【定期連絡】リレー小説_3

おなじみになりつつあるリレー小説第3弾。
今回は計1か月半という長い時間をかけた作品となりました。
さて今回もゆるりと行きましょう。

【前提】
・テーマ「七夕」
・一人当たり持ち時間は一週間
・文字数無制限

【順番】
①団長(@elvsion8)
②アディ(@now59370741)
③あまゆき(@amayukinen)
④日和(@autumnhiyori)
⑤ちょこれもん(@choco_create)
⑥sak(@sak_daidoro)

七夕。
それは父の怒りを買った織姫とその想い人である牛飼いが、一年に一度川を渡り逢瀬を喜ぶとされる日。
あぁ、なんてロマンチックな日なんだろうか…。
しかし最近になって問題になっていることがある。暦がずれたせいで再会の日に大概雨が降り、川が増水することが恒例行事のようになってしまったのだ。
私としてはたまったものではない。
なぜなら。
「…また今年も牛飼い様に会えないじゃないのッ!!!」
そういうわけなのである。
「ほんとなんなのよ、これで何回目だと思ってるの?!いいかげんそこらにある星の欠片でも何でも集めて橋作りたいくらいには頭に来てるんですけど!!ちょームカつく!!!」
わたしはニンゲンで言うところの『ギャル』のようなテンションで叫んだ。暦がずれたときにも同じような状態だった。
だけど、最近は気象もずれ始めたせいで余計に逢える確率がさがった。ついでに私のテンションも下がった。
「父様も父様よ!少しくらい時代に合わせて柔軟な対応をしてくれてもいいじゃない!!ニンゲンには言わなきゃぜったいバレないのに…」
くそぅ、頭の固い『ガンコ親父』め…と独り言ちるが、仕事が減るでもなく、まして彼に会える訳もなく。
更に最悪なことに明日に迫った7月7日は曇りか雨の所が大半らしい。
「チクショウメー!!」とどこぞの総統の絶叫並みの声をあげてしまった私は悪くないはずだ。断じて。
今年も例年にもれず見事に雨続きとなり自室に鬱々となりながら自室で叫んだのはかれこれ来る七夕の数日前。
そんなこんなで日が流れ案の定七夕の日も雨となり数日が立ち始めていた。
雨続きで気分も滅入りしかし現実は自分の事などお構いなしに仕事が増えるわ休みは減るわ、推しの追っかけができないイベント中止の嵐はやまず家に引きこもる日数が増えるのみ。
織姫のストレスによる我慢は天の川氾濫規模まで膨れ上がっていた。
「もー我慢の限界!!毎日毎日毎日毎日同じことの繰り返し!!刺激が足りん!!」
長年愛用してきた作業机を自身の持ちうる全力の力で台パンし始めた織姫
昔から蝶よ花よと愛でてきた愛娘のこんな姿見たら多分父である天帝は卒倒するであろう荒ぶり方である。世界の父達よ、気をしっかり持って生きてくれ。
とそこに、か細い少女のような声が聞こえました。
「織姫様、織姫様。私めでございます」
声の聞こえた窓の方に行き開けるとそこには仲良くしている白龍がいました。
「あら、久しぶりじゃないこの時期にあなたがここに来るなんて珍しいわね?今頃は確か牛飼い様のいらっしゃるあちらの方にいるんじゃなかったっけ?」
「お久しゅうございます織姫様。実は折り入って姫様にお頼み事がしたく
ここに馳せ参じました次第でございます」
「私に頼み事…?」
白龍の頼み事はこうだった。
曰く、例年の豪雨による天の川の増水、暦のずれによる祭事の変更等の管理が間に合わず人手不足に陥っていると。そこで織姫の父、天帝が織姫と彦星に祭事の雑用を頼んできたという事だった。
これには織姫もテンションが上がった。もうそれはそれはココ〇、オドって
ゲッ〇ンしそうになった。
