ウイルスなどの異種間伝播に対し、人類はどう備えるべきなのか―『スピルオーバー――ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』(デビッド・クアメン/明石書店)

本書は、人獣共通感染症の異種間伝播(英語ではSpilloverで、書名になっている)について描かれたもの。原著の刊行は2012年で、当時のアメリカなどでベストセラーとなっていたが、「次のパンデミックを起こし得る病原体の候補としてコロナウイルスを挙げていた」ため、2019年からの新型コロナウイルス感染症のパンデミックで再び脚光を浴びているとのこと。ただし、上にも書いたように、2012年の刊行なので2014年のエボラの流行には触れられていない。新型コロナ感染症の流行については、著者が2020年1月28日の『ニューヨーク・タイムズ』に寄稿した文章が「補章」として加えられている。

ゴリラの血液サンプルを採取する学者に同行し森林に分け入り、エイズ発生の謎に迫るために丸木舟でンゴコ川を下り、深夜から未明にかけてのコウモリの捕獲に立ち会うなど、著者は実に行動的だ。医療関係者・研究者、回復後の罹患者などにも直接取材を重ねて、それぞれの感染症の症状、感染の経緯、ウイルスの正体などを明らかにていく。著者は単なる犯人探しではなく、コウモリ、ハクビシン、チンパンジーなどの保有宿主と人類の接触の背後にある自然の乱開発やブッシュミートなどの問題を明らかにするとともに、チンパンジーなど一部のブッシュミートは、貧困層のタンパク源というよりも、むしろ富裕層の嗜好を満たすために求められていることを指摘している。
そして、人口増加、都市化が進むことによる人口密度の高まり、航空機などの利用による移動のスピードがアップしたことなどが、ウイルスにとって有利な状況になっていると書いているが、多くの人が納得できるものだろう。
こういった状況や問題を一夜にして解決するすべはないだろうが、だからこそ著者が取材した、感染症疫学者ドナルド・S・バークが人獣共通感染症への対処法として挙げた「科学的根拠を充実させ、よりしっかりとした準備態勢を整えること」という言葉は、ある意味で当然のことを指摘しているものの重いものだ。そして、数理生態学者グレッグ・ドワイヤーが指摘するように感染症の広がりを抑えるためには「個々人の認識・判断、個々人の選択」も重要であるだろう。
一方で、補章にもあるように「悪いニュースを嘘で隠蔽する官僚や、林業や農業の雇用創出のためとして森林を伐採したり、公衆衛生や研究のための予算を削減したりすることを自慢する政治家」がいることも事実だ。おそらく「個々人の選択」には、こういった官僚や政治家へに厳しい目を向け、毅然とした態度をとることも含まれるに違いない。

いいなと思ったら応援しよう!