早お昼にしなければならないが
AさんもBさんも早お昼を嫌がり
一番忙しい時にお昼に行きたがった。

 
Aさんはお腹が空きすぎて私のバッグをあさり(買い弁したかった)
Bさんは一人でご飯を食べ出すまでに時間がかかった。

「一人でご飯を食べられない。だからついてきて。」と何度も言われた。
だが、私は売り場を離れられない。

 
普段ならお昼は、売り場で食べたり、車内で食べる(感染対策)。

だがその銀行は
売り場で食べることを不可とし
車内で食べるには行員を連れて行かないとダメだと言われた。

駐車場は遠いし
食べ終わるまで時間もかかる。

車まで誘導できるはずがなかった。

 
だが
隣の施設の方もご飯を食べたいと言っていたのもあり
特別に銀行側で部屋を用意してくれた。

そこは
売り場から遠かった。

 
だからBさんは、単独で行くのを拒んでいたのだ。

さっきもBさんはトイレに一人で行けないと訴えた。
普段は一人で行けるが、外出先では全付き添いなのだ。

 
その時も障害者福祉課の方に店番を頼んだというのに
食事まで頼めない。

 
結局
なだめてなだめてなだめた末
障害者福祉課の方が部屋まで案内し
AさんとBさんのみで食べた。

 
心細かっただろう。
 
本来ならば重度の利用者が離れた場所で単独でご飯を食べるなんてあり得ない。

だけどそうするしかできない。

販売を始めれば始めるほど
この場所での販売に二人は向いていなかった。

 
食事場所についてや制限は事前に説明はなかった。
一般の方が来場できないことも話はなかった。

 
初めての販売は、どこまでも初めての販売なのだ。
初めて分かることだらけだから
許可を経て一人でトイレに行ける方、一人でご飯を食べられる方、ある程度販売に参加できる方が望ましかった。

 
結局私は販売中、売り場を離れられず
ご飯を食べられなかった。
今までたくさん販売に参加したけど
ご飯を食べられない販売は初めてだった。

 
午前中は全く売れなかった。

周りの施設は売れているのに
午前中、人はたくさんいても一向に売れなくて内心焦っていた。

 
だけど午後になり
一つ二つ………と売れていき
結果的には
想像以上の売り上げだった。

 
段々と慣れてきたのか
食後はAさんやBさんも接客をすることが増えた。
お釣り計算をしたり、品物を渡したり、片付けを手伝ったりと
頼もしさを見せた。

終わってみれば解放感や達成感が確かにあった。
三人で頑張れたから今があると思った。 

 
外に出ると
いつの間にか雨は上がっていた。

施設に戻り、私がご飯を食べたのは14:30を過ぎていたが
食べるお昼は特に美味しくて感動した。

 
「販売お疲れ様。」と事務長や同僚に特に労われ
私は嬉しかった。

 
販売後、AさんやBさんの保護者と話した。 

その際、保護者がその銀行でかつて働いていたと聞いてビックリした。なんと夫婦共に働いていたとか。

「真咲さん、販売だったの?てっきり施設長かと思った!なんだ、真咲さんなら手伝いに行けば良かった!」

「本当にうちの子がご迷惑お掛けしました。また販売があれば言ってください。手伝いに行きますから。」

そう言ってもらえて嬉しかった。

 
 
もしも大学四年のあの頃、銀行に受かっていたら今の私はいない。

あの時は仲良しの友達がそこで内定をとれていて悔しかったし、寂しかった。

 
だけど今はこの仕事に出会えてよかったと思う。
心から。

 
また来年も新しい場所での販売の予定がある。
来年も頑張りたい。

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