SLAP
前回のライブレポでSLAPの話が出たので、ちょっとSLAPというバンドについて書いてみたいと思う。
バンドのきっかけ
SLAPは、6−7年くらい前に高校の部活の先輩後輩で結成したバンドである。
その時ちょうど高校全体のOB会による卒業生の音楽イベントが計画されており、自分は裏方を手伝ってくれと打診されたのだが、どうせ関わるなら出たいという理由で、急遽今でも仲のいいメンツを集めてバンドを作って出ることにした。それがSLAPというわけだ。
自分が声をかけたので、その流れのまま自分がリーダーになっている。
これまで自分はたくさんの演奏活動をしてきているが、バンドリーダーというのは後にも先にもただの一度もやったことはなく、このバンドが自分にとって唯一のリーダーバンドということになる。
部活の先輩後輩というのは吹奏楽部で、当然現役の時はみんななんらかの楽器をやっていたわけだが、今でもやっているとは限らない。というより、吹奏楽部出身者なんて、大人になっても楽器を続けている確率の方がはるかに少ない。
この時集めた8人のメンバーも、まぁ定期的に音楽活動をしている人間もいれば、正直このバンドのリハの時にだけ楽器に触るというメンバーもいるという具合でバラバラだった。
それに、何しろ吹奏楽部だから、普段聴いたり演奏したりしている音楽のジャンルだってクラシックからジャズからJPOPから全然違う。
普通バンド組むというと、まぁ人間性とかそういうところはあるにせよ、基本「そのやりたい音楽のお約束がわかっていて、実現できるくらい楽器ができる人」というのが条件になるのではないだろうか。
会社の草野球じゃないんだから、なかなか、これほどまでにイレギュラーな条件でバンドを作るということもないんじゃないかと思う。
バンドコンセプトを考える
さぁ、メンバー集めたはいいものの、何やろうか。メンバーは、ドラム・チューバ・ピアノ・トランペット・トロンボーン・アルトサックス・テナーサックスと自分のバリトンサックスだ。
ベースはいないがチューバがいるので、変則だがドラム・ピアノとリズムセクションは揃っている。あとは管楽器だ。なんか吹奏楽の曲とかだろうか。いやダメだ、ダサいに決まっている。
と、TVでスカパラと津軽三味線の志村けんがコラボしているCMの映像が流れていた。
いや、コレかっこいいな。
これじゃない?これいいんじゃない?
そういえば、一つの下の後輩の子が三味線も弾く邦楽家になったといっていた気がする。邦楽の先生なんて、こんなしょうもないバンドの企画にのってくれるんだろうか。まぁ一回連絡とってみよう!
その連絡をとった相手というのが、今や寄席でステージで引っ張りだこの音曲師、桂小すみだった。当時はまだ寄席の裏方で三味線を弾いていたが、小すみは二つ返事で一緒に演奏することを快諾してくれた。
正直いうと、この瞬間にこのプロジェクトはもう完全に勝利したということができる。
なにしろ、数年後に裏方から音曲師に転向した小すみは、高座という舞台を得たことで一気にその才能を羽ばたかせ、ついには音曲師としては史上初の花形演芸大賞まで取ってしまうことになるのだ。そんなスターがいるんだから、面白くならないわけはない。寄せ集めバンドに同級生としてそんなゴッドタレントが加わるなんて、まるで映画のストーリーのようじゃないか。
というわけで、勝利を約束された我々は初ステージに向けて選曲やら譜面作成を行うことになった。
当日のイベントはいろいろな団体が出演し、我々の持ち時間は15分程度と短いので、ぎゅっと構成を絞って一撃でやっつけなければならない。イメージとしては、ブルースブラザーズのEverybody Needs Somebody〜Sweet Home Chicagoの例のあのシーンである。
ステージ構成と選曲
ステージ構成を考える。
最初は、まず桂小すみのソロで、音曲師として普段演奏している邦楽を一節やってもらって、しんとした世界観を作る。その日の他の団体には邦楽なんて出てこないから、この時点で予想の裏切りと会場の期待感が高まるはずだ。
そして次はもともとイメージしていたスカパラ×三味線で行こう。CMでもやっていた、Paradise Has No Borderだ。三味線からのスカパラの爆発力、凛から激、これでステージイメージを転換させて緩急のインパクトをつけよう。
桂小すみの特異な能力として、三味線だけではなく「ミュージカルの歌もいける」ということがある。なにしろ、邦楽家になる前はウイーンにミュージカル留学していたのだ。そんなチートスキルを活用しない手はない。
だから次の曲はミュージカルだ。曲はサウンド・オブ・ミュージックのMy Favorite Thingがいい。なぜなら、三味線でこの曲の旋律を弾くととても合いそうだから。
最初は三味線で旋律を弾く。三味線でこのエキゾチックなメロディは、「そうだ、京都行こう」を誰でも思い出すだろう。映像だって浮かんでいるに違いない。さっきのスカパラからのまた急展開だ。