「それって要は牛飼い様と久しぶりにお会いできるし一緒に共同作業できるってことじゃん!?やっっっっっば!!!!!テンションぶち上るんですけど!?!?!?!?」
「お、落ち着いてください姫様…!まだ詳細な内容を話しておらず…」
「そんなの聞いてらんないっての!!久しぶりの牛飼い様!共同作業!!
今行かずにいつ行くってのよ!!」
「えぇ…そんな安直な…」
織姫のハイテンションに振り回されながら、何だかんだで牛飼い様のいる所に二人は向かいました。
嬉々として彦星がいるであろう天帝の間へ向かった二人であったが、そこに彦星の姿はなかった。
「間違えましたー、失礼しましたー」
「待て待て」
即立ち去ろうとした織姫を慌てて引き止めた天帝は、こほんと一つ咳払いをし、織姫の不満そうな様子を無視して説明を始めた。
「お前に頼みたいのは、“星降らし”だ」
「は?」
予想外の頼み事に、織姫は目を丸くして固まった。
“星降らし”というのは、その名の通り星を降らせること。流れ星同士の衝突を防ぐため、星々を“星引き”の力を用いて誘導する仕事だ。勿論、天帝の娘である織姫にも“星引き”の力はあるが、降らせる機会はあまりない。何故なら。
「力仕事じゃん!!!」
そう、星を牽引するのはかなりの重労働。そのため星降らし職人たちは皆、屈強なゴリマッチョである。
「ゴリ…星降らし職人は今、増水による河川対応に追われている。彼らを除くと、星を引けるのはお前ぐらいだ。人手不足だと、白龍から聞いているだろう」
「だ、だからってこんなか弱き乙女を…!」
「お前、いつも自慢げに言っていたではないか。“女子力には自信がある”と」
「女子力ってパワーじゃねーんだわ」
げんなりとツッコんだ織姫は、恐る恐る尋ねる。
「ちなみに牛飼い様は…」
「彼に“星引き”の力はないからな。別のところでの作業を頼んでいる」
織姫はそれを聞くなり、白龍を涙目で睨んだ。
「騙したわね…!!」
「そんな…!最後まで聞かなかったのは織姫様なのに…」
雨続きのここ数年。彦星に最後に会ったのはいつだったか。仕事の増加。なけなしの休日。気晴らしのイベントすら中止となる昨今。例え仕事であったとしても、彦星に一目会えればそれで良かったのだ。それなのに、会えないどころか力仕事を任される始末。織姫の不満はここに来て、頂点へと至った。
「そもそも雨なのに星降らしとか無意味じゃん!!誰も流れ星見れないのに!!もー毎日毎日、仕事仕事仕事!!意味のない仕事はうんざりよ!!!」
織姫の魂の叫びを聞いた天帝は、きょとんと瞬いた。
「何を言っている。仕事は元々意味などないものだろう」
「はあ!?!?じゃあなんで牛飼い様と私は引き離されてる訳!?!?いい加減にしなさいよこのクソジジイ…!!!」
正しく怒髪天を衝く。絶賛マジギレ中の織姫に、されど天帝は動じず淡々と言葉を紡いだ。
「仕事自体に意味はない。それに意味を持たせるのは、従事する者の意識だ」
「…!」
織姫は瞬時に何かを言い返そうと口を開くも、言葉が出てこない。ぐ、と悔しそうに唇を噛む織姫に、天帝は続けた。
「確かに雨では、星は見えない。だが、見えないだけで雲の上には存在している。流れ星も同じだ」
淡々とした言葉は、雨のように織姫に降り注ぐ。
「誰にも見えないところで星を降らすことは無意味に思えるかもしれないが、存在している限り、その仕事には理由がある。お前にとっての仕事とは何だ?ただ時間を浪費する無意味なものか?お前は一体何のために働く?誰のために?」
立て続けに問いかけられ、織姫は一歩後ずさった。少し、思い当たる節があったからだ。
