見出し画像

#3. 心揺らすもの(『あやしい彼女』)

画像1

「あの頃はほんとうに良かったなぁ」

と、わたしの父親世代の人たちは時々お酒片手にぼやく時がある。1960年代後半から1980年代にかけて、日本の音楽シーンで一台ムーブメントを興したフォークソング。どこか胸を締め付けられるような、かつ懐かしくなるような気持ち。わたしは彼らがそう呟くのもなんとなく理解できる気がするのだ。

わたしがまだ幼い頃から、父親の車の中ではいつもチューリップが流れていた。その影響からか、わたしも自然と物心ついてからもその時代に流行ったほかのフォークソングを聴くようになった。彼らの曲は、不思議と心を揺さぶられる。特に何かどうにも言いようのないモヤモヤが募ったときに、なんとなくその音楽に感情移入をさせられるのだ。

悲しくてやりきれない

そして久しぶりに、ザ・フォーク・クルセイダーズの唄う「悲しくてやりきれない」という歌を聞いて何故だか不意に涙が溢れた。つくづく良い歌だと思った。なかなか人には理解してもらえないのかもしれないが、言葉に表すことのできない心地よさがそこにはあった。

今回鑑賞した多部未華子主演の『あやしい彼女』の中でも、彼女演じる大鳥節子も「悲しくてやりきれない」という歌を歌っている。賛否両論あるかと思うが、何だか思わず聞き入った。どこかわびしさというか切なさみたいなものを含んでいた。特に、彼女が涙しながら唄うシーンがとても印象的だった。

ちょうどフォークソングが流行った時期というのは、日本が高度経済成長期を迎え、日本国内全体が盛り上がっているときだったのだと思う。その頃、わたしはまだこの世に生まれていない。だが、映画や小説、祖父母の話をもとになんとなく擬似体験をした気になっている。戦後、満足に食べるもののないわたしの祖父母世代の人たちは少しでも自分たちの生活を良くするために必死になって働いていた、そうだ。

歌から伝わってくる一つ一つの言葉の重さ。わたしにも当然ながら青春時代の歌の一つや二つはあるが、フォークソングに出てくるような言葉の重みは、あまりないような気がする。たぶん、歌を聞いても涙を流す、なんてところまではいかないと思う。

あらすじ

話を『あやしい彼女』に戻そう。この映画のストーリーはこうだ。

女手ひとつで娘を育てあげ、自分の望む人生を送ることができなかった73歳の瀬山カツ。ある日、娘とケンカして家を飛び出す。吸い寄せられるように1軒の写真館にたどり着いたカツは、そこで写真を撮り、店を出ると20歳の姿に戻っていた。かつての美しい姿を取り戻したカツは、髪型や洋服、さらに名前も節子と変え、新しい人生を楽しみはじめる。やがて商店街ののど自慢大会に出場し、昭和歌謡を熱唱して会場中を魅了した彼女に、夢見ていた歌手になるチャンスが舞い込む。

ちなみにこの作品では、先日誤嚥性肺炎のために亡くなられた志賀廣太郎も出演されていた。実に味があって、良い役柄だったと思う。『三匹のおっさん』というドラマが好きで、思い入れのある俳優さんの1人だっただけになんだか辛い。

全体的に、多部未華子さんの演技が光っていたように思う。70歳の元気はつらつ、そして毒舌のおばちゃんを演じているのだが、多少演技がかっているように思える部分はあれどもそれほど違和感はなかった。コミカルで可愛い動きも好き。

オリジナル版について

『あやしい彼女』は、元を辿ると2014年に韓国にて製作された『怪しい彼女』のリメイク版である。ストーリー自体も、かなり類似している。

大きく異なる点としては、主人公の家族構成が日本版だとおばあちゃんと娘、男孫1人だったのが、韓国版だとおばあちゃんと息子、息子の嫁、孫2人という構成となっている。後は、最初ストーカーっぽい動きをしていた音楽プロデューサーを撃退するのに使ったのは日本だとフライ返し、韓国だと生魚。お国柄が見えて面白い。

主人公の役柄設定としても、どちらかというと韓国だとめちゃくちゃ気が強くてどちらかというと疎まれる存在だったのだが、日本版だと倍賞美津子さん演じる可愛らしいおばあちゃんはそれほど周囲から憎まれ役、という感じでもなかったような気がする。

観終わってみて、結果高度経済成長期の日本の曲は素晴らしい、ということを再確認した。改めて他にも同年代の様々な歌を聞いてみたくなった映画だった。

この記事が参加している募集

末筆ながら、応援いただけますと嬉しいです。いただいたご支援に関しましては、新たな本や映画を見たり次の旅の準備に備えるために使いたいと思います。