タヌキ事件加害者
母「あれからもう2年ね。」
父「あれはビックリだったよなぁ。まさか、ともかがなぁ…。」
私「殺す気はなかった。本当に殺す気はなかったんだよ。」
まるでサスペンスドラマのような会話だが、本当の話だ。
私は加害者であり、両親はさしずめ加害者家族だ。
二年前、私は自宅の近くで、一つの尊い命を奪ってしまった。
あれは、2018年、今から2年前のことである。
私が至って真面目に、仕事開始20分前には職場に着き、朝の打ち合わせや玄関を掃除していた時だ。
後から出勤した職員が、大慌てで私の元へやってきた。
「ともかさんの車の周り、白い花びらがすごいですよ!」
………白い花びら?
おかしい。
私が駐車した時はそんなものはなかった。
白い花びら??
不審に思った。
駐車場付近には花なんて咲いていない。
別の同僚が更に出勤してきた。
「ともかさんの車、何あれ!?すごいよ!?」
どうやら施設を掃除している場合ではなく、自分の車を掃除すべきらしい。
そしてどうやら、私の知らない内に私の車は何やらすごいことになっているらしい。
後に来た職員から、花びらではなく、鳥の羽根だと聞いたので
私はゾゾゾ…とした。
なんだ!?一体どうなってるんだ!?
他の同僚から、保健所に連絡した方がいいと助言を受けたが
上に報告したら、自分で処理するように言われたので
私は助っ人を連れて行くことにした。
そういった獣関係に強く、私が信頼している職員だ。
当時、駐車場は他の会社から借りており、施設から徒歩7分であった。
私と職員でその場まで歩いていくと
確かに私の車の周りは幻想的な演出のように
無数の白い花のようなものが散らばっていた。
遠目には花にしか見えない。
ビジュアル系のPVか何かのように美しくさえ見えた。
そこの駐車場には、うちの職員が20台程車を停めていたし
いくつかの会社や他の施設も駐車場を借りていたが
ピンポイントで私の車の周りだけやられていた。
車に近づくと、車体は汚れていなかった。
あくまで羽根が散らばっているだけで、ホッとした。
私の車の後ろ1m程離れた場所で、鳥は亡くなっていた。
状況から察するに、他の鳥とやり合って惨敗したらしい。
それでも最後に思い切り抵抗したのだろう。
助っ人職員は、ひょいひょいと手伝ってくれた。
本当にありがたい。
今までもコウモリやヘビやトカゲ、ゴキブリ、蜘蛛、ゲジゲジ、毛虫と
何かしらが出るたびに退治してくれた。
嫌な顔一つしないでやってくれた。
非常に頼もしい職員だ。
この方は絵を描くことやパソコンが苦手なので
そういった時は私が代わりに行う。
私は逆にそちらが得意だからだ。
適材適所。
餅は餅屋。
協力し合うとはこういうことだ。
私は鳥の亡骸に手を合わせ
自宅に帰ってから塩やお酒で車体を清めた。
だが、その年は厄年だ。
私の厄は塩やお酒でどうにかなるレベルではなく
これは序章に過ぎなかった。
鳥の件から二ヶ月くらい経った頃だろうか。
周りの職員が先に帰り、一人残業をしていたある日のことだ。
とりあえず区切りよく仕事が終わった私は、お腹を空かせて帰り道を走らせた。
頭の中は夕飯でいっぱいだし
体は疲れでいっぱいである。
あと信号を二つ越えれば自宅というところで
私は左方向下部から勢いよく飛び出てきた黒い塊が視界に入った。
あ!?!?!?
と思った時と
ドンッ!!!!!
と衝撃を感じた時はほぼ同時だった。
避けようがなかった。
そこは細道だったので、数m先の空き地にハザードをつけて車を停め
私はスマホのライトで照らした。
左前方タイヤにぶつかったと思ったが
パンクや傷は見当たらない。
ボディも無事のようだ。
だが、一体なんだ?
今の音と衝撃はなんなんだ?