勿論、仕事には真摯に向き合ってきた。己の行いを反省し、気持ちを新たに、彦星に正々堂々会うために。けれど、長い月日の中、彦星に会えない日が積み重なる中で、何を思い、何のために手を動かしていたか。いつからか、考えることを止め、惰性になってはいなかったか。
誰が為に機を織るのか。
それこそ、最初に指摘されたことではなかったか。
「今一度思い返し、その上で、“意味のある仕事”をしなさい」
そう締め括ると、天帝は奥の執務室へと踵を返した。仕事モードに入ったらしい。そもそもこの件に関しては分が悪く、言い返す気もなかった織姫は特に引き留めず、代わりに深い溜息を吐いた。
「メイク、頑張ったんだけどな…」
彦星に会えると思い、ここに来る前に直したメイク。これは無意味になってしまったけれど。
「織姫様…」
心配そうな白龍を軽く撫で、織姫は自身の頬を両手でパチンと叩いた。
「うっしゃ!いっちょあのクソジジイをギャフンと言わせてきますか!!」
一方その頃、遥か遠く地上界でも、天界とさしてかわらない光景が広がっていた。
「最近雨続きで嫌になるなぁ・・・」
「天候が悪い上に伝染病も広がるし、気晴らしに出かけることもできないなんて・・・」
「異常事態の急対応や後始末、解決しようのないクレームはもううんざり!」
「やりがいもないこんな仕事、もうやってられんわ!」
地上の人々は眉を曇らせ、口を尖らせながら年々酷くなる蒸し暑さの中日々を送っていた。
そんな人々の気を少しでも紛らわせるためか、はたまた単なる因習で誰かがため息交じりに準備したかはいざ知らず、今年も七夕の少し前から街中(まちなか)にちらほら笹の小枝が設置されていた。
きたる7月7日の夕方、しおれかけの笹の枝に引っ掛けられている、他愛のない願い事が書かれた短冊を眺めながら、学校帰りと思しき女子生徒二人がこれまた他愛のない会話を繰り広げていた。
「そういえば、これ見て思い出したんだけど今夜って七夕だよね?」
「そういえばそうかー。七夕関係のイベントとかお祭りも中止になってたし、すっかり忘れてたー」
「なんか毎年この時期雨だし、今晩も雨の予報だったから織姫と彦星全然会えてないんじゃない?」
「けっこうロマンチックなこと考えてるんだー。今の時代だし、SNSとか通話とかして案外つながってるかもねー。」
「確かにそうかも。でもなんとなく、アナログな方が思いが通じたり願い事って叶う気がしない?こういう笹の葉に短冊とか。」
「わかるー。でもやっぱり七夕は晴れててなんぼだよねー。これじゃ短冊にお願い書いても届かなさそうー。」
「あーあ、流れ星の一つでも見れたら願い事もしなくもないけどなぁ。」
「じゃあさー、すぐにお願いも思いつかないしー、流れ星がたくさん見れますようにー、とか書いとこうかなー」
「その時の方がたくさん願い事叶いそうだしお得かも!それにロマンチック!」
「うちらお互いロマンチストってことでー」
天界の騒動も、誰に届くのかさえもつゆ知らず、人々は無邪気に希望を短冊に託しているのだった。
「っしゃらくせー!!!!!!」
近年の酷暑は地上界のみにとどまらず、天界にも影響を与える。日中に照らされた地上からの熱が上昇し気温のピークとなるこの時間、活動限界を迎えた織姫はキャラ設定を迷走しはじめる。
「織姫様、少し休まれては……」
「まだノルマの3割も終わってないじゃない!このペースだと残業確定よ!」
「屈強な男衆でも休まなければ熱中症になる時代です。根性で効率は上がりませんよ」
「熱中症がなんぼのもんじゃい、御託はええからバンバン星もってこんかい!」
「――休みなさい」
一喝。刹那、延髄に一閃。白龍渾身の一撃はブラック思想に堕ちた織姫をしばしの安眠へと誘う。
活動限界が近いのは筆者のほうかもしれない。

