映画館でレオポルシュタット
『レオポルシュタット』 脚本トム・ストッパード
尊敬する脚本家トム・ストッパードの作品「レオポルシュタット」を、ナショナルシアターライブで見てきました。
ストッパードは多くの舞台劇や映画の脚本を書いた作家。
「恋に落ちたシェイクスピア」とか有名。
内容も良かったけど、自分的には脚本の構造の方が興味深かった。
需要ないと思うけど、語りたくなりました。
トム・ストッパードは初期作品では「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」が有名。
1966年に初演された舞台作品。
この作品はS・ベケットの「ゴドーを待ちながら」の劇構造に強い影響を受けたものであるのは明らかです。
ベケットといえば、不条理劇と呼ばれているが、日本語の不条理とは少し意味が違うのではないかと思います。
ある状況の中でもがく人物たちが、その状況の中で変化していく姿を見せる劇構造だと、僕は捉えています。
その視点から見るとトムの作品の劇構造は、まさにそれに当てはまるんです。
登場人物のストーリーを語るのではなく、状況の中に翻弄される人を描き、人物たちの変化を見せることで、観客に状況や翻弄される人間たちのドラマを想像させる手法。
それがベケットが発明した劇構造なんです。
どんな舞台劇のスタイルなのか簡単に説明しておきます。
劇の舞台となる場所は一箇所。
そこにいる人たちが、彼らが置かれている状況について語り合う。
さまざまな人がここに現れ、また去っていく。
時間が何回か大きく飛ぶ。
時間の経過にともない登場人物たちが、変化している。時に死んだりしている。
観客は、その劇を見て、自分たちも登場人物たちと同じように、ある状況の中にいるのだということを感じて、さまざまな気持ちを動かされることになる。
こういう感じです。
今回のレオポルシュタットにも、その劇構造が踏襲されているのがわかります。
演出家のパトリック・マーパーはその辺りを良くわかっていて、俳優の立ち位置など、随所に「ゴドー待ち」を意識した配置をしているように感じました。
劇を書く人間としては、ぜひ挑戦してみたくなるスタイルですね。
トム・ストッパードは脚本家として、さまざまなスタイルの作品を書いています。
ハリウッド式と呼ばれるような主人公に感情移入をさせて、その主人公が変化し、決断し、困難を乗り越えていくようなスタイルの物語も熟知しています。
そんな彼が80歳を超えて、自分の最後の作品となるかもしれない戯曲では、最初に使ったスタイルをもう一度使って、自分のルーツに関する物語を書いたということに、僕は作家の想いの強さを感じたのでした。
劇作家や脚本家を目指す人なら、観て損はない作品だと思います。
僕も勉強になりました。
ただしエンタメとしては、ちょっとわかりづらいところもあります。
英語がネイティブの人ならわかるであろうセリフの面白さが、翻訳や字幕だと伝わりづらいです。
登場人物が多いので、人間関係などを理解しづらいです。
あとユダヤ人やヨーロッパの歴史状況などがわかっていないと、登場人物たちが置かれている時代の雰囲気などわかりずらいです。
ましてや現代の日本の若者たちが、どれほどユダヤ人について知っているかは疑問です。
そんな感じで、とっつきにくい作品ではあるのですが、基本的には家族の物語として書かれているので、日本人の自分にとっても、自分の家族に想いを馳せながら観ることができました。
やはり家族というのは、永遠のテーマなのかもしれません。
そしてトム・ストッパードをより深く、そして近く感じさせてくれた作品でした。