ー詩と形而上学ーNo.44


止まれ    


波は、確かに線になっていた

消えかけた、道路の止まれに
なぜそうなのかを、質問して
そして、確かに止まっていた

着彩する前の水彩画の描きかけの白い部分が
パースを意識する前に現前した不在の空間が
冬の空の水色を認識する前のブルーの直観が
未完成なまま完成していて、それを鑑賞した

親切な主旋律と交響楽
昨夜は、零下二度まで
冷えてしまったようで
雪の積もったピアノに
視線を交えて、会釈をする

都市の夜景の一部となった人々を思い出して
東部戦線の兵士の残像が、網膜に焼き付いた
さようなら、完全五度の静けさよ

おしゃべりの続きが終わらない街の喫茶店で
上機嫌で饒舌になった、婦人達のシニフィエ
ひとりでいながら、賑やかな気持ちになった

消毒液の香りが馨しい病院の受付のベンチで
誰かにとっての祖母がひとり前の患者となり
診察室のドアをノックして失礼しますと言う
ゴムのような手の皺に歴史と終わりを感じる
すべては過ぎ去っていくものだと、手が語る

路面電車で高校に通っていた頃の記憶でさえ
確かにそこに居た、その痕跡も半分消失して
石畳に跡を残した錆びた線路のカーブだけが
午後四時の、雲間から漏れた光束の蓋然性を
大切そうに懐かしそうにそっと担保していた

ためらうことを喪失したような一筋の光線よ

うつろいさえ、うつろうことを忘れるような
思い出さえ、思い出すことを失念するような
そのような追憶を、どこに、記せばいいのか
分からなくなることで、分かるようになって

そう、波は、確かに線になっていた

消えかけた、道路の止まれに
なぜそうなのかを、問い質して
そして、止まらないことにした

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