意識を取り戻し水分補給を終えたわたしは、星影で白龍と共に作業の止まった現場を呆然と眺める。
「……ねぇ、白龍」
「何でございましょう」
「さっき父様が言ってたじゃん、"意味のある仕事"ってさ」
「左様でございますね」
「わたしね、天界にいてずっと機織りばっかさせられてさ。裁縫のさの字も知らなかったわたしがさ。できるわけないじゃんって思いながら、それでもそれなりにできるようになってきて」
「ええ」
「ほんとやり始めの頃はジジイのクソ采配にキレ散らかしながら、でもどっか楽しかった。昨日できなかったことが今日できて。明日はまた今日できなかったことができて。ジュージツしてるってやつ?」
「素晴らしいことではないですか」
「でもね、ぶっちゃけ今は慣れちゃったし。ただイベントとか配信とか、そんなんの合間にただ作業してんなー的な?」
呼応するかのように雲が揺れる。白龍も相槌を打ち、ただわたしの言葉を待っている。
「さっき父様に言われたときはハッとしたけどね。でも体動かして分かった。やっぱ仕事に意味なんかない。」
――職業に貴賎なし。
地上界に蔓延る妄言の中でも有名な言い回しだ。曰く、労働の内容や報酬は無数にあれど、その価値に差はないというのだ。様々な指標で生産性を差別化できるこの時代、元来現金で唯物論者のわたしにはどうも馴染まない言葉だった。
「結局さ、機織りなんてご時世でもないし、流行んないじゃん?ガラじゃないしさ、今でもお局のババア横からウダウダうっさいし」
「そのようなことは……」
「でもね、なんか織ってたらスッキリするの。牛飼い様と喧嘩した日でも、お局クソババアの機嫌が悪い日でも、とりあえず織ってる間は無心になれるっていうか。なんかそれだけでいいかなって思う」
誰が為に機を織る。誰でもない、我が為に。
いかにリモート時代といえども、地上から満員電車や居酒屋が消えることはない。彼らはなぜなら、その非効率である「行為」そのものを求めているのだから。
「でね、やってて思うの。この終わったらイベントだーとかさ、今日は帰る前にスイーツ買ってこ、とかね。ちょっとした楽しみみたいな?そんなんがあると俄然やる気も上がってくるんだよね」
「前向きではないことは否めませんが、確かに日々の楽しみや幸せは生きる上で欠かせませんからね」
「いいじゃん別に。働いてんだし」
「サボってるくせに結果出す営業マンみたいなこと言いますね」
「うっさいわね。んでね、そんな楽しみをみんな持ってなきゃ結局なんもないのよね。仕事の意味も。ううん、生きる意味も。コーヨーカンっての?そんなんがなかったら多分ニンゲンたちも生きていけないと思うの。この催事のために。あいつら知らないけどもうすぐ足元の国、滅びるし。そんな事実突きつけたらそれこそみんな生きてる意味なくなっちゃうよ」
地上界はここ最近、閻魔政権の交代による混乱により衰退の一途を辿っている。度重なる不景気と天変地異により向こうXX年で終焉を迎える運命にある直下の国のニンゲンたちも、その事実を知ってか知らずか、それでも今日、めいめいの願いを込めて空に祈る。集い、願いを共有する楽しみのため。そして、あわよくば――。
「ニンゲンたち見てていいなーって。こんないるかどうかもわかんないわたしたちに願い事とかしちゃってさ。それで流れ星が見えたら『あっ流れ星!叶う!』ってさ。それでわちゃわちゃ集まって。おしゃべりして。楽しかったねって。ウケる」
「織姫様!」
「褒めてんの。そんなちっぽけな希望つむいで地獄みたいな地上界生きてんでしょ。すごすぎじゃん。そういうの見てるとね、なんかわかんないけど、応援したくなるっていうか」
風が吹く。引きかけた汗を乾かし体温を奪う、それでいて冷え切らない、乾いた爽快な風。
「そういう希望とやらを、一瞬でも叶えられるならさ。ほんの一瞬かもしれないけどさ。それがニンゲンたちの希望とやらになるんだったら、そこに”意味”ってあることになると思わない?」
「……私めに難しいことは分かりかねますが、織姫様がそう思われること、そのこと自体が尊いことなのではないでしょうか」
「なんか安易なオタクっぽいね、尊いって」
「恐縮です」
「褒めてないし」
そう、事物そのものに価値はない。突き詰めて還元していけば「モノ」と「動き」だけなのだ。星々を運ぶためのリアカーも、それを運ぶわたしたちの行為自体も、「物体」「運動」というカテゴリから外れることはない。ただし、わたしたちが付加価値を与えなければ、といういわくつきで、だ。
やりがいなどという大層なものでもないが、副次的にその恩恵に預かる者がいるならば。その"希望”を叶えるために、ちょっとだけ。そんな気持ちが芽生えてくる。
ましてや年に一度の催事。多少の残業はもとより覚悟の上だ。
「まぁ今年も?連日の雨で地上界からは見えないでしょうけど。だいぶ回復したしさ。無駄話もこれくらいにして、そろそろ作業再開しちゃいます?」