何かがぶつかったのは確かだが
引いたと思われる道路中央には何も残っていなかった。
ぶつかった衝撃で遠くに吹き飛んだか?
とりあえず、自宅に帰ることにした。
私は帰宅して両親に事情を話し、とりあえず部屋着に着替えようとした。
時刻は20:30を過ぎていた。
懐中電灯で車を照らした父親が、無情にも私に告げる。
父「ナンバープレートの近くが破損しているな……。」
私「えぇ!?」
私は慌てて父の懐中電灯を照らす場所を見た。
確かにナンバープレート近くの…グリルガードと呼ばれる、黒い枠組みたいなものが欠けていた。
左前方タイヤやその付近の衝撃だと思ったが
まさかナンバープレート付近がやられたとは。
完全に見落としていた。
まぁとりあえずは、エンジンがやられていなくてよかった。
父「一度、お父さんと現場に行ってみようか……保険適用できるかもしれないし。」
お腹が空いていたが、それどころではなくなってしまった。
私は父を助手席に乗せ、再び現場に向かった。
私「ほら?道路には何も残っていないんだよ……って、あ!?」
父「あれだ………。」
現場の道路側溝には、黒く横たわるシルエットが見えた。
明かりがなく、通行の妨げにはならない場所でもあった。これでは分かりにくい。
そのシルエットは思ったよりも立派な大きさで、明らかに猫ではなかった。
タヌキだ。
まごうことなく、タヌキだ。
おそらく即死だろう。
脳振盪だと思われる。
私も父親も驚いた。
長年ここで暮らしていたが、自宅付近でタヌキを見たことは初めてだった。
確かに職場に向かう途中の別エリアでは
毎週のように息絶えたタヌキを横目に出勤していたが
まさか地元にタヌキがいるとは。
父「………手を合わせた後、一応証拠だから、写真撮っといた方がいい。」
私「そうだね……。」
私のスマホはタヌキの写真で溢れた。
色々なアングルで撮った。
ズームにしたり、背景をきちんと入れるようにしたりと
私は死狸を冒涜するかのごとく撮った。
自分で殺しておいて、何枚も写真を撮るなんて
はたから見たらネクロフィリアじゃないか。
帰宅後、今度は保険会社に電話をしたが、なかなか電話は繋がらなかった。
24時間対応がウリのはずだが、すぐに繋がるとは確かに保険屋は一言も言っていない。
もどかしい思いで、単調なメロディ音を繰り返し聞きながら待つと、ようやく40代くらいの女性に代わった。
「その場所はどこですか?そこではよくタヌキを見るんですか?スピードは何kmでしたか?車のどこが壊れたんですか(凶器はなんですか)?」
まるで取り調べだ。
散々待たせた後、私は早口でまくしたてられるように状況を聞かれた。
こうなってくると、ますます自分が加害者だという気分になってげんなりする。
そんな私に保険会社は警察に届けないと保険適用されないことを告げる。
私「け、警察!?」
保険会社の話だと、今から現場に戻って、そこから警察を呼べという。
なんということだ。
これでは完全にひき逃げ犯が自首する形だ。
両親と相談し、現場から警察署までが近いので、警察に直接行った方がいいという話になった。
私は母親と共に警察署に向かった。
免許更新以外で行くのは初めてだ。
車から降りた母は、私に告げる。
母「いい………笑っちゃダメよ。あんたはタヌキ殺しの犯人なんだからね。下を向いて、神妙な面持ちでいなさい。」
私「逆に笑うわ!いちいちそんなん言わないでよ(笑)」
母「ほら、笑っちゃいけない!もう自動ドアの前よ(`・ω・´)」
こうして加害者の母としてノリノリな母と、笑いを堪えながら下を向いた娘は
警察署の中に入った。
中は薄暗く、警察官の方々が忙しそうにしていました。
警察官「どうされました?」
母「実は…………うちの娘が…タヌキを轢いてしまって。」
警察署「よくいますからね。タヌキ。」
警察官はタヌキ殺しによく慣れた様子で、特に驚きも笑いもせずに話を聞いてくれた。
ふと、取り調べの警察官から目を外したら、近くの警察官の方がカツ丼を食べているのが目に入った。
ちょ!?
