NPOと経済界の連携のこれからを想う
「共助資本主義」という概念をご存知だろうか?
これは、経済同友会の代表幹事に就任した新浪剛史さんが2023年4月に提唱した概念だ。資本主義の枠組みのなかで経済成長と社会のWell-Beingの両立を実現していこうという考え方で、そのためには経済界とソーシャルセクターとの連携が鍵だと高らかに謳われている。
これまで経済界からは全く相手にされてこなかったNPO側の立場からすれば、「え、マジで!?」というような驚くべき話だ。が、経済同友会の本気度はたしかなもので、2023年7月にはインパクトスタートアップ協会・新公益連盟といったソーシャルセクターの組織との連携協定の発足も発表された。
この連携が結ばれてから約1年半。実は僕自身も新公益連盟の立場で「共助資本主義の実現委員会」のボードメンバーなる役割をいただいて、これまで様々な活動に携わってきた。
今回の記事では、この歴史的な連携が結ばれてから何が実現されたのかという「現在地点」と、これからなにが起こりそうかという「展望」を、NPO経営者の立場から勝手に述べてみたい。
NPOと経済界が接近している背景
現在地点と展望について語る前に、いま一体どんな風が吹いているのかという前提について、少し書いておく。
自分自身の肌感覚として、そもそもビジネス界とNPOの世界の接近が目立ち始めたのは2010年代に入ってからだ。
ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授がCSV(Creating Shared Value)という概念を提唱したことを契機に、2010年頃から国内外の企業が社会課題の解決を自社のパーパスやビジョンとして掲げるようになった。また、2015年以降は、国連によるSDGsの批准やESG投資の活発化により、企業が社会課題の解決に取り組むことや、その中でNPOとの連携を模索するといった動きが一気に加速したように思う。
もう1つの背景として、国内外において「資本主義のあり方そのものを変える必要がある」という認識が高まったことが挙げられる。ダボス会議においては「Stakeholder Capitalism(ステークホルダー資本主義)」、岸田政権においては「新しい資本主義」という名称で、社会の格差や分断を助長する資本主義のあり方を変えようという議論が活発化してきたのだ。
こうした時代背景の中、ハーバード・ビジネス・スクールの出身であり、ダボス会議にも頻繁に足を運んで世界的な経営の潮流にも明るい新浪さんが経済同友会のトップとなったことは非常に大きい。新浪さんなら、これまでとは異なる次元の変化が起こるしれないという経済界の空気感や期待を、多くの人たちから強く感じる。
また、経済同友会という組織そのものにも大きな変化が起きていることは見逃せない。ここ10年ほどで、同友会の幹部陣にはスタートアップの若い経営者たちが名前を連ねるようになっていて、NPOの活動にも精通したリーダーの割合も増えてきている。
その代表例が、「共助資本主義の実現委員会」で委員長を務めるオイシックス・ラ・大地 代表の髙島宏平さんだ。高島さんは世界の食糧問題に取り組むNPO法人TABLE FOR TWO Internationalの理事や、農業/漁業分野での東日本大震災の復興に取り組む一般社団法人「東の食の会」を創設した人物である。いわば「ソーシャルとビジネスのバイリンガル人材」とも言える方が、経済同友会の幹部という立場で共助資本主義の実現に向けてリーダーシップを発揮しているという座組みは、過去には存在しなかった。
また、あまり知られていないが、最近ではNPOの経営者が続々と経済同友会の会員になっている。特に驚いたのは、NPO法人Peace Winds Japanの大西健丞代表がNPOの代表として初めて経済同友会の副代表幹事に就任したことだ。ビジネスセクターとソーシャルセクターとは、接近することにとどまらず混ざり合うところまで来ている。
こうした歴史的な追い風のなかで象徴的に推進されているのが「共助資本主義」という概念であり、いままさにここから面白いことが始まりつつあるという感覚だ。
NPOから見た「共助資本主義」の現在地点
では、これまでの1年半でなにが起こったのかという現在地点を概観したい。
結論から言えば、まだまだ大きな成果が出たとは言えないものの、矢継ぎ早に様々な施策が実行され、「共助資本主義」という概念に対する期待は確実に高まり続けているというのが現状ではないだろうか。
いくつか、主だった具体的な動きを書いてみたい。
①大企業とNPOの経営者が集う大規模イベントの定期開催
象徴的な場としては、過去2回開催した「マルチセクター・ダイアローグ」というイベントの開催がある。ここには、大企業・NPO・スタートアップの経営層が毎回300人以上参加し、特定の社会課題について理解を深めるとともに、セクター横断での社会課題解決のために活発に議論を行っている。
おそらく、大企業とNPOとの協働を目的とした会合としては過去最大規模だと思われるし、これだけの規模のイベントが年2回ペースで定期開催されていることの意義は大きいと感じる。
②大企業経営者がNPOの現場を知るための機会の創出
こうした大規模イベントでの議論よりもさらに突っ込んだ協働を目指す場として、経済同友会会員の企業経営者がNPOの活動現場を実際に訪問する「フィールドビジット」という取り組みも始まった。
これまでこども食堂や学習支援の現場などで計4回にわたって開催してきているが、やはり経営層が現場を訪問することのインパクトは大きく、そこから実際に様々なアクションが生まれている。
