オシツオサレツと南洋一郎―読書月記7

ツイッターをやっていると、今年は七月が別れの季節になった人がいたことが分かる。そういったツイートを読みながら思い出したのが、「サヨナラだけが人生だ」という一節。井伏鱒二が于武陵の漢詩「勧酒」の最後の句につけた訳として知られている。たしかに名訳だと思う。そして、井伏のもう一つの名訳が「オシツオサレツ」だ。井伏の小説に特に惹かれないのに、この二つの名訳は心から離れない。
このオシツオサレツはドリトル先生シリーズに出てくる胴体の前後に角がついた頭を持つ動物である。子どものときは、これが「押しつ押されつ」と結びつかず、意味がよく分かっていなかったけど、大人になってから語感を含めて改めてそのセンスを認識しなおした。

我が家にあるドリトル先生シリーズ全12巻(箱入り単行本)は、私が小学校4年の時に誕生日プレゼントとして買ってもらったものだ。価格はどれも450円で合計5400円。第10巻が分厚く、同シリーズが岩波少年文庫に入った際は、上下巻に分かれたほどだが、これも450円だった。大人になってから母に、当時の我が家にとって5400円ってかなりの金額ではなかったのか、と尋ねたところ、分割にしてもらったと言っていた。購入した書店で、私の小学〇年生と父親の月刊文藝春秋を定期購読していたから可能だったのかもしれない(当時は定期購読の雑誌を家に配達してくれていた)。

同じころに私が夢中になっていたのは、ルパン、ホームズ、明智小五郎だ。なかでも当時はルパンが一番好きだった。だから、『ルパン三世 カリオストロの城』の“湖中の遺跡”や“カリオストロ”の起源がオリジナルのルパンシリーズにあることはすぐに分かった。
最初に読んだのはポプラ社ルパンシリーズの中の『怪盗紳士』。同級生がすすめてくれたのだが、今も彼の苗字だけは覚えている。学校の図書館や市立の図書館でシリーズを少しずつ借りて読んでいったが、いくつは購入している。その中で記憶に残っていることがある。お金を持って書店に行って、買おうとしたところ、価格が高くなっているのだ。少し前まで280円だったのに380円になっていた。持っていたお金で足りたものの、約50年前の小学生にとって100円は大金だった。家に帰ってそれまでに持っていた本と比べてみると、カバーがカラーなのは同じだったが、表紙がフルカラーになっていた。違うのはそれだけで、100円も高くなっていた。今でも覚えているのだから、かなりショックだったのだろう。
ちなみにルパンの中で、当時もっとも面白かったのは同じシリーズの『8・1・3の謎』。最後が驚愕だった。大人になって新潮文庫で読みなおし、それなりに面白かったと記憶している。ただ、ミステリ評論家の瀬戸川猛資は、南洋一郎が児童向けに翻案したポプラ社のものの方が、原作を普通に訳したものよりも格段に面白いと書いている。私が忘れていないのも、南洋一郎の翻案が今も普通に入手できるのも、そのことを証明している。


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