婚活パーティー【昔の知り合い】
私は本家に産まれた次女だ。
小さい頃から私か姉どちらかが継ぐように言われて育った。
代々長男、長女は継がない家系だから
私が継ぐんだろうなぁと漠然と思っていた。
姉は嫁いだため、いよいよ私が家を継ぐことが確定した。
だが
姉が嫁いでから10年以上が経った今でも
私は30代で未だに独身である。
ある日、農業男子との婚活イベントを見つけた。
麦踏みをしたり、うどんを作るという。
今まで私は農業男子との婚活を避けていた。
何故なら、私の家は兼業農家であり、母の実家は酪農家だったからだ。
農家の良さはもちろん知っているが
農家の嫁の苦労もよくよく知っていた。
以前、専業農家の5人兄弟の長男の方を紹介されたことがある。
まず、性格や価値観が合わなかったのでお断りをしたが
専業農家の5人兄弟の長男というパワーワードを切り離して考えたかと言われたら答えはノーだ。
農家は朝が早い。
収入も安定とはいえず
天気や疫病に左右される。
休日がない。
農家は本家の率が高い。親戚がたくさん集まり、その時に拒否権はなく、もてなさなければならない。
そんなイメージが強かった。
だから農業オンリー婚活は今まで避けていた。
だけど、30代の今になってもご縁がないなら
今までやったことがない事もやらないとご縁はない気がした。
確かに農家にデメリットはある。だけど
家族仲がよければ、仕事関係の人間関係ストレスは少ないとか
ある程度自由がきくとか
おいしい野菜や米や肉や牛乳を食べられるとか
食いっぱぐれがないとか
メリットももちろん私は知っている。
今は核家族農家もあるとか、嫁が外で働いてもいい農家もあると知っている。
まずは進まなきゃ話は始まらない。
私は農業婚活に申し込みをした。
婚活というのは何故申し込んだ時は気持ちは上向きでも
当日が近づくほどに気持ちが下がるのか。
この婚活を申し込んだのは一ヶ月も前だったため
婚活に行かずに他のことをしたい欲がムクムクと膨らみだした。
だが、行かないわけにはいかない。
どこで出会いは転がっているか分からないのだから。
当日。
私は頭を抱えていた。いや、正確には数日前から頭を抱えていた。
何を着ていくか迷ったのである。
婚活の流れとしてはまず、麦踏みは動きやすい格好で長靴。
うどん作りはエプロン着用。
ビュッフェを食べながらの婚活パーティーはきれいな格好。ただし、着替える場所はないという。
スケジュール表はあるが
休憩時間や移動時間は書いていないため
着替え時間や場所はどのくらいとられているか分からない。
今回の婚活は珍しく
6時間のボリュームな上、3回の場所移動を自車でやらなければいけないものだった。
しかもそれらの場所に行くのは初めてだったので勝手がよく分からない。
婚活の服でこんなに悩んだのは初めてだった。
婚活といったら、清楚なワンピースやスカートという私の得意ジャンルだが
麦踏みをするならズボンにパーカーだ。
畑はもれなく汚れるし
お気に入りのダウンやセーターはとんでもない。
その日は最高気温8度曇り予報だったので
あたたかいパーカーを着るしかない。
だがしかし
私はかわいらしいパーカーは白地か薄手しかなく
あたたかいパーカーといったらUNIQLOや通販の無地しかない。
UNIQLOにズボンじゃ仕事着で色気も何もない。
だが麦踏みならこの格好がベストだろう。
パーティーで着替えではなく
清潔な格好でうどん作りをしたい。
それならば移動前に車内で着替えるしかないかもしれない。
私は考えに考え、ダウンやセーターを車に置いておき、着替えることにした。
その日は、長靴、ダウン、セーター、スリッパ、エプロンと持ち物が多くなった。
麦踏みは長靴、うどん作りはエプロンやスリッパ、移動中はスニーカーを履くというなかなかの慌ただしさだ。
なお、どのエプロンを着ていくか、どのスリッパにするかでまた迷った。
さて、私は車に乗ってその場所を目指した。
カーナビに住所をセットし、目的地を目指す。
だが、カーナビは目的地につかずに別場所を案内した。
慌ててスマホで住所をセットするが
またも違う場所を案内してしまう。
どうしよう…と思った時
案内人が看板を持って立っているのが見えた。
やはり分かりにくいのだろう。
案内されてもまだ迷ったが
なんとか無事着いた。
開始10分前に受付場所である駐車場に着いた。
そこでホッカイロと軍手、水、資料、名札をもらう。
私は開始前にトイレに行こうと、トイレの場所を確認した。
「ここにトイレはないわよ。」
は?
