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みよちゃんへ
みよちゃん、きいたか。ノブとヒロミのさ、ヒロミが今日亡くなってん。自宅で一人で倒れてたらしいんやけどな、老衰やって。93歳。大往生やなあ。わたしもそのくらいはいけるかな、と思ってるねんけどな。ああ、ノブはもうだいぶ前に死んでもうたなあ。乳がんやったかなあ。
でな、私はここにきてるんや、カラオケ。そうかみよちゃんは知らんのか、カラオケ。カラオケはそうやった、わたしの娘が中学の時に初めてできて、当時は一曲100円やったから娘にお金せびられて困ったけど、時間料金になってから娘に連れてってもらったら私もはまってしもてな。だってな、素人の私らがマイク持って歌えるねんで、当時は考えたこともなかったやろ。娘がまだ仲良くしてくれてる頃は、娘の友達ともよう一緒に行って、朝まで歌ったこともあったわ。最初に私が歌うのがダンシング・オールナイトやったもんやから、娘も友達も「おかあさん徹夜する気満々やんか」て大受けで。朝方になったら「夜明けの歌」歌ったりしてな。そのころにはめっちゃテンション高いか眠くて誰も聞いてないかどっちかやったけど、私の定番やった。ノブとヒロミは、カラオケではあんまり歌わんかったな。
みよちゃんは、もうそのころおらんかったかな。
ノブとヒロミの曲をデュオで歌ったん、覚えてるか。あれは恥ずかしかったな。忘年会で、なんやえらい大きな宴会場で。あれは難波の近くのでかいところやったな。そこで社員全員集まって。ご丁寧にステージまであって。今じゃ考えられへんみたいやけどな。その頃の話してたら娘がぽかんとしよるんよ。
でもほんま、あのとき、私とみよちゃんで、少ない本社の女子社員でなんかやれって言われて、困り果てたよな。二人ともなんも芸もなかったし、なんか歌うしかないんちゃうか、って、二人で喫茶店で長いこと話し合って。ノブとヒロミの「カーニバル」にしよか、ってなって。家でテレビ見て振り付けと歌を覚えてな。ああ、あのときカセットテープがではじめで、家でテレビの前にカセットテープ置いて、歌番組でカーニバルを歌いだしたら録音して、大変やったよなあ。今はあれやで、スマホで聴けるねんで。みよちゃんそもそもスマホ知らんやろ、携帯も知らんもんなあ。びっくりするで、電話持ち歩けるどころか、コンピューターをポケットに入れて持ち歩いてるんやからな。
あかんわ、すぐ話がそれてまうわ。二人でさあ、公園で、カセットデッキ置いて、テレビから録音した「カーニバル」を再生してさあ、二人で歌ったよな。踊りもあるやん、あの特徴的な、腰を振るやつな。あれもテレビ見て二人で覚えて、当時はビデオデッキはうちら持ってなかったし、当然youtubeもないから、ああみよちゃんはyoutubeも知らんのやけど、もうそこらの説明ははしょるわな、今は便利やで。まあそんなわけで二人でうろ覚えの振り付けを一生懸命覚えてなあ。腰の振るのは左からやったか右からやったかで大喧嘩したよな、夜中に公園で。なにやってんのって感じやったなあ。
衣装も大変でなあ。ノブもヒロミも綺麗な脚でぴったりしたミニスカート履いてたから、私らも買わなあかんって似たようなのをブティックで。二人ともまだ若いし細かったけど、みよちゃんは足首がきゅっと細くてなあ、私の足首はぼたんとしとったから、みよちゃんの脚がうらやましかった。
そう、みよちゃんは、綺麗やったなあ。
それで当日会場で二人で、なんとか歌って踊ってなあ。みよちゃんは二番の歌詞が飛んでもうたけどなんとか私がフォローして、なんか誇らしかったけど、恥ずかしがってるみよちゃんもえらいかわいかったわ。
上司のおっさんら呑んでるからもうやんやの大喝采で、あのあとは二人とも新年からそれなりにちやほやしてもろたよな。
でも、みよちゃん。あそこであの男にみそめられて、みよちゃんも惚れてもうて、何もかも変わってしまった。あの時「お調子者です」ってタスキつけて変な蝶ネクタイして宴会の司会をやってた男、あいつなんて名前やったかな。ほんまにお調子者やった。大阪はついおもろい人がええ人やと思いがちや。私もええ人やとおもってたけどな。