先日は、新浪代表自身も若者支援を行うNPO法人サンカクシャの支援現場へのフィールドビジットに参加した。訪問後、新浪代表は即座にメディアにて現場で感じた若者の厳しい現状や課題意識について発信するとともに、自社のスキームを活用した支援策を矢継ぎ早に発表した。
他にも、僕が代表を務めるNPO法人クロスフィールズが主催する形で、経済同友会の会員企業の幹部がNPOに経営参画する「ボードマッチプログラム」という取り組みが行われた。こうして手を変え品を変え、同友会の経営者がNPOの活動への解像度を高めるための活動が行われている状況だ。
③共助資本主義の概念を体現する事例の創出
そして、何より重要なのは、「共助資本主義」の概念を体現するような事例を創出する活動だ。現在、デロイト トーマツ ベンチャー サポートの斎藤祐馬社長やシグマクシスの斎藤立 常務執行役員といった、想いと力のある経営者がコミットする形で、事例創出に向けた伴走支援が行われている。
そのなかで、象徴的な事例も生まれ始めている。たとえば能登半島地震の対応においては、WOTA株式会社というインパクトスタートアップが開発した分散型の水処理設備を、災害支援の専門組織であるNPO法人ピースウィンズ・ジャパンが被災地において活用するという事例があった。この動きを経済同友会に所属する大企業が金銭面・人材面からバックアップすることで、多くの避難所で断水時でもシャワーや手洗いを利用することができる水循環システムが設置されるということが実現された。まさに災害対応における「共助」が実現した好事例と言える。
他にも、NPO法人キッズドアや株式会社activoが中心となって展開する「ソーシャルウェンズデー」、NPO法人フローレンスがリードする「こどもの体験格差解消プラットフォーム」、NPO法人WELgeeが主導する「難民人材活躍プラットフォーム」といった、共助資本主義のコンセプトを体現するような仕掛けが続々と立ち上がろうとしている。
現状の課題と、今後に向けて大切な3つのこと
ここまで紹介してきたのは自分自身が携わってきたもので、これ以外にも、共助資本主義という概念のもとで同時多発的に様々なプロジェクトが展開されている。確実に、機運や期待が高まってきていると言える。
一方、実際に社会を変えるような動きにつながっているかといえば道半ばであり、そこに向けては課題も多い。
最後に、主にNPO側の立場から、NPOと経済界との連携をさらに進めるために重要だと考えていることを3点ほど書いておきたい。
①誰もが納得する共助の成功事例を生み出していくこと
正直なところ、大きな期待感に対し、経済界が唸るような連携の好事例が全く足りていない。社会課題の解決が加速するとともに、大企業の経営にとっても便益があると感じられるような「共助」の事例を創ることが急務だ。
新浪さんの代表幹事としての任期は残りあと約2年半。経済界を社会課題解決の世界にもっと引き込むには、各企業が「これであれば自社もやりたい」と思えるような成功事例をこの期間にどれだけ作れるかが勝負だ。そのためには、各NPOが企業との連携に対してリソースを割き、企業側のニーズを捉えたWin-Winな連携事例を仕掛けるための努力が求められている。
②明確なレガシーをつくっていくこと
事例を創出するとともに、新浪さんの任期後も残るような「レガシー(遺産)」となるような仕組みやルールを作るという目線も重要だ。「経団連1%クラブ」や「ジャパン・プラットフォーム」のような大規模な連携の座組みや、企業からNPOへの出向を後押しする具体的な枠組みなど、将来にわたって機能し続ける連携の仕掛けを考えて提案していくべきだ。
上述のマルチセクター・ダイアローグのような会議体も含め、新浪さんの任期後にも継続するような仕組みを作っておかなければ、この流れはすべて一過性のブームで終わってしまう危険性がある。
また、同時に意識したいのは、今回の連携の営みを通じて、結果的にセクターを超えた「共通言語」を話せるバイリンガル人材が企業にもNPOにも増えることだ。こうしたバイリンガル人材が増えることは、NPOと企業との連携が力強く続いていく上でなによりも重要な推進力となるはずだ。
③ときに牽制し合い、健全な関係性を維持すること
最後に、NPOとして大切にしたい姿勢にも触れておきたい。当然ながら、NPOは経済界のために存在しているわけではない。ビジネスとの連携を加速しようとするあまり、NPOがその本文を見失ってはならない。
環境分野や人権分野などを中心に、企業の活動を牽制するWatch Dog(番犬)と呼ばれるNPOが存在する。市民社会の声をもとに企業活動に対して物申すことは、健全で持続可能な社会をつくるためにNPOが果たす重要な役割だからだ。
いま追い風が吹いている経済界との連携を推し進めると同時に、なれあいの関係にはならず、社会に負の影響を生みかねない企業活動に対してはNOを突きつける姿勢を持ち続けることが重要だ。こうした高度なバランス感覚とNPOとしての矜持とが、いま求められると感じる。
以上、思った以上の長文となってしまったが、NPOと経済界の連携についての現在地と展望について私見を書いてみた。
自分自身、ビジネスとソーシャルをつなぐ活動こそが自分のライフワークだと思ってNPOの活動を続けてきた人間だ。いま頂いている立場と役割を最大限活かし、セクターを超えた連携の動きが真に意義あるものになるよう、特にこれからの数年間は自分の持てる力を全力で発揮したい。
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