「今から1時間半はトイレに行けないわね。」
は?
「あなたがトイレに行くせいで始まりが遅くなっても仕方ないから、開会式が終わったら行ってくれる?」
は?
私は開始早々帰りたくなった。
トイレがない場所が私は嫌いだし、その言い方に不快感を感じたのだ。
トイレがない場所で婚活なんて聞いたことがない。
トイレがないならば、案内書(紙二枚も送られてきていた)に明記してほしかった。
私は膀胱に不安を感じながら
言われるがままに列に並んだ。
名札に書かれた番号順に男女一列で並び
自己紹介タイムが始まった。
周りを見れば、男女共にお洒落な格好をしていた。
女性陣は長靴率も低い。畑を舐めているのか、私がガチすぎるのか。
今日は男女約10名ずつで
男性は一人以外全員が専業農家や酪農家のようだった。
その一人は実家は兼業農家だけど、自分は公務員だと話した。
婚活時、住んでいる場所がバラバラなことが多いが、今回男性は全員が婚活イベントが行われた場所在住だった。
一方、女性はというと、私以外全員が農業と無縁な方で私は心底驚いた。
なるほど、農業と関わりがなさすぎていい印象を抱いているのだろうか。
更に驚いた点は、他県から二人来ていたことだ。何故わざわざ他県から参加するのだろうか。
お互いのざっくりした自己紹介を終えた後(男女の距離は3m以上離れている)
地域の農業についての勉強会みたいなものが始まった。
だけど私の頭はそれどころではない。
これはもうトイレに行っていいだろう…
と思い、主催会社の方に声をかけるがまだダメだという。おいおい、話が違う。
更に時間が過ぎ、私がトイレに行きたいと言ってから実に45分くらい時間が経過した。
そんな中、主催会社の方が「トイレに行きたい方、今なら行っていいですよ。」と、みんなの前で大きな声で言った。
私はカァーッと恥ずかしさと怒りを感じたまま車に乗り
近くのコンビニに走った。
よりによって駐車場で自己紹介タイムがあったから
みんなに見送られるような形で発車せざるを得なかった。
なんてデリカシーがない方だろうか。
トイレに着いた時は安堵より怒りが先に来て
このまま帰りたい気分になった。
でも私は30代独身だ。
職場と自宅の往復の毎日で出会いがない私に
帰る権利なんてないに等しかった。
私は気まずさマックスになりながらまた元の場所に戻った。
先程まで男女各一列になっていたのに
各自自分の車の前にいたり、同性同士で話したりしていた。
私は自分の車の隣に車を停めていた女性に今は何の時間か聞いた。
そしたら、名札と軍手だけ持って近隣の畑に移動だという。
私は慌てて荷物を車に入れて鍵だけしめた。
もう主催会社の方は移動を促し、歩き出した方がいたため
私は更に慌てた。
もしかして、私待ちだったんじゃあ…
そう思うと更に気まずかった。
とはいえ、コンビニはそこから車で一分だったので
それならばやはり、自己紹介タイムが終わった時点で行かせるべきだった。
自己紹介タイムの後はその主催者の話が長々と入ったし、その後に農業の話まであったのだから。
みんなに迷惑をかけたと思うと話す気が起きなかった。
周りにどう思われているかも怖かった。
俯きながら、麦踏み場所まで5分以上歩いた。
最初はスニーカーやブーツだった人達も気づいたら長靴に取り替えていた。
そんな中、隣の車だった方が私に話しかけてきた。
歩く時に隣だったのだ。
「今日、風が強いですね。」
私はそれが嬉しかった。
普段女性には人見知りをしない私は自分から話しかける方だが
今回に限っては気まずさから話しかけられなかった。
その言葉をきっかけに
私はその女性と道中話した。
トイレに1時間半行けない話をすると、「私も行けばよかった。知らなかった。」とさえ言っていた。
道中(婚活イベント中)は同性同士でかたまらないようにと言われていたが
そうは言われても
男女で話す人は少数で
あとは無言か
同性同士で話したりしていた。
畑についた時、風がふいていた。
周りには畑しかない。
砂埃が舞っていた。やはり色気のない格好で正解だと内心思う。