そして、やおら小すみが歌い出す。これは圧倒的な驚きだろう。さっきまで三味線を弾いていた女性が、今度はミュージカルを歌うのだ。
最後は、全員が目立つようなジャズで賑やかに、まるで祭りのように大団円で終わりたい。それこそジャズ大名、もしくはマツケンサンバだ。
曲はジャズとしてはみんな知っているであろうMoanin’。昔の夏のジャズフェス、マウントフジジャズフェスティバルで、アート・ブレイキーの演奏に会場中が熱狂していたあの映像のイメージである。
My Favorite ThingsからのMoanin'、この並びといえばもちろん名作「坂道のアポロン」の有名な文化祭のシーンだ。アレンジは基本この演奏をベースにしよう。
こんな感じで、セットリストは決定した。
譜面を作る
さて、とはいえ、こんな変則メンバー編成のこんな曲構成の譜面なんかないので、作らなければならない。ということで、全部の譜面を曲のアレンジも含めていちから書くことになった。
自分が譜面を書く時に気をつけているのは、まず「メンバーが簡単に演奏できる」譜面を作るということである。
つまり、冒頭に言ったように、決してその分野のセミプロアマチュアみたいな人が集まっているわけではなく、メンバーの楽器の技術や音楽のジャンルがまちまちなので、楽器で表現できる範囲というのはそもそも限られているわけだ。
そこを、本物そっくりにやりたいとかこだわりが云々みたいなこと言ったってしょうがないじゃないか。
だから、単純にいうと、練習しないと吹けないような難しいフレーズは作らないし、高い音も必要以上に要求しない。
ハーモニーも、複雑な和音は一切使わない。本当に、ユニゾンか、3度か何かみたいな、音のとりやすい和音にする。
それでいいのかという話だが、断言するが、その方がいい演奏ができる。
単純に、譜面が簡単ということは、明らかに譜面にとらわれず演奏に集中することができるということだからだ。
それに、我々はそんな学生みたいに毎日楽器を練習したりするわけじゃないのだ。今できないことが本番までにできるようになるなんて、それは相当難しいことであるということを自覚しなければならない。
逆にいうが、世の中にあるビッグバンドや吹奏楽の譜面って、難しすぎると思う。あれは現役で演奏するプロのため、もしくは部活動に邁進して楽器をもとに成長していきたい人のためにあるのであって、大の大人が片手間でやるにはハードルの高いものではないだろうか。だから、できる人だけが威張ってしまうアマチュアのイヤな構図になってしまうのだ。
譜面を作る時にもうひとつ気をつけているのは、「一曲が長すぎない」ということ。
つまり、演奏だけで間を持たせられる時間は演奏側が思っているより短いから、必要以上に長くしないで、飽きられる前にすぐに次の曲にいけるようにしようということである。
特に今回のこのイベントの場合は、お客さんが普通のライブやコンサートとはやや違っている。
例えば、ロックフェスやクラシックのコンサートならお客さんも音楽の好みだって作法だってよくわかっているが、このイベントは同窓生というくくりだけで年齢も音楽の好みもひとつじゃないのだ。なんなら、ふだん音楽なんか聞かない、という人だって多かったに違いない。
その場合、長時間の音楽は正直苦痛なのだ。自分の感覚では、知らない人の知らない音楽を聞けるのは3分くらいがちょうどいいところだと思う。テレビの歌番組よりちょっと長めくらいだ。それくらいなら、飽きずに集中力を持って聴いてもらうことができる。
特に我々のように非実力派のバンドは、細切れに意識を切られて聴いてもらうより、ステージの世界観に没入してもらった方が、持っている実力以上に「面白かったな」という印象を持ってもらえると思う。
あと単純に、このメンバーの場合。曲が長くなると演奏している方も若干集中が切れてくるので、極端に完成度が落ちてしまうからというこっち側の事情もある。
ステージ映えのための工夫
メンバーがプロでもないし、普段演奏しているわけでもない。
そのハンデを
①飛び道具として邦楽家を入れた
②飽きないようなステージ構成(曲)を考えた
③譜面を短く簡単にした
という数々の工夫でなんとか見せられるようにしてきたが、でもまだ足りない気がする。当日は同じ舞台でクラシックのプロの演奏家なども演奏するのである。技術で比べられてしまうとやはり厳しい。
ということは、それ以外の部分、見た目だ。
自分たちは、まだ一度も演奏していないというのにそこそこ個々人のおこづかい的な予算を使い、スカパラ的な水色のジャケットを用意した。そして、バンドのロゴも作り、バンドロゴの水色の譜面隠しも全部デザインして作った。
これでステージの視覚的な統一感ができ、圧倒的にインパクトが強くなった。冴えない私服でおじさんたちが出てくるステージと比べたら、全然違うと思う。視覚情報は大事だ。その情報は演奏の質というか、お客さんの耳に届く演奏を何倍にも底上げしてくれるのだ。
