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山のジビエが安全で美味しい?

先日、突然「対馬って海が近いですよね?山のジビエの方が安全で美味しいというお話があるので、山のジビエがいいんですけど(そういう地域のものが欲しいです)。」というお電話をいただきました。

この質問に私は何と答えていいのか悩みましたが、昨今オーガニックなもの(より安全な食?)への意識が高まるお客様から、野生動物の餌資源となる植物の育つ土壌のことなどを色々と調べる中で海のジビエよりも山のジビエの方が安全だし、美味しいのではないかというお話だったようなのですが、私はこの話にどうも違和感を感じています。

なので、被害対策や野生動物のお肉作りに10年携わっている私たちがお伝えできる知識や、この質問に対し考えたことを書いておきます。
あくまで私の個人的な考えなので、その辺はご了承ください!

山のジビエと海のジビエ?

(1)猪や鹿の行動範囲

まずは、猪や鹿が日頃どのくらいの範囲を行動しているのかというお話から考えてみたいと思います。

野生動物である彼らは、家畜のように囲われた空間ではなく、ある程度自由に行動します。(もちろん離島においては海が境界となり、それ以上は移動できません)
ただ、ものすごく広い範囲を自由に移動するわけではなく、せいぜい1㎢の範囲を移動すると言われています。
もちろん、繁殖時期や利用環境(積雪や餌の有無)、個体によって移動パターンが異なっているため、一概に1㎢しか動かないとは言えませんが、概ねこの程度の範囲を中心に活動していると言われています。
きっと一般の方にとっては「思ったより移動しないんだ!」という感覚かなと思います。

<猪の行動範囲に関する資料>
https://www.naro.affrc.go.jp/org/narc/chougai/ino-HP/materials/1-2.pdf

<鹿の行動範囲に関する資料>
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/106286/17-06.pdf

(2)餌資源

前述した通り、おそらく一般の方が想像しているよりは狭い範囲しか活動しないため、生息する環境にどのような植生があり、産業(農業、林業)が行われているかで季節ごと、すごくピンポイントな地域ごとに食べているものが異なってきます。
なので、「山だからいい餌をたべてる!」とか、「海が近いからいい餌を食べてない!」とかそういう話ではなく、捕獲された個体が生活をしていたであろう周囲の環境がどうだったのかを調べない限り、「山だから」とかの安易な区別で餌資源を評価することは困難です。
そしてそもそも「いい餌」とはなんやねん!と思うのです。

<猪の食性に関する資料>
https://www.gmnh.pref.gunma.jp/wp-content/uploads/bulletin15_9.pdf

<鹿の食性に関する資料>
https://www.jstage.jst.go.jp/article/wildlifeconsjp/2/3/2_KJ00003136328/_pdf/-char/ja

(3)ジビエ(野生動物のお肉)を作る施設の運営状況

続いては、捕獲された猪や鹿をお肉へと加工している施設のお話です。
野生動物をお肉へと変える施設が日本全国で557件(令和6年4月1日時点、農林水産省調べ)存在しているようですが、施設運営は様々で、個体の搬入においても、施設運営者が捕獲したもののみを扱っている施設や、同じ猟友会支部がとってきたもののみを扱っている施設、広域連携をしていて、近隣自治体なども含め車で2時間程度で運べる所から回収してきている施設、遠隔地でコンソーシアムを確立して集約して販売している施設(https://www.maff.go.jp/j/nousin/gibier/model.html)など、本当に様々です。
なので、施設の場所が山にあるから、山の猪や鹿しかお肉になってないというわけではなく、その施設によって受け入れている範囲が違うため、施設ごとに確認しないことには「住所地が山にあるから山のお肉を取り扱ってるはずだ!」とは言えないと思います。

(4)結局は・・・?

上記のことから、「山のジビエがいいから、山の近くの施設のお肉にしよう!」とするよりは、厳密に山のものがいい思うのであれば、食肉の施設がある場所で判断するのではなく、個体識別番号などから個体が捕獲されたピンポイントな環境でご判断されれば、「山のジビエ」だと言えるのかなと思います。
また、ご自身のイメージで「いい餌」だと思うものが周辺環境にあるかどうか、地図などで調べたりすれば、何となーくの餌環境がわかり、何を食べて育ったお肉なのかがなんとなくイメージでき、ご自身の安心材料になるのかな?と思います。

なので、確率論的には山にある施設であれば山で獲れた個体が多く搬入するかもしれませんが、そもそも私としてはどの程度海から離れていれば「山が深い地域」と定義するのかもわからないので、改めて何ともむずかしいお話だなぁと思うのです。

ちなみに私たちが活動する対馬は、離島ではありますが、日本で3番目に大きな離島であり、陸地の面積の9割が森林、そしてその7割が天然林(どんぐりがなる広葉樹林など)です。
平地の面積が島の1%しかない対馬においては、山が終わればすぐ海が出てくる環境で、確かに島なので海は近いですが、少し走れば森も深いので、森のジビエなのか海のジビエなのか、なんとも判断ができません。
というか、今までそのような視点で産地を調べている消費者がいると予想もしていなかったので、今回のお話はびっくりでした。

ともかく、私としては鹿や猪の生態やジビエの処理施設の現状を踏まえると、「山が深いから安全だ」とか「山のある地域にある施設で作られたジビエだから美味しい」とか、科学的に評価がしようがないなぁと思いますし、そもそも「美味しい」ということ自体が個人によって感覚が異なるので、「山のジビエがどうこうとは一概に言えないと思います」ということが回答かなと思います。

いろんな考え方があるのはいいことだと思うので、否定はしませんが、お肉を販売いただいている小売店のみなさまにも、ジビエに興味・関心のある消費者の皆さまにも、偏った意見ではなく、客観的な知識を持っていただきたいですし、いろんな地域のいろんな生産者が作る多様性のあるジビエを楽しく召し上がっていただく中で、お気に入りの地域(生産者)と出会ってみて欲しいと思います。

野生動物故に、お肉を育てているわけではなく、あくまで自然の恵みを収穫しているだけの立場ではあるのですが、
我々にできることは、人間の都合で無作為に収穫された命に対し、敬意をもって資源に変えること、美味しいものを安全で、お客様が食べやすい形でお届けすること、そしてその中で現場のことをしっかり伝える努力を怠らず、未来に良い自然環境を残せるように活動を続けていくことだと考えています。

なんだか色々書いてしまいましたが、色々食に対して心配なことが多い時代かもしれませんが、消費者の皆様が、自分の味覚に合う、体に合う、リスペクトできるお肉に出会えたらいいなぁと思います!
出会えるまでは大変ですが、その出会いや多様性も楽しめますように!