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買ってきた靴を 仕舞う前に もう一度 値札を見る 押し入れに Tシャツを 軽くたたんで 片付ける なんでもない 五月は 換気扇を つけたままにして 僕たちは 何度でも 生まれ変わった 気分となって 同じような 営みを 同じように 繰り返す まるで 無かったようだ 最初から 無いのだろう 冷蔵庫のドアは 閉じたままでいた
四等星は藍色の雲間の滲みとなって 三月の記憶は、双眼鏡のレンズに彩りを与える 「もうそろそろ、水をやらないと」 彼は緑色の詩集を観葉植物と呼んでいる 手際よくダイニングテーブルを片付けて ノートに書いたインクが乾くまでの束の間に 昔よく観た映画のアングルを思い出している それは、光と影の、一寸した交錯で 色彩を忘れる前の祖母の写真の背景のようで 褪せた新聞紙の写真の遺失物だった 雨脚は、五月の面影をレインコートに隠して はじいて、つたって、流れ落ちていく
現在地を 忘れてしまった夜に ノースダコタの 緯度を知った 干したままのシーツに 冷えた雨がこぼれたら アボカドが生えて それを前菜にした ステレオを流れる スローなロック ブラウン管の 白いノイズを ゼリーにして スプーンで掬ったら 観葉植物が 枯れてしまった 痺れながら 三十二階の 炭酸水の中 背泳ぎをする 淡いたましいの 二分の一のn乗 束の間の雲間に 垣間見て 夢をみることと 耳をふさぐこと 或いは、その両方を 器用にこなすことが必要で 曖昧さを回
運命論 ブラジルでの蝶の羽ばたきが テキサスで竜巻を起こしたので そっと、今 頁を閉じることで ふたたび 時折、蒼白く 田園から伸びた 一本の糸が 南アフリカの 貝殻の破片に 結ばれ 鞄に忍ばせた 前世紀の詩集 その背表紙から 微かに溶け出した ひと際、甘い 或る、メランコリー 眺めていた空色は、90年代のanthemのそれで 薄荷の薫り 換気扇が、憎らしく ケラケラと、回っている 人の絶望の 褪せた半色の鮮やかさも知らず あまりにも 平坦な季節に 立ち尽く