「そんならこれでよ、ちったぁ”希望”、叶いそうか?」

「待って!今星見えたんだけど!!」
「マジ!?うちらの願い叶った感じ!?」
「ほら!やっぱ通じるんだって!織姫も彦星も見てるんだよ!ちょ、早くインスタ!」

地上界からの歓声が聞こえる。先刻まで地上と天を隔てていた雲が切れ、隙間から天界の光が差し込んだのである。
問いかけてきたその声の主は大団扇を肩に担ぎ、額の汗を拭いながらやや安堵の表情を浮かべこちらを満足げに見る。さながら後光のように地上界からの光を纏う彼を認識したとき、わたしは作業再開しちゃうどころではなかった。
「う……牛飼い様!?」
「よう、数年ぶりだな」
牛飼いと呼ばれたその青年は背丈ほどの大扇子を片手で弄び、織姫の座るところへと近づいた。織姫は驚きと嬉しさで心がいっぱいであったが、我に返った後すぐに牛飼いと真逆の方向を向いた。
「織姫様、牛飼い様はあちらですよ」
「わかってるわよそれくらい!!」
「それでは何故織姫様は顔を背けていらっしゃるのです」
「いいでしょ私の勝手なんだから!!」
「とは言えども折角彦星様がお見えになられているのですから……」
「そんなの私が一番わかってるわよ!!」
意地でも顔を背ける織姫と彦星を見るよう促す白龍。
しばらくそれを黙って考え込むように見ていた彦星だが、右の拳を左手の掌にぽんと当てた後、促す白龍を止めに入った。
「俺の事なんざ気にしなくていいぜ、白龍。織姫も仕事中だとお父上から伺ってるしな。それに」
彦星は振り返り、河川の方を見やった。
どうやら堤防の側では増水対応に追われていた星降らし職人達が何人も休んでおり、数人の男が彼らに水を配り扇子で仰いでいるようである。
「俺ももうすぐ仕事に戻る。折角一時でも会えたんだ、真面目に働かねえとまた引き離されちまう」
「折角お見えになられたのにもう行ってしまわれるのですね」
「まあ仕事だし仕方あるめぇよ」
彦星はそう言って少し寂しそうな顔をした白龍に微笑み、優しく頭を撫でた。そして未だに顔を背けていた織姫に近づき、耳元に顔を寄せ囁く。
「いつものところで待ってる。俺はめかしこんでんのも勿論だが、一生懸命仕事してるお前の顔も好きだよ」
刹那、織姫は顔を赤らめながらも彦星の顔を見ようとしたが時既に遅く。
二人は扇子片手に手をひらひらと振って仕事に戻っていく彦星の背中をただ見つめた。
彼が米粒くらいの大きさに見えた頃、心配そうに見つめる白龍をよそに織姫はぽつりとその場に言葉を漏らすのであった。
「……今日はお色直し、控えめにしよ」

星降らしは大成功。仕事も無事に終わった頃。
大仕事を終え騒ぎ喜ぶ者たちをよそに、織姫は年に一度の逢瀬の場で彦星を待っていた。
「すまねえ、遅れちまった。仕事がなかなか終わらなくてよ」
「いえ、先ほど来たばかりですから」
織姫がそう返すと、彦星は少し驚いた様子であった。
しかしそれもつかの間、織姫の顔を見て「大人になったな」と言い微笑んだ。
「そうですか?」
「ああ。だって昔は『一刻も早くお逢いしとうございました』って言って走ってきたじゃねえか」
「確かに、そうでしたね。あの頃は全てを捨て置いても牛飼い様にお逢いしとうございましたから。そう考えると成長したのかもしれません」
「……成長したのは時の所為か」
織姫は彦星の言葉の真意を悟り、「長話になりますから」と橋の近くの腰掛に座るよう促した。彦星は頷きそこに座り、織姫もその隣にちょこんと座る。しばしの沈黙の後、意を決したのか織姫が語り始めた。
「牛飼い様、私はあなたにお逢いしたその日からただあなたのことのみを考えておりました。あなたにお逢いすることが私の唯一の幸せであり、私のすべてだったのです」
彦星は何も言わず織姫の紡ぐ言葉をただ黙って聞いている。織姫は何とか話をまとめ、話を再開した。
「離れ離れになった後、私はあなたにお逢いする為だけに労働に励みました。その行為の意味も、価値も考えず」
彦星は何も言わない。織姫もそれをわかっていたのか、気にせず独りでに話を続ける。
「私は此度の大役を父様から預かり、やっと自分の愚かさに気が付きました。この数年、私達が……いえ、“私があなたにお逢いできなかった”のは、暦のせいでも気候のせいでもない。他ならぬ私の所為であったのですね」

