自分で自分を攻撃してしまう膠原病
今年1月、昭和歌謡を代表する歌手のひとり、八代亜紀さんが亡くなりました。「膠原病」だったとのことです。その聞きなれない病気はナニモノなのか?原因は?症状は?気になったら、何科を受診すればよいのか?などを、専門医である膠原病・リウマチ内科の土師陽一郎医師に聞きました。(2024年1月31日配信)
膠原病とは?
イズミン 「膠原病」とはどんな病気ですか?
ハジ 膠原病は、自分の免疫が間違えて自分の臓器を攻撃してしまう病気です。
イズミン 「自己免疫疾患」といわれるものですね。自分の体の一部が、自分の別の部位を攻撃するって、ちょっと切ない思いしてしまいます。
ハジ そうですね。免疫というのは。自分じゃない人が入ってきたときに、守る防衛システムなんですが、自分を守るはずのシステムが、間違えて自分のことを敵だと思って攻撃してしまいます。何かのボタンの掛け違いで起こってしまうエラーなんですが、そうなると、自分のことを敵だと思う状態がずっと続きます。
これが感染症なら、なんらかの病原菌が外から入ってくる、人類の共通の敵です。医療用語では「自己」「非自己」というのですが、この「非自己」が侵入してきたら、免疫はそれをすぐさまやっつけにかかります。ところが間違って、本来は敵ではない、自分の組織など明らかな「自己」を敵だと思ってしまったり、そうじゃなかったりという状況を行ったり来たりしてしまいます。なかなか一筋縄に解決することができなくて、闘いは続いてしまうんですね。
シノハラ 外から侵入してきた敵なら全滅するまで闘おう、となるでしょうが、自分の体を全滅させるわけにはいかないですもんね。
ハジ そうなんです。治療によってその攻撃を抑えることができても、自分の傷は免疫によって回復するので、その途中でまた攻撃が始まってしまったりします。そうすると、終わりなき戦争のような形になってしまうんです。
シノハラ それも切ないですね。でも病気って、全部切ないですね。
膠原病は見た目重視の名前
イズミン 「膠原病」の「膠」とは、「にかわ」という字ですよね。「膠原」とは、細胞と細胞の間にある結合組織のことを指すのですね。
ハジ はい、膠原病は、実は病気そのものの性質を示した名前ではなく、見た目のネーミングなんですね。1942年にアメリカの病理学者クレンペラーさんが発見しました。病理学者は病変を切り取ってきて顕微鏡で見て調べるのですが、彼は結合組織とか血管などの抗原繊維というコラーゲン繊維のところに、特徴的な変化を示しているということで「膠原病」(英語ではcollagen disease)と名付けました。本当は「自己免疫病」というと、わかりやすいと思います。
イズミン 代表的な膠原病にはどんなものがあるんですか。
ハジ いろいろな膠原病がありますが、主なものとしては、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、あと今回の八代亜紀さんが罹っておられた皮膚筋炎などが挙げられます。
関節リウマチは、手指などの関節でクッションのはたらきをしている「滑膜」という潤滑液の入っているところが、敵だと思われて攻撃されます。すると関節が腫れたり痛みが出たり、熱を持ちます。40代から60代の方がかかりやすい病気です。
全身性エリテマトーデス(SLE)は、全身の皮膚や関節、腎臓などの内臓が標的となる病気で、例えば皮膚には「蝶型紅斑」という蝶のような形をした発疹が出たり、リウマチに似たような関節痛、あとはたんぱく尿や血尿が出たりります。20代から40代のかかり方がかかりやすい病気です。
皮膚筋炎はその名の通り、皮膚と筋肉がターゲットとなります。ときどき肺も標的となります。皮膚の発疹はまぶたや手の関節に出ます。まぶたに出る発疹は「ヘリオトロープ疹」、手の関節に出る発疹は「ゴットロープ疹」と呼ばれます。あとは筋肉が攻撃されて筋力低下を起こし、力が入らなくなります。腕の肩の筋肉が筋炎で攻撃されると、例えば洗濯物を干すときに腕をずっと上げていることができなくなる。太ももの筋肉が攻撃されたら、歩道橋の階段とか地下鉄の階段が上がれなくなって、途中で1回休むことが必要になったりします。肺がやられれば、空咳が出たり息切れしたりします。30代から60代の女性に多い病気です。
昔は治療法が全然なかったので、こうした膠原病に罹ると、3年生き残れる方は3割くらいという、怖い病気でした。今では治療法が確立してきて、基本的には膠原病そのもので亡くなる方は少なくなっています。
ただ、八代亜紀さんのご病気は「MDA-5」関連の皮膚筋炎で、これは今でも治療法が確立されていません。全国の主要な大学病院や大きな市中病院で必死に研究したり治療したりしているのですが、なかなか難しくて、亡くなる方が今でも多い、難しい病気です。
シノハラ 皮膚筋炎の中でも重症化しやすく、死に至るような病気だったんですね。
ハジ 肺に対しての攻撃が特に急速で、あっという間に肺が真っ白になってしまって呼吸ができなくなってしまうんですね。
膠原病の原因は?
