58:スキーをしながら見下ろしたツェルマットの街
スキー場の匂いが好き。木と水分が合わさった、しっとりと落ち着いた空気に満ちてるから。
スキーで好きなのは、斜面を滑り降りる時に自然と一体になっている気がするから。おごりで構わない。山頂に立った時、カーブを曲がった時に見える街の景色も好き。この街でも、そうした忘れられない景色があった。
スキーの道具は持って行ってなかったから、全部借りた。ウェアも含めて一万円くらいだった気がする。ツェルマットのスキー場は最初にゴンドラに乗って、一気に上がるタイプ。そこにレストランと大中小様々なサイズのリフトがあって、さらに上の好きなコースに登っていった。
上に行けば行くほど人がいなくなって、コースが広い。そして長い。メインの場所は圧雪されてるんだけど、ほとんど誰も滑ってないからほぼ一面波波模様。脇道に逸れると、いきなり子鹿でもでてきそうなワイルドな雰囲気になって谷があったり、橋の上を渡ったり楽しい。
結構上の方に子供も滑れるなだらかで広いコースがあって、そこはリフトも子供用のT字で足がつくタイプだった。でも、下まで降りるには細くて急な場所が多くなっていたらか、途中泣き叫ぶ子供に遭遇した。お父さんは「早くしなさい」って感じで突っ立ってた(笑)
そうそう。急で幅が細い場所が多い。そういう場所は交通量も多くて、日本のスキー場みたいにゲレンデで座り込むなんてできなそうなのが印象的だった。あと皆上。特にスノーボードの人。ハードブーツの人が多くて、嗜好が違うんだろうなと思った。
雪質は半端なく素晴らしく、新潟長野群馬付近のベシャベシャズルズルな雪で育った私には感動そのものだった。と言うより、別物。キュッキュというパウダースノーならではの音が何だかわからず、気持ち悪いと思ったくらい。やがて、これが板が擦れてる音なのだとわかると興奮した。サラサラでスルスル滑っていく。私がしてきたスキーとは別次元だと思った。気持ちいい!
そしてマッターホルン!ふと振り返るとマッターホルンが見えた。おおお!となる。この日は快晴で風もなし。青空に真っ白な雪と無音の雪原があった。この感動は何なんだろう?最高。もっと滑りたい。どんどん上に行きたかったけど、この日は一番上のところは天候不良でクローズしていたのが残念。行けるところまで行ってきた。だから、次は絶対にそこまで行くんだと決めている。
ただし、デメリットとまでは行かないけど問題点もあった。まずは寒さ。スキーは予定外だったから装備がない。冷気で顔が痛くて痛くて、銀行強盗がつける目出し帽が欲しかったし、ピアスはつけたままでいいのか気になった。着てる部分は平気なんだけどね。
それと、後になって標高に気づいた。今調べたらツェルマットの街は標高1600mくらい、スキー場は3500mくらいあるのね。富士山より高い。そういえば、ツェルマットに来る時の電車で隣の席の家族連れは皆でバファリンみたいな錠剤を飲んでいた。私は平気だったけど、高山病対策もしておくべきだな。一番上まで行けるゴンドラが動いていたら何千メートルも一気に上がることになるから。
あと、広大なゲレンデにも気をつけないと。どこを滑ってるのか把握していないと大変なことになりそう。「地図とパスポートは持っていてと言われる」なんてジョーク?もあるくらい。山のてっぺんからはイタリアにも降りられてしまうからね。先に書いたとおり、スキー場なのか違うのかわからない場所が多い。ちょっとワイルドにキメようとしてたら迷子になってた、なんてこともありうる。どこでも携帯がバッチリ入ればいいけどどうだろう。
それに付随して、下にいる間に何かあった時の連絡先を確認しておくべきだったと思った。人がいない場所では本当にいない。そんな所で、例えば動けなくなってしまった時、何時間もただ待つのは酷だもの。
そろそろ帰る時間だと思って、徹底的に下り始めた。林間のコースを滑って滑って、なのに全然下に着かない。バミューダトライアングルに入ったのかと思ったくらい。ちょっと焦った。
最後にやっと木立を抜けたかと思ったら、左前方の奥にツェルマットの街が見えた。
この景色を忘れられない。
滑っている途中は、場所が狭いのと猛スピードで滑る人が危ないのでカメラを出せなかった。覚えているのは両脇に山、谷間に小さい街、手前に小川。だけど、平面の地図を見ても川があったか確信がもてず……、グーグルストリートビューで確認した。現代って最高だ。車が走れないので人が撮った写真をつなぎ合わせたものだったけど、時にスキーヤー、時にハイカーが撮った写真を通して私の記憶が間違っていなかったことを確認できた。
夏もいい。夏もすごい。私が行った時はすべてが雪に覆われていて、途中に小さな建物が点在していることがわからなかった。作業道具を入れておく感じの小屋やハイキングコースの柵とか。グーグルマップすごい。山登りはフジロック以外しないけど、次は夏にも行って緑に浸かる。早く行きたい。
スキーコースの最後の最後。ホテルの本当に近く、斜面ですらなく真っ平らになるまで板を履いて降りられるのがよかった。次はもっとじっくり楽しむ。