【2投稿目】リアル理解のある彼くんを理解する。
おはようございます、こんにちは、こんばんは。
だいちです。
2023/3/27(mon)にエデン難波さんにて、「理解のある彼くん/彼女さんバー」の1日バーデンダーをさせていただけることになりました。
イベントのことなどについては【1投稿目】を見てもらえれば、わかりやすいと思います。
今回のこの記事は、僕だいちの簡単な自己紹介を含め、僕の考え方の基本?流派?をお伝えできれば、と考えています。
まずは、簡単に半生の紹介を。
大阪府に生まれ、大阪府に育つ。
平々凡々に小学校、中学校を卒業後、府内の進学校へ入学・卒業、その後は国公立大学の英語科へ進学、在学中に教員免許を取得、教員採用試験にも合格し、大学卒業後超進学校である公立校で勤務を開始。
順調に勤務を続けていたが激務により体調悪化、適応障害との診断を受け、数ヶ月間休職。その後、復職をはたしたもののすぐに退職。次に、一般企業でいわゆるサラリーマンを経験したものの、こちらは一瞬で退職。
現在は、障害のある子どもたちを支援していく仕事をしています。
側から見れば、僕は「すごい」そうです。
名前こそ出しませんが、休職するまで働いていた公立校は大阪人なら「あわわ」となり、通っていた大学も受験を経験した人なら「あわわ」となります(実際、何人もの人が「あわわ」となっていたのを見てきました)。
自分から見て、僕は「えらい」と思います。
というのも、僕の経験してきたことは、僕の奮闘の結果だと思っているからです。いい大学に入れたのも、いい公立校で働けたのも、僕が目一杯踏ん張って、頑張って、もがいて、苦しんだからです。めげずに奮闘してきた自分を「えらい」と思います。
なんだよ自慢かよ。
そうではなくて。
「すごい」と「えらい」の違いはなんなのだろう。
という話をしてみたいのです。
僕は誰かから「すごい」と言われるともぞもぞしてしまいます。
それには自分を「すごい」と思っていない謙遜ももちろんありますが、それ以上に「人の気も知らないで」という憤りも含まれるのです。
たとえば、頑張って鉄棒で逆上がりができるようになった男の子に、
「わー逆上がりができてすごいねー」
と褒めたところで、その男の子は喜ばないように思います。
その褒めはどこまでいっても、「逆上がりができた」という事実にしか適応されないように思うからです。
逆上がりができるようになるまでには、手が鉄臭くなるまで鉄棒を握り、足を振り上げれば靴の砂が目に入り、しまいには手にマメができて、それが潰れて。
そんな一つひとつの行程があって、最終的に逆上がりができるようになるのです。
「逆上がりができた」という事実だけを見てはいけないのです。
「逆上がりができるまで頑張った彼」を褒めてやらねばならないのです。
そうだとすれば、「逆上がりができるまで頑張ってえらいね」と褒めてやりたいのです。
どうして、僕は「えらい」と褒めてやりたい(翻って、褒められたい)のだろうか。
「すごい」と「えらい」の定義から、僕の抱えるもぞもぞ感を紐解いてみます。
すごい
1 ぞっとするほど恐ろしい。非常に気味が悪い。「―・い目でにらむ」
2 びっくりするほど程度がはなはだしい。並外れている。大層な。「―・い人気」「―・いプレー」「―・い秀才」「―・い散らかりよう」
[https://www.weblio.jp/content/%E3%81%99%E3%81%94%E3%81%84 より引用]
えらい
1 普通よりもすぐれているさま。
㋐社会的地位や身分などが高い。「会社の―・い人」
㋑人間として、りっぱですぐれている。「苦労しただけあって、―・い人だ」
2 物事の状態が普通ではないさま。
㋐程度がはなはだしい。ひどい。「今日は―・く寒い」「―・い混雑だった」
㋑予想外である。ひどく困ったさまである。「―・い目にあった」
㋒苦しい。つらい。しんどい。「歩きどおしでからだが―・い」
[https://www.weblio.jp/content/%E3%81%88%E3%82%89%E3%81%84 より引用]
「すごい」と「えらい」の2は、「ものごとの程度」が甚だしい、という意味合いで共通していると考えます。
しかし、「すごい」には「えらい」の1㋑のような、人格や人となり、を形容する意味はありません。
僕には、その違いから、誰かに「すごい」と褒められても、僕の人格や人となりを考慮せず、手放しに成したことだけを褒められているように感じるのです。正直なところ、まったくもう、ってな感じです。
「すごい」と「えらい」の話をするために、僕の半生や逆上がりができるようになった男の子の例えをあげましたが、誰だって毎日戦っているのです。
そして、その戦いに引き分け以上の結果を毎日出して、なんとか今日までやってきたのです。
だから、誰だって「えらい」のです(自分も含め)。
僕もカノジョも、あなたも「えらい」のです。
そういうふうだから、「理解のある彼くん」をやれているのかもしれませんね。
えらいえらい。