まずは地元農家の方が畑をトラクターでならした。
砂が思い切り舞う。
地元農家の方でさえ、自分の足で麦踏みはしないと話す。
そのトラクターは大きくて立派で
数百万から一千万を超えるだろうと隣の農業男子と話した。
農機具や農業用車はめちゃくちゃ高いのだ。
まずは、各自麦踏みをするように言われた。
母からは横歩きでかかとに力を入れて歩くように助言されたが
今回の麦踏みは普通にまっすぐ歩いていいらしい。
ただし、隙間をあけないように歩く、と指示はあった。
その後、鬼ごっこルールが伝えられる。
①麦踏みをしながら1列ずつ前後左右に動くこと。右足と左足で隙間を作らないように動くこと。
②鬼にタッチされた人は手を繋ぎながら動くこと。
③上位の方には商品が出ること。
④全員捕まるまでやること。
「ではスタート!」と言われ、麦踏み鬼ごっこがスタートした。
先程まで各自適当に麦踏みをしており、立ち止まっていた場所からのスタートのため
平等性はなかった。
私は鬼の子の近くにいたのだ。
私は二番目に捕まった。
そもそもが運動神経が悪いし、スピードを競う遊びは苦手だ。
私達三人(たまたま全員女性)は手を繋ぎながら移動し
近くにいる人をタッチしていった。
そんな中、男性の中では二番目に捕まったAさん(ちょっとヤンチャ系なイケメン)が、「なんで男同士で繫がなきゃいけないの?この遊びは男女仲良くなるためのものっしょ?」と言い、私ともう一人の女性の間に入って手を繋いだ。
胸がキュンとした。
私を女性扱いしてくれるのか。
あとで年齢を聞いたら私より10歳以上下だった。
私はこういう場でこんな風に発言できる人が好きだから
この言動は好印象だった。
ただ、それでいて自己紹介の時や雰囲気で感じたヤンチャ感はやはり正しかったな、とも思った。
大人の男女が手を繋ぎながら畑を歩くのはなかなかにシュールで
まるで小学生に戻ったようなワクワク感があった。
なんとか全員捕まえた後
地元農家の方による農業男子の良さが伝えられ
それから私達は最初に集まった駐車場へと歩きながら戻った。
その時、私の隣にいた女性Bさんが私に話しかけてきた。
見た目から想像するにアラサーくらいだろうか。かわいらしい子だった。
Bさんは親戚にも農家はいないという非農家の方で
私が農家の話をすると、ものすごい食いつきがよかった。
「私、食べるのが大好きなんです。農家なら色々食べられていいなぁ。」
確かにその発言は非農家っぽかった。
確かに食べ物には困らないかもしれないが
その時期その時期によって豊作な野菜や果物等の場合
しばらく毎日食べなければいけないくらい採れる。
それが農家だ。
また、「今日って農家オンリー婚活なんですね。ビュッフェあるとかいちごのお土産があるなんて知らなかった。」と、大雑把な印象も受けた。
私はそういうこだわらない方が好きだ。
駐車場についたら、プシューと空気が出るもので(正式名称)
汚れを落としていった。
主催の方が「ほらほら男子、女子の汚れを落としてあげるチャンスよ。」とわめき
イケメンでかわいらしいCさんがみんなの汚れをとっていた。
元職場で野外作業を担当していた方もこの道具を使っていたので
野外活動でこの道具はポピュラーなのだろう。
その後
表彰式が行われた。
麦踏み鬼ごっこ上位1~3位の方には白菜を、4~6位の方には大根が贈呈され
参加賞として全員にお米三合(2種類のうちどちらか)が贈呈された。
随分豪華だ。
白菜も大根も新鮮で美味しそうだった。
その後、各自自家用車で別場所に移動した。
次はうどん作りだ。
私は車の中でパーカーを脱いでセーターを着て、うどん作り会場の場所で他の女性陣らとトイレに行った。
トイレがあることにホッとした。
そこにある調理実習室のような場所で
エプロンと三角巾をつけて
指定された場所に座った。
どうやらグループごとにうどんを作るらしい。
男女20名がエプロンや三角巾をつけて椅子に座るのは学校のようで不思議な光景だ。
まず、近隣に住む農家に嫁いだ女性二人から結婚前のイメージや結婚した実際の話がある。