なんの話やったっけ。えっと、今私どこにおんのやろ。え、何? うわびっくりした、店員さんいきなり入ってくるんやね。ドリンク? あ、お茶でええです。ウーロン茶? それしかないんやったら、それで。ああ、はい、大丈夫です。え、私が一人でカラオケしとったらなんか問題あります? 機械? ああ、わかりますわ、ここ押したら画面でるんですやろ、で、ここで選んで送信でええんですやろ? 私案外スマホ使えますねん。はい。どうもありがとう。親切やね。
で、なんの話やったっけ。ああ、ノブとヒロミ。えっと、歌手名の「の」で調べたら、ほら出てくるやろ、一番人気の曲やわ、「カーニバル」。はい、送信。と。
曲がはじまったで、みよちゃん。わー。すごいわ本人の映像や! 白黒で映り悪いけどな。ほら最初の振り付けや。ここで両手をあげてピンと伸ばして左右に振る。ここもあの時喧嘩になったけど、左からやで。
はい、左右左右。それからくるっと回ってマイクを左で持って、右手を前にやってきゅっきゅと回す。あかん、くるっと一周まわるのがおそすぎて曲がはじまってもうた。
あなたとふたりでかーにばーる
ここで右手を上に上げてぐるぐる回す。いたた、肩があがらへんわ。
すてきなよるー 街もおどるー
ふたりのはじまりをーいわってくれるー
かーにばーるーー
腰を振るのは無理やったわ、みよちゃん。あの時はぷりぷりと振れたのになあ。よいしょっと。ちょっと座るわ。あ、店員さん。ウーロン茶ありがとう。一曲歌ったからちょうどよかったわ。大丈夫ですかって何が、めっちゃ元気ですよ。ノブとヒロミは知ってますか? ああ、そっか、名前だけ。ええ歌多かったんよ、また聞いといて。はい、ありがとう。
はあ、なんの話やったっけ。
みよちゃんとあのお調子者がいつはじまってたんか、私は知らんかった。みよちゃんは昭和の歌でしょっちゅう流れてた、愛して愛して愛してしまったのよ、ってタイプの人やったなあ。私はそんなんと性質がちゃうから、わからんかった。
なんで言ってくれへんかったん、ってあとで思ったけど、不倫やったからやんな。みよちゃん知ってるか。みよちゃんがおらんようになってから、世の中では不倫ドラマが流行りまくってたんやで。今でも変わらん。男も女も、誰も変わらん。
でもみんなこうやってあほみたいに歌って踊って生きてるわ。
あんなに、申し訳ないと思うこと、なかったんやで。
あかんと思ったらすぐ別れてさ、違う男と結婚したらよかったんよ。私みたいに普通になんも考えんと結婚して娘産んでさ、旦那はもう死んでもうたけど75歳まで生きて働いてくれたし、最後は糖尿病でしんどそうやったけど一緒に過ごしてくれた。娘も結婚してな、昭和も平成も令和もな、おもろいで。
それにそんなに、歳を取っても悪くないで。体はいうこときかんけど、図太くなってな、なんでも言えるようになったわ。もう50歳も過ぎたころから、なんか女も捨ててな。おっさんかおばはんかわからんようになって。楽になったわ。
今もこうやって最新機器使って、エコー効かせまくって、歌を歌ってる。踊ってる。
そうやわ、ミラーボールあるわ。これどこで電気つけるんかな、あ、部屋がくらなってもうたけど、ミラーボールはここか、お、暗いところでミラーボール、めっちゃ綺麗やわあ。これでもう一回歌ったろ。
ダンスもだいぶ思い出したわ。みよちゃん、みとってや、もういっかいいくで。
かーにばーる
かーにばーる
みんなしあわせ、かーにばーる
腰はやっぱり振れんかったわ。はあ。疲れた。みよちゃん見とってくれたかな。
もうすぐ行くと思うから、またそっちで一緒におどろな。私だけこんなおばあちゃんになってもうて、恥ずかしいけどな。もう腰振ったらぎっくり腰どころか、歩けんようになるわ。
あ、何? 和美? どこにおるんって、カラオケやけど。え? どれだけ探したとおもてるん、て、なんで探してるのん。一人でカラオケ行ったらあかんの? 私まだそんなにぼけてへんわ。うん、ノブとヒロミが死んでしまったから、歌いたくなって。
え、和美なんで泣いてるん? そんなしょーもない理由で失踪せんとって、とか言われても、ぜんぜんしょーもなくないわ。そんなん言うならこっちおいでや、また一緒に歌おうや。美亜も連れておいで。