僕の爺さんと婆さん


僕の爺さんと婆さんの話をひとつ。

僕の爺さんは声が大きい。
たまに電話に出られるとひどいもので、声が大きすぎて何を言っているのか分からないほど。

だけれどそんな爺さんには天敵がいる。
爺さんの妻、僕の婆さんだ。

僕の婆さんは恐ろしく耳が遠い。
最近になって老化が一気に進んだのか、聴力が急降下していった。僕の爺さんは声が大きいが、その声ですら、婆さんの耳に入る事は少ない。だいたいが右から左に抜けていくようだ。


僕がまだ実家に住んでいた何年か前の事、爺さんと婆さんが、居間で、只ならぬ雰囲気のなか話し込んでいる。

その頃、マイナンバー申請が開始した時期で、後で聞くとどうやら申請方法を爺さんが婆さんに教えていたようだった。

といっても婆さんに爺さんの声は殆ど届いていない。それなのに聞こえるフリをする婆さん。一向に話が進んでいなかった。

そのうち軽く癇癪を起こした爺さんが怒りながらマイナンバーの申請封筒を手に居間から出てきた。また時間を置いて申請の準備をするつもりで散歩に出かけようとしていたようだ。

しかしそれを何を思ったか婆さんが、爺さんが自分の申請書が入っただけの封筒を投函しに行くものだと勘違いして(申請封筒が夫婦2人で1つの用意だったようだ)、そうなると婆さんは自分の申請が通らなくなると考えて、後から必死に追いかけようとした。

そして僕と母に

『お願い!おじいちゃんを止めてええええええぇぇ!!』

と、ものすごい剣幕でまくし立てるものだから僕らは何事かと驚いた。僕らはここでようやく事の始終を知ったのである。

僕らは何事かと思い、今にも自転車に跨ろうとする爺さんのところまで行ったが、散歩に行こうとしていただけだから、もちろん封筒は持っていなかった。

『散歩に行くんだよ!まったく!』

捨て台詞を吐く爺さん。


これを本気でやるから、だから老人は面白い。
無論、そんな爺さんと婆さんのことが
僕は大好きである。


#エッセイ


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