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バスの中で涙が止まらない

2022年3月15日

今、私はバスの中で涙が止まらなくなっている。こんなに、心が苦しい気持ちになるなんて思っていなかった。

東京で、一人暮らしてをしていて、心が疲れてしまった。漠然と、この狭い六畳一間にいることが嫌になった。とにかくここじゃないどこかへ、どこか遠くへ行きたくなった。逃げたくなった。

とにかく深いことは考えずにここではないどこかへ、今すぐ行かなくては、私は終わってしまう、と思った。どこに行こう、と考えた時に思い浮かんだのは地元だった。実家もあるし、東京から近いからすぐに行ける。とにかく早く東京を出なければ、という、そんな気持ちだった。

そして今、3日間の帰省を終え、東京に戻るためのバスに乗っている。

お母さんと弟がバス停まで見送りに来てくれた。バスが、出発する。私はなぜか涙が止まらなくなった。拭いても拭いても涙が出てくる。心の堰が外れたように。

まだ間に合う。途中のバス停で降りて、やっぱり実家に戻ろうと何度も思った。しかし私はこれからも東京という地で生きていかなければいけないのだ。ここで逃げてもなんにもならない。

涙はずっと止まらないままだ。
生憎ティッシュを持ち合わせていなかったため、ハンカチは涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。

なぜこんなにも苦しい気持ちで涙が溢れてくるのか。

1番は家族の温かさだと思う。予定があるため3日間しか実家にいることが出来なかった。本当はもう少しいたかった。もっと話をしたかった。家族とはこんなにも温かいものなのかと21年間生きてきて初めて心の底から実感できた瞬間だったかもしれない。

2番は東京へじりじりと向かっていくこのバスが、地獄へ向かう船のように思えたからかもしれない。また、東京での一人暮らしが始まる。逃げるようにして出てきたあの六畳一間へまた帰らなければいけない。



私は地元が嫌いだった。
嫌い、というと言い過ぎかもしれないが、少なくとも好きではなかった。
はやく地元から出たくて出たくて仕方がなかった。

地元の空間の狭さ、学校の人間や家族の持つ狭い価値観がすごく嫌だった。
そしてその価値観を押し付けられているようで、こんなとこらからは早く出たいと思っていた。

だから大学は絶対に東京がよかった。
地元から出たいだけなら東京でなくてもいいが、とにかく色んな価値観に触れたかった。それなら、色んな人がいて色んな価値観があるだろう「東京」がどうしてもよかったのだ。

現役での受験は納得がいく結果に終われなかったため、私は1年間地元の予備校で浪人した。予備校の近くには線路があって、東京行きの電車が毎日走っている。その電車を見ては、あれに乗りたい、あれに乗って遠くに遠くに、この場所じゃないところに、「東京」に早く行きたい、といつも思っていた。

そして私は晴れて第1志望の大学に合格出来た。最初は東京での一人暮らしが新鮮で、それこそ引っ越して1日目はホームシック?で泣いたがそれからは自由な生活が始まることが楽しみで仕方がなかった。

そして一人暮らしを始めて約2年が経つ。

私の憧れた「東京」はどこにもなかった。


いや、そんなことは最初から分かりきっていたはずだ。しかし私はどうしても「東京」という地に、期待と憧れを抱いてしまっていたのだ。「東京」に行けば、楽しくてキラキラした毎日が送れると、そう思っていたのだと思う。このクソみたいな地元から抜け出せさえすれば、私の毎日は輝くと。

しかし、そこにあったのは何も変わらない「自分」という存在だけ。価値観が凝り固まった自分だけだった。



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