バンドの空気感を作る
あとは、バンドの雰囲気というかモチベーション作りである。持っている技術的な基盤がそんなにないわけだから、メンバーが本番まで楽しくリラックスできた方が少しでも実力が出せるに決まっている。
たとえば、自分はリハなどでいわゆるコンマス的な役割もするわけだが、ひとつ心がけていることはあって、それはもうとにかく、リハから当日に至るまでメンバーの演奏を一切何も否定しないということである。全員に、さすがだねぇとしか言っていない。
これもさっきの話じゃないが、何かうまく演奏できなかったとして、ちゃんと練習しろよ!というような態度をとったところで、本番までにできるようになる確率なんか皆無なのである。ていうか、否定しようが肯定しようが別に変わらないのだ。それならとにかく本番まで気分よく演奏してもらいたい。
だいいちそれなら譜面書きかえればいい話である。できないような譜面にプレイヤーを合わせるのではなく、プレイヤーが実力を発揮できるように譜面を変える方が、成功する確率は断然高いんじゃないかと思う。
それに単純に、バンド活動そのものをメンバーには楽しく感じてもらいたかった。だってこれは遊びなのである。遊びだから手を抜かないで一生懸命やるし、その分とにかく楽しかったという報酬がないと、意味がない。
メンバーも普段は仕事をしていたりして忙しく、貴重な休日にせっかく集まってくれているのに、そこでイヤな思いをして過ごされたのでは身もふたも無い。自分はメンバー個人個人の大事な時間をお預かりしているわけだ。メンバーみんなが、その時間をバンドにあてて良かったなと思えるように体験として還元するのがリーダーの役目なんじゃ無いかと思う。
本番での演奏
これまで説明してきたような、数々の準備をして我々は本番の日を迎えた。
演奏は、これ以上ないほどの大成功に終わった。
事前にいろいろ考えていたステージ・曲の構成も、まるでパズルのピースが噛み合うように、完成図通りに作り上げることができた。お客さんも、ほぼこちらの意図と狙い通りにステージを受け取ってくれた。本当に、これほど全てが全て思った通りに進んだことって、自分のバンド人生の中でもないんじゃないかと思う。
特に印象に残っているのはなんと言ってもそれまで三味線の演奏で客席を圧倒していた桂小すみが、急に三味線を置いてやおら立ち上がってMy Favorite Thingsを歌い始めた瞬間、客席のお客さんがポカンと口を開けながら「何が起こっているのかわからない。。」という表情を見せ、自然に拍手をしたその瞬間である。本当に、そう言う表情をお客さんがするんじゃないかと思ってこの構成にした、まさにその通りの光景が広がったと言う経験は、他にあまり体験がないことだったかもしれない。
自分にとってのSLAP
SLAPはその時の大好評を受けて、なんとはなしに定期的に活動するようになった。その間、小すみが音曲師になって末廣亭で寄席デビューするのをみんなで見に行ったり、単独ライブをやったり、活動がYahoo!ニュースに取り上げられたりといろいろあった。
なんだかんだ多くの場所で演奏したと思う。コロナの時にしばらく活動を休止していたが、最近も久しぶりにライブを行って復活した。
しかし、その間の全てのステージにおいて、
①飛び道具
②ステージ構成
③簡単で短い譜面
④単に楽しく
という初回のコンセプトは共通していて、今でも全く変わっていない。実際、前回9/9のライブレポでも、今回と全く同じようなことを書いていると思う。
このSLAPの素晴らしいところは、自分の考えが目に見えて結果となって、自信をつけさせてくれるところだ。
つまり、どのステージも必ず、完全に自分が期待した以上のパフォーマンスをメンバーがしてくれる。お客さんの反応だって大好評である。
つまり、毎回、やっぱり自分の考えていたことは一理あったんだなと思うことができる。これは嬉しい。仕事でもなんでも、やっているプロジェクトの結果が、ここまではっきり結果として見えることは意外と多くないので、貴重だと思っている。
これまでの数々の工夫を見るとわかるように、ある意味、自分はバンドメンバーに最初から過度な期待を一切していない。だから、思っている範囲の中でのパフォーマンスをメンバーが確実にしてくれるし、かなり高い頻度でその期待を超える成果を出してくれる。
これが、楽器がうまいとされているスタープレイヤーを集めたバンドだとどうだろうか。最初から期待しちゃうんじゃないだろうか。期待値以上の成果を期待して、そして、期待通りでないとがっかりするのではないだろうか。
やっぱり根源的だけれど、ステージで音楽を演奏してお客さんに喜んでもらうというのは、必ずしも歌や楽器の技術がうまいことだけではないよな、とこのバンドをやるといつも思う。メンバーに感謝である。
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