見出し画像

【2分小説】長い行列

遊園地でのデートの日、僕は彼女を誘い、園内で一番長い行列に加わった。こういった場面では行列は絶好の舞台装置になる。待ち時間の間に気軽な会話を重ねれば、互いの距離は自然と縮まり、人気のアトラクションを選べば、僕の「センスの良さ」を印象づけられる。僕は何度もこの方法でデートを成功させてきたし、今回もうまくいくだろう。

彼女は控えめでどこかぎこちない雰囲気だった。けれどその緊張がまた初々しく好ましかった。僕は彼女の手を引きながら、リード役に徹した。軽妙な言葉を操り、時折さりげなく笑いを誘うと、彼女の表情も少しずつ柔らかくなっていく。その変化を感じ取るたびに、自分の手腕に満足感を覚えた。こうした瞬間が、僕にとっての恋愛の醍醐味だった。

もっとも、僕にとって恋愛とは、軽やかに始まり、鮮やかに終わるものに過ぎない。これまで何人もの女性と時間を共にし、愛を囁き、そして別れてきたが、名前や顔が鮮明に残る相手はほとんどいない。僕は恋を深く追い求めることなく、愛とは一瞬の戯れだと割り切っていた。感情に縛られることを潔しとせず、軽薄さをむしろ誇りとして生きてきた。

列が進み、僕たちは高い壁に囲まれた狭い通路に足を踏み入れた。壁には奇妙な模様が描かれていて、それらは何かの古い文字のようだが、読める言語ではなかった。薄暗がりの中、通路の幅は次第に狭まり、彼女が肩を震わせるのに気づく。僕は慣れた仕草で上着を脱ぎ、彼女の肩に掛けた。彼女が小さく礼を言い、微笑む。その笑顔はどこか儚げで、これまで見たどの笑顔よりも美しく感じられた。ここまで計画通りだと僕は満足し、小さな勝利感に浸った。

だが、通路がさらに狭くなり、ぎゅうぎゅうと押し合う列の中で、彼女の手が不自然なほど冷たくなっていることに気づいた。僕は違和感を覚え、彼女の顔を覗き込んだ。そして次の瞬間、目に飛び込んできたものに息を呑む。

彼女の顔は変わり果てていた。肌は蝋のように白く、目は底なしの暗黒をたたえ、血の気も生気も失われたその顔は、能面のように無機質で冷たい。僕は何か得体の知れないものを目にしたと理解し、背筋が凍りついた。


「どうしたの?」
彼女が優しく尋ねる声は変わらない。しかし、その声と能面じみた顔の不協和音が、不気味な違和感を湛えている。僕は何か答えようとしたが、喉が焼けつき、声を出すことも、視線を逸らすこともできなかった。

彼女の瞳の中で、奇妙なものが揺らめいていた。無数の女性の顔が浮かんでは消えていく。それらは、僕がこれまでの人生で軽々しく愛し、そして捨ててきた女性たちの顔だった。彼女たちが口々に何かを呟いているが、その声は僕の耳には届かない。ただ、彼女たちの表情だけが、怒りと哀しみ、そして怨念を訴えているのを理解できた。


「たくさんの女の子をこうやって楽しませてきたんでしょう?」
彼女が低く囁いた。その声は甘美でありながらも、鋭利な刃のように僕の胸を抉った。僕は恐怖に駆られ、思わず手を振り払おうとしたが、彼女の手は異様な力で僕の手を絡め取り、逃れられなかった。

「さあ、行きましょう」
彼女が微笑む。その笑顔は能面が歪んだように見え、どこか狂気の色を帯びていた。僕は彼女に引きずられるようにして足を進めるしかなかった。通路はさらに狭く暗く、湿った空気が息苦しさを増していく。振り返ろうとしたが、背後には行列が迫り、逃げ場はどこにもなかった。

彼女の瞳に揺れる顔たちが増えていく。そのすべてが僕を責め、糾弾するかのように見えた。逃れられない。これは罰なのだと悟った。僕は喉が焼けるように乾き、声を絞り出そうとしたが、何も発せられなかった。彼女の手の冷たさが、まるで永遠に続く罰を予感させるように僕の皮膚を焼きつけていた。

暗闇の中、通路の先にはぽっかりと開いた深淵が見えた。その淵へ向かうほど、彼女の顔は歪み、狂気が一層色濃くなる。僕は足を止めたいのに動かされ、引き込まれるように進むしかなかった。冷たい手の感触とともに、僕は永遠に終わらない恐怖の中へと引きずり込まれていった。

いいなと思ったら応援しよう!