おおたか静流とカバーソングと漢詩ー読書月記33
(敬称略)
おおたか静流が亡くなった。といっても、おおたか静流は本を出していない(と思う)ので、おおたか静流に関する読書体験はない。また、その詞が素晴らしいのはもちろんだが、分析し批評する能力も私にはない。それでも、おおたか静流の歌が契機となった読書体験がある。
おおたか静流のCDを最初に買ったのは1993年の夏頃だと思う。『REPEAT PERFORMANCE』のⅠとⅡを一気に買っている(Ⅱは1993年6月23日発売)。これはカバーアルバムだが、徳永英明の『VOCALIST』でカバーブームが来る2005年よりもはるか前のこと。なぜ、おおたか静流のCDを買うことにしたのかは不明だが、知人から名前を聞いていたし、新聞の文化欄でコンサート評みたいなものを見たというのもあった。家に帰ってCDを聞いて、「蘇州夜曲」「ゴンドラの唄」「何日君再来」「夜来香」といった曲にグッと来た。30代ということもあったのかもしれないが、20代だったらどうだっただろうか。どの曲もそれまでに耳にしたことぐらいあったはずなのだが、なぜか強く引き付けられた。ちょっと不思議だ。
そして、偶然だが、『REPEAT PERFORMANCE Ⅱ』の発売された同じ月、中薗英助の『何日君再来物語』が文庫化されている(「何日君再来」はⅡの方に収録されている)。同書の単行本は1988年刊行だが、5年も経ってから文庫化された要因として考えられるのは、中薗が前年の1992年に刊行した『北京飯店旧館にて』の評判がよかったことがあったと思われる。私は私小説があまり好きではないが、あまりの評判の良さに同書を読み、感銘を受けた。文庫版の『何日君再来物語』を購入したのも、それがあってのことだと思う。同書は楽曲「何日君再来」が日中の狭間でたどった悲劇を追跡したものだったが、その曲をおおたか静流の声で聴くことができ、その感興がより高まった。その後、中薗の小説などを10冊近く読むことになった。
また、森川久美のマンガ『蘇州夜曲』を連載時(1980~1981年)から読んでいて、同作の続編も好きだった。それもあって「蘇州夜曲」という楽曲の存在は知っていたが、同作には歌謡曲としての「蘇州夜曲」は出てこない。しかし、張継の漢詩「楓橋夜泊」が出てくる。だからこの詩の存在は知っていたが、「蘇州夜曲」の歌詞を微妙に連想させる「楓橋夜泊」に、さらに漢詩全体に興味を抱くようにもなった。
ちなみに「楓橋夜泊」は以下の通り。
月落烏啼霜満天 月落ち烏啼いて霜天に満つ
江風漁火対愁眠 江風の漁火 愁眠に対す
姑蘇城外寒山時 姑蘇城外寒山時
夜半鐘聲到客船 夜半の鐘聲 客船に到る
そして、当時岩波から出ていた「中国漢詩人選集」に手を伸ばすことになった。漢詩に詳しいわけではなかったが、杜甫と李白、陶淵明、白居易(白楽天)辺りの唐詩のビッグネームは知っていたものの、宋詩だと蘇武ぐらい。しかし、この選集でもっとも印象に残ったのは陸游である。
陸游は詩人としては極めて多作であるとともに、その人生がドラマチックだ。宋の時代の人である陸游は宋を苦しめていた金と戦うことを推す主戦派だった。しかし、科挙では時の実力者である秦檜の孫と同じ時に受験したこと、秦檜が金との講和を推進する立場だったことから、不合格とされ、官吏としては栄達の道を阻まれ、秦檜の死後にようやく出仕するものの、主戦派のため幾度となく地方へと転出させられている。旅が多く、その不遇の官吏人生は、多少だが杜甫と通じるものがある。
そして、その波瀾に満ちた官吏人生以上に、最初の妻・唐琬をめぐるエピソードが陸游の名を有名にしている。母の姪であった唐琬と陸游は結婚後仲睦まじく過ごすものの、子ができないことなどから母が二人を離婚させる。離婚後、二人はそれぞれ再婚し、約10年後、沈園という庭園で再会する。その後まもなく唐琬は他界する。しかし、陸游は唐琬のことを生涯忘れることなく、晩年に至るまでその思い出を詩として作り続けている。例えば、75歳のになってからも沈園にも出かけ、「沈園」という詩を詠んでいる。
城上斜陽画角哀 城上の斜陽 画角哀し
沈園非復旧池台 沈園 復た池台に非ず
傷心橋下春波緑 傷心す 橋下 春波緑なり
曾是驚鴻照影来 曾て是れ 驚鴻の影を照し来る
そして、死の前年頃の作と思われる「春遊」は、
沈家園裏花如錦 沈家の園裏 花 錦の如く
半是当年識放翁 半ばは是れ 当年 放翁を識りしならん
也信美人終作土 也た信なり 美人も終に土と作る
不堪幽夢太匆匆 堪えず 幽夢の太だ匆匆たるに
と、どちらも沈園の再会と関わっている。よほど忘れがたい思い出だったのだろう。陸游について知ったのは1990年代後半だと思うが、その時から今に至るまで興味は続いている。先日も『南宋詩人伝 陸游の詩と生き方』(上記の「沈園」と「春遊」の詩と読み下し文は同書からの引用である)という本を入手し読んでいるところだ。
私の漢詩や中国への興味の背景には、上にも書いた森川久美、中薗英助、さらには中村真一郎や加藤周一の存在があることも確かだが、おおたか静流のカバーソングの影響も無視できない。あのタイミングでのCD購入は不思議な偶然である。