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長く好きなものは馴染んでいる

うちにはコーヒーカップが6種類ぐらいある。
多くて場所をとるから半分ぐらいはしまってしまった。
今さっき使ってたものは鎌倉で買ったマグカップだ。
ただこれが1番のお気に入りというわけではない。
1番愛着が湧くのは、昔ニコアンドで買ったマグカップだ。
愛着が湧くのに理由なんてものはないと思いつつ、あえて答えを出すとしたら、どのマグカップよりも長く使っているからなのかもしれない。
そのマグカップは一度しまったのだが、やっぱり出したのだった。


昨日の朝、それでコーヒーを飲んでいて「オフィスの設計をコップで考えてみてはどうだろうか」と唐突にアナロジカル思考が頭を駆け巡った。

最近、うちの会社では「コップのことだけでじゃなくて、飲み方まで想像して提案しましょう」という方針となっている。
飲み物には種類もあるし、量もあるし、温度という要素もある。それを飲む人もあらゆる性格をしている。

お客さんはコップを買い換えるタイミングで、ずっと冷めたものを飲んでいたが、あったかくして飲みたいという人がいる。その人には、二重構造の保温マグがいいのかもしれない。
ジョッキというキャパがあり、さらに表面張力によって少しはみ出るギリギリまで入れて、とにかく喉が潤えばいいという人もいる。
わざわざ作らなくてよくて、前使ってた誰かのコップでいいから、メルカリで探そうという人もいる。居抜き物件探しはこれにあたる。

コップは作り手によって、特徴が異なる。洗練されたデザイン、たとえば飲み口の縁が極端に薄かったり、そういったのを目指す人もいる。どこを持っても手に馴染むようなものを作る人も、あれ、これあまりうちの会社にいないかもしれない。

これは会社の設計陣をディスっている訳ではない。そもそもオフィスビルにそういった空間を作ることが難しいし、求める人も少ない。
床はOAフロアといって、配線を床下に通せる仕様になっていることが多いのだが、その素材は鉄板か樹脂かコンクリートだ。
壁は基本的に、骨組みを木で組むことはない。ただ骨は鉄骨で、表面に木を貼れば、さっきの話に戻るが、手に馴染むコップに近付くかもしれないが、オフィスに貼れるような燃えない木はコストが高い。
だからといって本物じゃなくて、木の柄にすればいいのか、といったら違う気がする。
嘘っぽいものに愛着はわきづらい。

コップもオフィス空間もそうだが、質感まで重視しようとすると、手間がかかる。故にコストもあがる。でもできなくはない。
ただもう一つのハードルとしては、馴染むものを求め過ぎるとは、ダサいと言われてしまうデザインが完成する。
昔ながらの日本要素の量を誤ると、途端にお袋の味になってしまうんだ。私が飲みたいのは味噌汁でもお茶でもないんだよってなるのだ。
もちろん茶の間のような空間を求める人もいるのだが、かなり稀だ。

ただ、多少なら大丈夫。実は、手に馴染む、これはぼくが作りたいものの軸になっている、ような気がする。言ってしまえば、本当はちょっとダサいものを作りたいのかもしれない。

ただ、長く使っているマグカップは持ちやすくって、いい具合にツルツルしていて、手に馴染む素材だが、別にダサくはない。
もう少しダサくてもよかったのかもしれないが、いいんだ、手に馴染むから。

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