織姫と離れることになりしばらくたった後。
彦星は織姫と会う前以上の働き者となったが、一方織姫の働きぶりに良い変化はなく、むしろ怠惰になったのではないかとも言われていた。
与えられた仕事のみをこなし、その行為の真なる価値を考えない……
天帝の娘とはいえ、見過ごされるはずもなかった。
天帝は二人を離してしばらくの間、仕事の価値を見出し毎日世の為人の為と働く彦星の勤勉さに免じて約束通り二人を逢わせていたが、次第に娘の怠惰を見てみぬふりできなくなっていった。
そこで彦星が提案したのが、「織姫の怠惰が改善されるまで逢わない」ことであった。
「お前ならいつか自力で気付いてくれると思っていたよ」
「遅くなってしまい申し訳ございません」
「構いやしねえさ。んで、わかったのか。お前の仕事の真なる価値は、働く意味は」
「いえ、まだはっきりとはわかりません。ですが、此度の星降らしで私が働いたことにより幸福を得た者がいること、私がこの事実に気付けたこと。そこに価値が、意味があると思っております」
織姫は彦星の方を見て、宣言する。
「牛飼い様。私は今後も、あなたにお逢いする為に働きます。ですが、それは私の為でもあるのです。そして私の仕事に意味を持たせる者がいることに感謝をし、これからは世の為人の為に日々尽力致します」
彦星は織姫の決意を真剣に受け止めた後「まあ、無理はするなよ」と言って立ち上がり、織姫の頭を撫でた。
「今年ももう終わりだな。次に逢うのは一年後か、それ以上か」
「必ず一年後にお逢いします」
「おう、その言葉忘れんじゃねえよ」
「あなたにお逢いする為であれば私、数多の星を降らせますから」
「じゃあそん時は俺が必ず晴れにしてやるよ」
「ええ、楽しみにしております」
七夕が終わる。それは彼らのしばらくの別れを意味していた。
「それでは、また来年」
「ああ、じゃあな」
彼らは微笑みあった後それ以上何も言わず、お互い背を向けそれぞれの仕事場へと戻った。

七夕。
それは父の怒りを買った織姫とその想い人である彦星が、一年に一度川を渡り逢瀬を喜ぶとされる日。
あぁ、なんてロマンチックな日なんだろうか…。
数年前まで天界では川の増水、地上では大雨が七夕の常であったが、流星群が観測された年以降は毎年必ず晴れるようになり、地上では天の川と流れ星が観測されるようになった。
「そういえば、これ見て思い出したんだけど今夜って七夕だよね?」
ある女子大生がかつての自身のインスタの投稿をスマホで眺めながら、隣の女子大生に話かける。
「そういえばそうかー。あの奇跡の短冊からもう数年経つんだねー」
「そう考えるとめちゃくちゃ早くない?うちらもう大学生だよ」
「確かに。時がたつのははやいよねー」
彼女たちが座っている付近には笹の葉が飾られており、付近の机にはペンと色とりどりの短冊が置かれていた。
「でさ、今年の短冊何書く?」
「何書こー、『素敵な彼氏ができますように』とか書いとく?」
「それもいいね」
「でもやっぱりなんか迷っちゃうんだよねー。優柔不断すぎて一つに絞れないっていうかー」
「それもそう。じゃあさ、いつものアレ、いっちゃいます?」
「いっちゃうかー」
そうと決めたら行動は早く、二人は短冊に願い事を書いて飾り、談笑しながらその場を去った。

その夜、地上では今年も多くの流れ星が観測され、短冊を書いた二人は嬉々として「またうちら奇跡起こしちゃったねー」などと言いながら星を見つめることとなる。
その裏で、天界では背丈ほどの大扇子を持った青年と、汗にまみれながらも笑顔で星を降らす娘が和気あいあいと仕事に励んでいたことなど、彼女らの知る由もなかった。

文字制限をつけなかったことにより、皆様大変長い文章を書いてくださいました。前回の数倍の文字数にございます。

というわけで、今回は織姫と彦星の物語を通して、部員が仕事とは何かを考える機会となりました。テーマが壮大すぎる。

仕事とは何なのか、何のために働くのか。

きっと答えは人それぞれで、正解も不正解もないのだと思います。
だからこそ自分の力で考え、その価値を知る

部員にとって、そして私にとっても大変いい機会になったのではないでしょうか。

次回に関しては未定ですが、また10月定例会以降再開の予定です。
それでは、また。


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