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面白い映画、そうでない映画の違いについて

昨日はゴジラ-1,0について書きました。
初代ゴジラとシン・ゴジラが傑作、それ以外のゴジラは駄作と述べている自分の観点から補足的意味合いで創作に必要なものを書き連ねようと思います。

物語、映画に必要なもの

基本的に面白い、と思える映画は

・エンタメ性
・メッセージ

の二つを兼ね備えたものだと思っています。黒澤明監督の言にもありました、「良い映画ってのはわかりやすくて面白い」というものがそのエンタメ性で、「わかりやすさ」というのが大事ですね。
具体的に言うと、目に見えた「解決」が描かれるか否か、だと思っています。特撮ヒーローものもそうですが時代劇もそうで、悪役を倒して終わる物語というのは誰が見ても理解できます。またそれがちゃんと「倒されて」いればそれは観客に与える爽快感、エンターテイメントになります。

ウルトラマンの光線で怪獣が爆発する、仮面ライダーのキックで怪人が爆発する。それまでの話で人々を脅かしていた存在が消え去る、という形で解決が描かれている訳ですが、これは全ての映画、ドラマに求められるエンタメ性だと断言して良いものです。

光線や爆発、日常ではほぼ見ないものというのも娯楽性という意味で
重要なパーツなんですね。記事の趣旨とはややズレますが
実は演者さんは命懸けだったりします
それこそが魅力でもあるのですが

二番目の「メッセージ」ですが、ここが加減を間違えると先のエンタメ性を邪魔してしまうので難しい要素です。なのでこれは観客の判断に委ねる、くらいの曖昧な訴えが一番良いのでは、とも思います。ゴジラ映画を何本か観ていると、まずメッセージ性が全く感じられないものがほとんどで、観終わって心に残るものがありません。それがあるものだと「ゴジラ対ヘドラ」のようにあからさまなものになっています。

何より、ゴジラ映画の弱点は人間がただの脇役、傍観者になっていて結局何も解決せず「怪獣が現れました」をやり過ごしただけの映画になっていてエンタメと呼ぶに値しないところだと思っています。
尋常ではない存在のゴジラを、初代とシンは人間の手で倒しており、そこから観客が色々なものを感じ取っています。映画の必要な要素が詰まっているんですね。

逆に、不必要なもの

それは「芸術性」だと思います。
画作りが素晴らしい、などがセールスポイントになりつつも何が言いたいのか分からない映画が、興行的には失敗しながらある方面では評価され、マイナーな賞を獲ったりします。すると映画評論家が絶賛し、「この映画の良さが解る俺は目利きだ」という論を展開したりしますね。

ハッキリ言って、クソ喰らえって話です。

映画館から出て来たお客さんが「面白かった」と言えない映画など存在価値はありません。マスターベーションは自費でやっていろ、と言いたい。
監督名や作品名はあえて言いませんが。

繰り返しますが、映画は「解決」を描く面白いものであるべきです。
例えばミステリー物なら真相が解明されること、恋愛ものならば成就、別れ、どちらでも「解決」だと言えます。
そこがボヤけているのが大半のゴジラ映画であり、新作がそうなっていない事を願います。

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