見出し画像

【1分小説】ロケットごっこ



幼い頃、父と『ロケットごっこ』をするのが好きだった。

押し入れに布団を詰め込み、狭い空間を宇宙船のコックピットに見立てる。ぼくが船長、父が副船長だ。

「目的地はどこにする?」

父は優しく尋ねる。ぼくは目を閉じ、頭の中でまだ見ぬ星の名前をでたらめに作る。

「えーっと、オメガセブン!」

「オメガセブン、了解。では発射準備」

「カウントダウン開始! 5…4…3…2…1…発射!」

押し入れの扉がゆっくりと閉まる。

その瞬間、ぼくらの宇宙船は静かに宙へと浮かび上がった。

父が口で「ゴゴゴゴゴ……」と低いエンジン音を出し、ぼくは揺れる機体を操るふりをする。押し入れの隙間から差し込む光が、まるで星の瞬きのように見えた。

「船長、エンジン異常なし。順調に航行中」

「よし、このままオメガセブンへ進め!」

「了解!」

宇宙の旅はいつもわくわくした。未知の惑星で奇妙な生き物と出会い、時にはトラブルに巻き込まれ、二人で知恵を絞って危機を乗り越える。押し入れの中は暗く狭いけれど、どこまでも広がる宇宙があった。

そんな遊びを、ぼくは飽きることなく何度も繰り返した。




やがて、ぼくは成長した。
 


押し入れの宇宙船は不要になり、ロケットごっこをすることもなくなった。

高校、大学、就職。忙しくなるにつれ、実家へ帰る機会も減っていった。父は病に倒れ、そして静かに旅立った。最期に「また一緒に旅がしたいな」と言った父の言葉に、ぼくは何も答えられなかった。

仕事に追われる日々の中で、あの遊びのことを思い出すこともなくなっていた。



久しぶりに実家へ帰った。



埃の積もった部屋に、まだ父の気配が微かに残っている気がした。懐かしさと寂しさが入り混じった気持ちで、ふと押し入れを開けた。

そこには、昔のままの布団が詰め込まれていた。

思わず座り込むと、布団に沈む感触に、幼い頃の記憶が蘇る。

何となく、扉を閉めてみた。

途端に、静寂が訪れる。

暗闇の中、ぼくは目を閉じる。

——ゆっくりと、体が浮かび上がる感覚がした。

窓の外に見たことのない星々が広がり、遠くの銀河が瞬いている。胸の奥がじんと熱くなる。

その時、不意に声がした。

「船長、次の目的地は?」

——懐かしい声だった。

胸が詰まりそうになりながら、ぼくはしばらく考える。そして、ゆっくりと答えた。

「どこまでも、行けるところまで」

押し入れの中、宇宙船は静かに発射した。

いいなと思ったら応援しよう!