イズミン 膠原病の原因は何だと考えられているのでしょうか?
ハジ 原因は基本的には不明なんですが、少しずつ解明されてきています。
どんな病気でもそうかもしれませんが、一つの要素だけで発症するわけではなく、遺伝的に親や祖父母から素因をもらうなどして、その素因を持っている状態で、さらに免疫システムのボタンの掛け違いが起こると発生します。
具体的にはタバコや粉塵への暴露、紫外線を浴びるなどで皮膚のDNAが傷つく、あとはものすごくストレスがかかる、睡眠不足で体力が回復しないまま次の日を迎える、といったことが積み重なって、ギリギリまで頑張っていた体の免疫システムがバッと、堤防が破綻するように破れて、一気に発症してしまう可能性が指摘されています。
でも、同じような環境にある全ての人が発症するわけじゃなくて、人それぞれ余力とか器の大きさみたいなものに違いがあり、そういった素因をお持ちの方の場合は、少ないストレスでも発症してしまう可能性があります。
イズミン どんな人がかかりやすいという傾向はありますか。またそれによって予防の方法があれば教えてください。
ハジ 先ほど申し上げたように、遺伝的な素因を持つ方、例えば膠原病や、同じ免疫疾患の炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎とかクローン病)、あとは甲状腺の病気などの既往が祖父母、父母、ご兄弟など血が繋がっている近親者の方にお持ちの場合は、かかりやすい可能性があります。あとは、その素因となる喫煙やストレス、不眠などを避けて、健康的な生活を送っていただくのが大事かなと思います。
シノハラ 何でもそうですね。やはり規則正しい生活をして、不摂生を止めて、健やかに過ごしていると、病気にはなりにくいですね。なるときにはなりますけど、リスクとしては少なくなりますね。
ハジ また、そうした免疫システムが暴走するときって、最初は簡単な暴走なんですけれども、暴走が暴走を繰り返して、だんだん凶悪化し、悪循環に陥って、強い治療じゃないと効きにくくなっちゃうんですね。ですので、素因を持つ方に少しでも疑わしい症状が出たら、早めに医師に相談していただくと、初期であれば簡単な治療で落ち着いた状態にもっていきやすいです。しかし、放っておくと病気自体が凶悪になり、すごく高額の治療をしないと治まらないといった状況になることもあります。
シノハラ 最初が肝心ですね。何か不調があったら、あまり我慢せずに、医療機関を受診されて相談することが大事ですね。
膠原病の治療
イズミン 膠原病の治療は、どのようなものなのでしょうか?
ハジ 病気によって治療法が変わります。
関節リウマチでは、メトトレキサートという内服薬を中心とした抗リウマチ薬を使った治療になります。全身性エリテマトーデスや皮膚筋炎などは、ステロイド主体になっています。ステロイドは万病に効果がある反面、副作用もあるので、今は最初に使用するものの、少し落ち着いたら、その後は他の免疫抑制剤などの薬を併用して、極力早めに減らしていきます。
イズミン これも早めの治療であれば、少量で済むといえますか?