カツ丼!?!?
あの、犯人によくススメるカツ丼!?!?
そのカツ丼を警察署で警察官が食べてる!?!?!?
まずい…完全にツボに入ってしまった。
私は肩を振るわせながら笑いを堪えた。
このタイミングでカツ丼はあかん、カツ丼は。
あぁそう言えば私もまだ夕飯にありつけていないなぁ。
いっそタヌキ殺しの犯人だし、素直に自首に来たし、オイラにもカツ丼を分けてくれ…。
書類にいくつか書き、免許証を見せ、タヌキ現場を地図で調べ、住所を特定した後
私は二人の警察官と共に外に出た。
今から凶器(車)と加害者(私)の写真を撮るという。
そんなバカな!?
もう夜だった為、写真撮影のため、車の向きや位置を変えて
私は警察官の指示に従い
凶器(車)の破損部分を指差しながら、一緒に写った。
写真は複数枚撮られた。
真顔が良いのだろうか。
笑っちゃいかんよな、この場合は。
どんな顔して、目線はどうしたらいいんだ?
困惑した私に、母は警察官の横に偉そうに立ち、大声で指示を出してくる。
母「ともかちゃん、笑っちゃダメよ!これは真剣な写真なんだからね!タヌタヌちゃんの大事な証拠なのよ!ほら、真剣に!!」
警察官二人「(笑)」
仕事に徹して終始表情を崩さなかった警察官が、ついに母親のペースに巻き込まれて笑った。
勝った…………!
私はその時心の中で小さく、ガッツポーズをとった。
身内であり、母の性格をよく知っているはずだし
私は加害者なのだから笑っている場合ではないのは重々承知していたが
母はやたらと笑わせてきた。
警察官の人はプロなだけあり、クスリとも笑わずに癪だった。
母は昔から、悪気なく、周りを巻き込んで笑わせる天才だった。
普段はいいが、今日に関して言えば、付き添いは真面目な父が妥当であっただろう。
家に帰って、夕飯にありつけたのは21:30過ぎで、私はすっかり疲れてしまい、ほとんど食べずにお風呂に入った。
警察署に行ったら、保険適用のために警察に行くことはないと言われたし
保険屋さんにその旨を伝えたら支離滅裂で
私はひどく疲れた。
両親から、明日もタヌキがそのままなら、保健所に電話するようにも伝えられた。
……保健所かぁ。保健所に電話も初めてだ。
明日の朝、仕事行く時にまたあの現場を通るのか。
とほほ。
そんな私を癒したのは、同僚だった。
私は車に詳しい同僚に相談すべく、電話をかけた。
私「実はさ………タヌキ、轢いちゃったのよ…。」
同僚「タヌキ(笑)轢いたの(笑)や~い、タヌキ殺し~!(笑)しかしともかさんに轢かれるなんて、鈍くさいタヌキだな。」
同僚はさんざんお腹を抱えて笑った後、車についてのことを色々教えてくれた。
その同僚は車やこういったハプニングに非常に強い。
餅は餅屋だ。
保険屋の対応がいまいちだったので、色んな方に話を聞くのが妥当だ。
明日やるべきことが分かり、私は倒れ込むようにその日は眠りについた。
次の日の朝、輝かしい朝日に照らされてタヌキはまだいた。
外灯がない、暗い中で昨日は見たから気づかなかったが
想像以上に体が大きい立派なタヌキだ。
今まで見た中で一番大きい。
もしかして、タヌキのボスだろうか。
私は保健所に電話をした。
それが加害者である、私にできることだ。
場所がなかなかに分かりにくく、保健所の方に何度も説明して、ようやく場所が伝わった。
了承していただけて
私はフゥとため息をついた。
まだ一日の仕事はこれからだというのに、朝から既に一仕事終えた気分になった。
私は保険屋が指定した車屋に、見積もりをしてもらうべく、仕事帰りに車を持っていった。
そこは職場からも自宅からも近くない場所で
保険屋への信頼が更に下がった瞬間だ。
車屋は至る所にあるのに、なんだってこんな夕方混む道の先の場所を指定したんだ?