さすが、選ばれただけあり、関係良好というか、いい話しかない。
その後は先生に見本を見せてもらいながら
各グループ三つのボウルを使ってこね出した。
どうやら女性陣は固定で、男性は工程ごとに各グループに移動らしい。
私のグループはボウルが二つしかなく、一人は先生と協力して作ることになった。
ラッキー、楽できるぞ、と思ったが
一人の女性がそそくさとそちらに行き、私ともう一人の女性…料理があまり得意ではない二人が残された。
最初は女性がメインでやっていたが、うどん作りは力作業だし、うどん作り経験者が男性には何人かいたので
途中からはどのグループも男性が動くようになっていた。
うどん作りで性格もだいぶ把握できて、いい時間だったと思う。
集中してやっているとあっという間で
ようやくうどんができた。
一部は茹でて食べ
あとは持ち帰りとなった。
やはりできたては美味しい。
最後は食べ放題ビュッフェだ。
再び自車で指定場所まで移動し、着替えてから徒歩でとあるお店に移動した。
今日そのお店は貸し切りらしい。
私はエプロン(割烹着タイプ)を脱いだくらいの着替えだったが
女性陣はワンピース姿が多くてビビった。
みんな、何着の靴や服を持ってきているんだ…。
お店ではまず全員と回転寿司方式で会話し
それからビュッフェを食べつつフリーで周りと話した。
私は少食な上、先程のうどんがきいていて周りほど食べられなかったが
それでもいくつかの料理やバスクチーズケーキを食べられたのでよかった。
主催の方からは定期的に座席を変わるよう言われたが
荷物とビュッフェ皿と飲み物を持って小まめは移動はなかなかに大変で
私達の席の近くではみんなでテーブルをくっつけてワイワイ話した。
みんなと半日くらい一緒にいて私はBさんと話す機会が多かった。
ちょうど隣の席だった。
そして、今回一番気になった男性はCさんだった。
フリートークの時もCさんの印象はよかったし
連絡先を聞きたい第一位はCさんだった。
だが。
「久しぶりです。Bさん、自分を覚えてなさそうですね(笑)」
…………ん!?
二人から話を聞くと
昔バイト先が同じだったという。
CさんはBさんを覚えていたが
Bさんは覚えておらず、他人行儀な感じだったので
フリートーク中にCさんはBさんにそんな風に話し出した。
二人は昔話に花が開いた。
二人で連絡先を交換しているのが見えた。
先程まで感じていた淡い気持ちに陰りが見えた。
見た感じだと、CさんはBさんを気になっている。
………。
さっきまでみんなでワイワイしていたが
そんなこんなで二人を邪魔してはいけないとソッとしておくと
Dさんから一緒に食べないかと誘われた。
大人しく、不器用そうな男性で
今日の参加者の中では私はあまり好印象ではなかったが
相手はそうでもなかったらしい。
私は一応最後にCさんの名前を書いたが、Cさんは私の名前を書かなかったらしく
私達はカップリング成立はしないで終わった。
でもそれは分かりきっていた結果だ。
カップリング成立した方には立派な花束がプレゼントされた。
私が二番目に気になったAさんは別の方とカップリング成立していた。
確かに私よりその女性の方が雰囲気が似ていて、相性が良さそうに見えた。
最後にコスメといちごのお土産をもらい、今日の婚活パーティーはお開きになった。
外はすっかり暗くなっていた。
今日初めてたくさんの農業男子と話したわけだが
農業男子はみんな自分の仕事に誇りがあり、キラキラしていた。
また、会社で働く人は稀で
ほとんどの方が家業を継いだ形で畑等を持っていた。
嫁は必ず家業を手伝わなければいけないわけではなさそうだったが
それでも実家に入る、もしくは近くに住む形ではあるだろう。
朝は早く
酪農関係の方は休みはないと話していて
やはり結婚となると、自分の仕事などは最優先にはできないのだろうと思った。
一風変わった婚活イベント。経験値は上がった気がする。
私の婚活は続く。
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