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愛車がベンツの男
その日は休日で、朝からよく晴れていた。
父親は母の代わりに畑作業をやりに朝から出掛けており
私は母とリハビリがてら庭を散歩しようと、靴の履き替えを手伝っていた。
玄関扉を開けると、赤いスポーツカーのような外車のような我が家には似合わないかっこいい車がバック駐車しているのが見えた。
従姉妹の彼氏かな?
私と母は二人でそう思った。
従姉妹は車好きだし、彼氏も車が好きだと言っていた。
車から降りてきたのは父の従兄弟だった。
あぁ、と母娘で思った。
うちの親戚で車が趣味なのは従姉妹とこの人くらいだった。
この親戚は車が趣味でしょっちゅう車を買い替えている。
我が家に届け物があり、寄ったらしい。
私は受け取った。
「かっこいい車買ったんですね。写真撮っていいですか?」
「いいよー。」
見れば見るほどかっこいい。
私の愛車の二倍はお金がかかりそうだ。
最近近所で車が盗まれたため、気をつけるようにと母娘で伝えた。
窃盗犯に狙われそうだ。
しばらく雑談した後
「ともかちゃん何歳だっけ?」と聞かれた。
私「39歳でーす。30代生き残りでーす。」
母「もうすぐ40よ~。」
親戚「彼氏は?」
私「今いないですね~。365日募集中でーす。」
母「誰かいい人いないかしら?」
親戚「いるんだよ。」
親戚の話によると、仕事の関係者で
私より年上で
母親と二人暮らしであり
マンションだかアパートだかのオーナーだという。
愛車がベンツで、大人しく真面目な身長が高い人だという。
私「毛深くはないですか?」
毛深い男性が苦手な私は
愛車がベンツより毛深いか否かの方が重要だ。
毛深くはないらしい。
更に話を聞くと、私の職場の割と近くに住んでいるらしく
母親が大きな病気を患い、寛解したとのことだった。
私は私で母親が歩行器を使わないと歩けない体だし、歩行障害以外にも心身支援が必要な状態であり
婚活男性から引かれそうだが
相手は相手で母親が寛解状態ならば
お互い様な気がする。分かち合えることもあるだろう。
母と息子二人暮らしなら絆は深そうで面倒そうだし
あちらの家と私の職場が近いのは善し悪しがありそうだが(デートには便利だし、上手くいった時に出勤には便利だが、こじれた時が最悪)
連絡してみたり、会ってみなければ分からない。
婚活は条件がよくても上手くいかないことはザラだし
そもそも今まで恋愛も婚活も上手くいっていないから、今独身彼氏なしの30代なのだから。
私は親戚と連絡先を交換した。
親戚「今写真撮っていい?」
私「ダメっす!こんな格好ダメっす!」
私は部屋着で髪もボサボサで白髪もあった。
今日髪染めの予定だったのだ。
私はスマホをいじった。
こんな時のために、写りがいい自撮り写真はストックしてある。
今年撮った、加工していない写真だ。
親戚「うん、かわいい。」
私「はい、今年撮った写真で加工していないから嘘のない、かわいい写真でっせ。」
母「自分でかわいい言うな。」
私「自分でかわいいと思わない写真は、婚活男性に送らないわい。」
母のリハビリどころではない。
庭先であーだのこーだの話した。
私「相手がもしも私の写真見てその気にならなかったら、“相手は今仕事忙しくて婚活気分じゃないらしい。”とか適当に私に大人の嘘ついてくださいね?
“顔が好みじゃないって”なんてありのままに言わないでくだせぇ。」
母「なんであんたは断られる前提なの。」
私「婚活は、連絡してみたらなんか違うっていうのはよくある話で、初回デートまでいかないのが普通なの。
私も相手もこの年まで独身なんだから、今更妥協もしないだろうし。」
親戚「でも、大丈夫なの?本当に。今ともかちゃんが上手くいって家を出ちゃっても。」
母「ともかが私の犠牲になることないわよ。幸せに向かって羽ばたいてほしい。お母さんはお父さんのお世話になるし、ともかさえ幸せになれれば、ゆくゆくは施設に入所もできるし。」
母は涙ぐんだ。
そんな母に私は言った。
私「結婚イコール幸せじゃないし、幸せと思えるような人じゃないとやりとり続けないし、相手にも選ぶ権利あるからね。」
母「せっかくの玉の輿が。」
私「お金はないよりある方がいいけど、お金があるからって幸せとは限らないから。」
もしもお金持ちがよかったなら、三年付き合った医者の元彼が復縁を迫った時、私は手をとっていただろう。
35歳の時でさえ、私は首を立てに振らなかった。
私の三倍以上の月収だったが。
母親が今年の春に脊髄梗塞を発症し、約五ヶ月入院し、退院した。
同時期に職場で頼りになるリーダーが退職し、人事異動した。
今年は婚活をストップしていた。
たまに婚活イベントで気になるものもあったが、スルーした。
私が今39歳だからだ。
募集条件が30~39歳のイベントもあったが
この場合、39歳の女性は需要はないに等しい。
30代~40代のイベントがあるならば参加したかったが、見当たらなかった。
40代~のイベントはあったため、婚活を再開するならば
誕生日を迎えてからと決めていた。
私は何が何でも結婚したい派ではない。
かといって、一人で生きていけるほど強くもない。
正直今は余裕がない。
よく知らない男性とはじめましてのやりとりをしたり、婚活や恋愛を踏まえてのやりとりをするのはストレスが多いし、乗り気ではない。
だが
母が心身不調な今
父が退職し、認知機能が低下した今
私自身も心身不調であり、また職場に思うところがある今
何かしらのきっかけや変化を願っているのは嘘ではない。
「39歳なのに、親戚が心配してくれたり、紹介してくれるなんてありがたいじゃないの。まして玉の輿。」
母の悪い癖だ。
紹介話があると、上手くいく前提で話をしすぎる。
それに私は苛つく。
だが、待っていても縁はない。
変化もない。
まずは踏み出さない限り話も人生も進まない。
一人で生きる覚悟が100でない限りは
私は紹介話を前向きに検討するしかない。
まさか今年の終わりかけにこんな展開になるとは。
クリスマスにはまだ少し早いけれど
あの赤いスポーツカーは、サンタの代わりの赤だったのだろうか。
親戚が立ち去ってから、私は落ち着かなかった。
いつ連絡が来るのか期待していた。
だが、二日後の夜、母親の携帯が鳴った瞬間、縁がなかったのだとすぐに理解したし
実際、相手から断られたという話だった。
私の顔が気に入らなかったのか
適齢期に独身だから周りが騒いでいるだけで本人にはその気がなかったのか
その他の理由かは分からない。
その親戚は、世話人を紹介すると言った。
何組も成婚させているという。
私は即断った。
もともと年末は公私共に忙しく、紹介話があったから前向きだっただけで
何が何でも結婚したいという気持ちも情熱も私にはない。
今回縁がなかったのなら、それで話は終わりだ。
今年も残りあと約一ヶ月だ。
おそらくこのまま恋愛も婚活も動きはないだろう。
体調を崩さず、家族と過ごせて
このまま師走を駆け抜けられたら
もうそれで十分だ。