私は残業を切り上げて車屋に向かったので、内心苛々していた。
だがそこで、私は運命の再会を果たす。
「お、お前は……………こんなところに一人で待っていたのかい?」
車屋の敷地内には、見覚えのある車が置いてあった。
私の職場の送迎車だ。
職員が過剰労働による疲労で誤って自滅し、それを上が激怒したことで、その職員とはサヨナラも言えずにそのままサヨナラになった。
退職となってしまった。
その上のやり方に対して、職場内では不信感が募り、また、大破したらしい車はそのままレッカー移動になったらしく、私は所在が分からなかった。
いつも職場が頼んでいる車屋ではない場所で
まさか再会するとは思わなかった。
その車は、私も仕事でよく乗る車だった。
その車の破損は噂では聞いていたが、想像以上にひどく
私はそれを見て悲しくなった。
痛かったろう……
そしてこれだけの衝撃なのに、職員が無事でよかった…………。
私は半泣きになりながら、パシャパシャとかわいい送迎車のなれの果てを写真を撮った。
職員のみんながこの子を心配していた。
そんな私が後ろから声をかけられた。
お店の方「●時予約の真咲様でしょうか?」
私「は、はい。そうです。」
声がうわずってしまった。これでは不審者だ。
昨日から加害者になったり、不審者になったりで
本当にろくでもない。
車屋さんは優しかった。
見積もりを出した上で、保険を使わない方が安くすむことを教えてくれた。
その時の対応が丁寧だった上にイケメンだったので、私はアッサリ信頼して好感度があがり
その人の指示に従った。
つまり、警察に自首損ということだ。
まぁいい勉強になった………と前向きにとらえる。
後日、私の職場にレッカー車が来た。
例のイケメンの車屋さんだ。
駐車場付近で働く同僚には、レッカー移動の時間を伝えておいたので
手慣れた様子で同僚が誘導してくれ
別の同僚が離れた場所で働く私を呼びに来た。
同僚様々である。
私のかわいい愛車がレッカー車に乗せられた。
かわいい愛車。
かわいいかわいい私の愛車。
代車が用意されていても、悲しくて仕方ない。
この車屋さんになら信頼して任せられるけど、離れたくない。
私はレッカー車にお世話になるのが、これが初体験であった。
呆然と立ちすくんでしまう。
胸にポッカリ穴が空いた気分だった。
同僚「でもまだタヌキでよかったですね。鹿にやられたら、廃車ですよ。」
タヌキ事件を同僚に話すと、周りの同僚が何人もシカの伝説を力説した。
驚いたことにシカ加害者の方が、私の想像以上にいた。
私の職場は、私が住んでいる場所よりも田舎であり
狩猟免許を持った同僚さえ複数いた。
殺意はなかったとはいえ、尊い命を奪ってしまった私は
同僚達の伝説を聞いて、少しずつ気持ちが和らいだ。
車はやがて直って帰ってきた。
レッカー車に乗せて、職場まで届けてくれた。
またも同僚様が手慣れた様子で
レッカー車誘導をしてくれた。
非常にありがたい。
かわいいかわいい私の愛車は
どこがやられたのかサッパリ分からないほど
キレイに直り
また、修理費も想像よりかなり安かった。
あまりにも車屋さんの仕事が丁寧でよかったので
私は名刺をいただき、車に入れた。
これからもお世話になりたい。
そう思わせるだけの仕事ぶりだったので
私は身内や親戚、友達にその車屋を紹介した。
人生、どこで縁が繋がるか分からない。
やっぱり愛車が一番だなぁ。
私の愛車が一番。
おかえりなさい。
もう離さないよ。マイスィートハニー。
そんな私の愛車が再びレッカー車移動をされるのは
この一年後である。
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