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元同僚からの電話

休日
私はテレサ・テンのベストアルバムを聴きながら運転していた。

元職場がある場所の近くに行く私にピッタリだと思った。

 
切なく儚く憂いを帯びた歌声や歌詞は
胸に染みて泣きそうになる。
 
 
 
その日は元職場の近くでイベントがあった。
元職場の誰かが来ていないかと期待した。

元職場の前を通るのは怖いくせに
元職場の人には会いたくて仕方なかった。

 
イベントには、知っている人は誰も来ていなかった。
もしかしたら、もう少し待てば来るかもしれないと
意味もなくぐるぐる歩くが
でも
やっぱり知っている人は誰もいなかった。

 
退職してからこんなことは何回もあるのに
毎回期待しては失望して
気落ちして家へと帰る。

その日もそうだと思っていた。

 
 
帰り道
私はとある車とすれ違った。

 
車とすれ違うたびに車種やナンバー、車の側面を気にする癖がついている。
元職場の車をいつもどこかで探していた。

 
その車には元職場の名前が入っていた。

 
私は慌ててバッと顔を上げて
運転手の顔を見た。

 
元同僚のAさんだった。
一人のようだった。

Aさんは私に気づいたようで片手を挙げ
私は会釈した。

 
ちょうど私はAさんと逆方向に進んでいた。

 
一瞬、Uターンして追いかけて
どこかで少しでも話せたら、という考えが頭をよぎったが
向こうは業務中だし
それはさすがに気持ち悪い。

私はそのまま先を進んだ。

 
少し走ったその時だった。

私の携帯が鳴った。
Aさんからだった。

私は急いで電話をとる。

 
「久しぶり!元気にしてた?イベントに来てたの?」

 
「お久しぶりです。元気です!はい、イベントに行っていました。」

 
「そうなんだ。利用者とは午後行く予定なんだよ。」

 
「そうなんですね。私は午後予定があって今来たんです。会いたかったなぁ。残念です。」

 
「元気そうでよかった。また後でゆっくり会いましょうよ。」

 
「コロナが落ち着いたら、ボランティア行きたいです。春になったら、今より落ち着きますかね?」

 
「いや、ボランティアとかじゃなくてさ、みんなでまたご飯食べに行こうよ。な!」

 
…私は、嬉しかった。

予想外の言葉に涙が込み上げた。いや、泣いた。

 
電話中は笑っていたけど
でも
電話を切ると涙が止まらなかった。

 
電話したのはほんの少し。
ほんの少しの時間だけど
私にはとてもあたたかかった。

 
会いたかった。
話したかった。
私を忘れないでほしかった。

 
まさか電話をもらえて
こんな風に言ってもらえるなんて
思いもしなかった。

 
 
私は退職してから
ほとんどの人と連絡をとっていない。

 
退職とはそういうものだと思った。

辞め方が辞め方だけに
頑張って進まないと
みんなに会わせる顔はなかった。

 
だからこうして偶然会えて
こんな時間が夢のようだった。

 
 
また同僚のみんなでご飯を食べに行けたらいいなぁ。
笑い合えたらいいなぁ。

そう願わずにはいられない休日。

 
Aさんはずっと優しかった。
頼りになる、尊敬している大好きな同僚だった。

退職しても
私にとってAさんは特別な存在だ。

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