【小説】始業式の風とキミ
随分としつこく居座った冬の厳しさがやっとこさ落ち着いて、
ぽかぽかした空気に眠気が止まらないある日。
今日は始業式。
久しぶりにきみが歩いてくるのを見かけたんだ。
相変わらず顔は俯いていた。
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ボクはきみがどんな顔をしてるか知らない。
きみを初めて見かけた日、
あの日は風が強くって、
ボクは立っているのに精一杯だった。
ただでさえ歩きにくい急な坂道を
強風に煽られながら一生懸命に
坂の上の学校目指して歩くきみ。
それでも顔は俯いていた。
あの日は風が強かったせいかなって、
来る日も来る日も見ていたら、
やっぱりきみはいつだって俯いている。
ボクはきみの顔が見たくなった。
いつも何に落ち込んでいるんだろう。
ボクに何か、力になれる事はないだろうか。
それからというもの、毎日毎日
何とかしてきみが前を向いてくれないか、
ボクはひたすら考えたんだ。
それこそ、きみに気づいて欲しくってウインクしたり投げキッスしたり、ときには呼びかけてみたり、いろいろやってみたんだぜ。
だけれど、全然きみはお構い無しで、
ボクは根負けしちゃった。
結局もうやれる事はないんだって。
ぼくはすっかり落ち込んで、
毎日のように涙を流した。
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そんなある日、坂の上の学校は始業式のようで、久しぶりに制服姿の子どもたちがせっせと坂道を登っていく。
そんな子どもたちの姿が途絶えた頃、これまでにない突風が背中の方から吹き込んで、ボクの花びらがたくさん飛ばされてしまった。
あ、せっかくの花びらが。
まだまだ散ってしまうには早すぎる。
「人を振り向かせるにはこうやるんだ。分かったかい?」
誰かと思ったら、風くんじゃないか。
はちゃめちゃなことするもんだ。
随分と久しぶりだねぇ。
でもボクに耳打ちしたかと思ったら、
すぐにいなくなっちゃった。
彼は忙しいんだなぁ。
春先はカセギドキだって聞くし。
ふと、前の道を見下ろすと、
ボクの花びらが降り積もって
校門まで桜のカーペットを作っていた。
そこに、きみが歩いてきたんだ。
きみは泣いていたね。
顔が見えなくても、背中で分かったよ。
始業式、頑張って、無理して来たんだね。
桜のカーペットがきみの目に止まる。
きみは驚いて、ボクを見上げる。
きみは泣きながら笑っていた。
人間の顔がこんなにも美しいだなんて、
ボクは知らなかったよ。
「わたし、行ってきます。」
「こんなに素晴らしいものを見せてくれてありがとう。」
きみはボクにそう言った。
「うん、行っておいで。」
感謝するのはボクのほうなのにね。
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