ハジ そうですね。例えば最初に使うステロイドの量も少なくて済みますし、早期に治療できた場合のほうが、寛解状態(薬を止めても落ち着いてる状態)を作りやすいです。やはり何事も、早期発見・早期治療が肝心といえます。
イズミン 治癒は難しいのですか。
ハジ 「完治」と自信を持ってお伝えすることは難しいです。つまり免疫システムが暴走してしまう状態なので、基本的に“薬を使っていれば落ち着いた状態”を目指すことになります。
例えば高血圧も治るわけではなく、薬を使ってれば落ち着いた状態に持っていけます。なので、あまり悲観せず、最小限の薬で落ち着いた状態を維持する「寛解状態」に早く到達することを目指す、かつそれを長期に安定して維持していくことが重要です。そのうちに、治療法がさらに進化して、免疫そのものの異常を治すことも出てくるかもしれません。
イズミン 膠原病の中でも、関節リウマチは内服薬などを使っていても進行して指が変形してしまったという場合には、篠原先生のような手外科で手術をして治す方法がありますが、他の膠原病でもそういった手術で治療するケースはあるんですか。
ハジ 稀ですが、あります。全身性エリテマトーデスや皮膚筋炎などでも、手の関節が壊れたり、関節炎を起こしたりすることがあり得ます。
シノハラ 手外科では関節リウマチの方だけじゃなくて全身性エリテマトーデスの方の手の障害とか、皮膚筋炎の方の手の障害の手術もする機会ありますよ。
ただ治療はすごく難しくて、関節リウマチも関節が腫れて周りの、その組織もだんだん悪くなるんですけど、全身性エリトマトーデスなどでは、そうじゃない組織自体も悪くなってきますので、関節リウマチの手の変形よりも、かなり難しいです。
特にステロイドを長期に大量に使っていると、組織が傷つきやすかったり治りにくかったりするので、回復も遅いですね。ステロイドによって骨も弱くなっちゃうから、手術をする側からすると、困難症例といえます。
早期発見のために
イズミン 重要なのは早期発見・早期治療ということですが、どのような症状を感じたら、どこに受診したらいいんでしょうか?
ハジ 免疫が暴走して、闘いが長く続く、慢性の炎症ですので、例えば風邪でもないのに微熱が続く、体重が減ってしまう(3キロとか)、食欲がない、倦怠感が続く、採血検査でCRPという炎症反応が他に原因もないのに上がってしまうといった状況のときには、膠原病を疑います。そういったことがあれば、かかりつけの先生に相談すると、採血検査などをしてもらえると思います。かかりつけ医がいないときは、総合内科や総合診療の先生、膠原病内科で相談していただくのがいいと思います。
関節リウマチだと手の症状が出ることが多いです。手のこわばり、朝起きたときに手をグーと握りにくい、パーと開きにくいといった症状が出ます。あとは関節そのものが腫れ、赤み、痛みが出た場合には、リウマチを疑って整形外科や膠原病内科を受診していただくといいと思います。
イズミン だいどうクリニックに来ていただく場合は、総合内科ですか?
ハジ そうですね、お近くの先生に相談され、その先生が膠原病内科に行った方がいいと判断されれば、膠原病内科への紹介状を書いてくれると思います。ご本人が自分で膠原病を疑って検査して欲しいというときには、ずは総合内科の内科初診外来を受診していただくことになります。膠原病を疑っておられると医師に伝えていただくと、よりそれに近づく検査を組んで差し上げられると思います。
シノハラ 当院は膠原病内科の医師が総合内科の診療も兼ねているから、総合内科を受診していただければ、膠原病内科の先生が診ることになりますね。
イズミン では、何かありましたら、お近くのかかりつけの先生か、だいどうクリニック総合内科の方へ来ていただければと思います。土師先生、どうもありがとうございました。
ゲスト紹介
土師陽一郎(はじ・よういちろう)
だいどうクリニック副院長、総合内科、感染症内科、膠原病・リウマチ内科主任部長。
「土師」という姓は、はにわなどの土器を作っていた家系から来ているからか、はにわのように穏やかでまろやかな人柄と風貌で、患者さんにもスタッフにも慕われる。大分県出身。趣味は料理でMy包丁、My中華鍋などを揃え、週末に腕をふるっている。
日本内科学会認定総合内科専門医、日本リウマチ学会認定リウマチ専門医、ほか。
関連リンク