BANDやろう是 第十一章 本番 2
流石は前回優勝者であり、ライブハウス側からの特別な扱いを受けているというAMDのサウンドだった。
骨の髄まで響き渡るパワーコードの羅列と、シンセサイザーの存在がより曲の世界観を引き立てていて、会場から聞こえてきている客の歓声の大きさが、ライブの盛り上がりを伝えてきている。
そして『ラストっ!!!』と叫ぶ声が聞こえてきて、ステージは激しい声の渦と共に終焉を迎えていた。
あっという間にAMDのステージが終わったと感じたのは、多分緊張のせいだけではない。本当に洗練された曲ばかりで、思わず聞き入ってしまったからだと思った。
暫くすると「EARTH HEAVEN」の爽やかな演奏が始まり、続いて「TOM BOY」のグッドでナイスなナイトな夜に、ホットでクールなサウンドが鳴り始めた。というよりも、もう既にどうでもよくなっていて、とりあえず濁流の音にしか聞こえてこない。早く終わってくれと心から願った。
やがて奴等のソウルハッカーなサウンドも消え失せ、続いて「VELVET ROOM」の演奏が鳴り始めた。
それはまるで、光さえ届かない深海で聞いているような、はたまた漆黒の闇から幾千のナイフが飛んできているような、静かだが激しく、切ないのだがどこか猛々しい。今までまったく聞いた事のないサウンドであった。
これまであれだけ立ち込めていた観客の声さえ今だけは何故か聞こえてこず、彼らのサウンドにやられて黙りこくっているだけか、会場から皆、こぞって去ってしまったのか、どちらかだろうと思った。しかしながら、あのマストでファックな「タム何とか」の時でさえ、観客の声は激しく聞こえてきていた事から、多分前項であると信じたい。
そして「VELVET ROOM」のステージも終わり、次は「ホワイト・デヴィル」のステージだと思ったと同時に、石川が楽屋へと踊り入ってきた。
「はい、ZEALさん。ステージ袖へとスタンばって、頑張ってっ!!!」
石川はまるで、女子高生のように両拳を胸の前で強く握り締め、笑顔を浮かべていた。どこと無く機嫌がよさそうで、多分何の狂いも無くイベントが進行されているのだと感じた。
そういえば、ステージ前もステージ後もこの楽屋に入るバンドはいなかった事に今、ふと気がついた。あの時の「ホワイト・デヴィル」もどうやら通りすがりだったみたいで、そう思って周りを見渡してみると、我がバンド以外の荷物が一切無かった。僕は何となく尋ねてみた。
「石川さん。他のバンドさんの荷物無くなってるみたいですけど、どうしたんですか?」
「このライブハウスには何箇所かスタジオがあってね、そこを他のバンドさんの控えに使ってもらってるんだよ。そっちの方が皆、集中できるって松平さんの心遣いだよ。それよりもZEALさん、急いで袖で待機してね!」
石川は早口でそう答えると、一目散にどこかへと走り去っていった。
智さんが勢いよく立ち上がり、機材を手にした。そして潔く、さらに誇らしく、まるで晴れ渡る青空のような表情を浮かべ、艶やかな声を上げた。
「さて、遂に本番寸前になった。皆で培ってきた事が試される瞬間だ。共に死のうぞっ!!!!」
「おおおおおおおおおおおっっっ!!!」
以下四名も智さんの力ある言葉に、腕を振り翳しながら声を荒げて立ち上がった。そしてそれぞれ機材を手に取り、前途洋々な足取りで楽屋を後にした。
ステージ袖へとたどり着いた。
重たそうに抱えた機材を地面へと置き、メンバーは本番前の入念な機材チェックを施し始めたさながら、自分専用の機材が無い僕は、手持ち無沙汰にステージをぼんやりと眺めていた。
緞帳が下がる薄暗いステージの中で、ホワイト・デヴィルのセッティングが続いていた。袖から目を凝らしても、はっきりと確認できないほどのコントラストで、人の行き来する影だけがぼんやりと見えるだけであった。
『ん…?』
確か、ホワイト・デヴィルのメンバーは全員坊主頭だったはず…。しかしながら影の頭は、何故か長く逆立った髪がわさわさと揺れているではないか。これもはっきりとは確認できないのだが、学ラン姿とも違う衣装を身に纏っている。息を呑む思いに苛まれながら袖の方をサイド確認すると、メンバーの最終チェックも終わった様子で、それぞれ水を飲んだりストレッチしたり、お水の名前を叫んだり一人エッチの真似事をしたり…。対照的な四名の行動をよそに、後ろからスタッフの声が聞こえてきた。
「ホワイト・デヴィルさんの本番始まりまーす。」
緞帳はまだ開けられていない様子で、ホワイト・デヴィル達は薄く照らす照明の中、機材やら何やらの影でよく判らなくなるほど、極めて低い前のめりで構えていた。
「見せてもらおうか…、ホワイト・デヴィルの実力とやらを…。」
いつの間にか僕の横で腕を組んで立っていた智さんは、ホワイト・デヴィルのその確実な変化を垣間見ていないのであろう。未確認物体を確認したような面持ちの僕に対して、ガムを噛みながら、悠然と立っている雰囲気からもそう思わせる。どういうステージングをするのかはまだ分からないが、もしかして、もしかすると、もしかする…。
台風の前の日のような心境に苛まれながら、静かにステージの幕が開いた瞬間、眩い光が僕達の視界を奪った。その中、激しい歓声と赤ワッペンの声と思われる声が耳に飛び込んできた。
「おいっ!お前らっ!!!よく来た!よく来たあああっ!!!見せてもらおうかああああっっっ!!!。サロンキティの実力とやらをなああああっ!!!」
『ぶおぉぉぉぉぉぉぉぉんっっっ!!!!』
「ふぅっっっ!!!!」
ギターとベースの抉るようなグリッセントユニゾンの後に、赤ワッペンのシャウトが全てを掻き消した。そして、確かどこかで聞いた事のある、しかしながら今は思い出せない、激しくも切ない旋律の曲を奏で始めた。
ホワイト・デヴィル達は、まるで直下型地震が、ここサロンキティ局部だけで起きていると思うほど、体を揺さぶらせながら遥かなる大地のエネルギーを放出していた。
そういえば、僕の横で呟いた智さんの言葉と、赤ワッペンの言葉が被っていたような、いなかったような…。ふと気になって横を見てみると、ZEALメンバー全員が、いつの間にか横並びに立っていて思わず驚いた。
驚きの余り表情を崩壊させているイータダとトースの横で、大ちゃんは驚愕しているのか、素なのかは分からないが腕を組んで真剣な眼差しでステージを見入っていた。そして大ちゃんの横でもあり、僕の横でもある智さんはというと、目を見開き、口を半開きにさせたまま一言呟いた。
「あ…哀戦士だ…。」
そうだ。そうだった。どこかで聞いた事があると思っていたが、全く持って分からなかった。それもそのはず、アレンジメントが全然違うのだ。そもそも原曲はというと、ピアノから静かに始まり、半ば少し熱くなるところがあるにしても、最後はやはりピアノで終わりを告げるという全体に比較的静かな曲であったはず…。しかしながらホワイト・デヴィルが奏でる『哀戦士』は、気高さと猛々しさに塗れていて、原曲の哀しさなんてまったく感じさせない。はっきり言って別物で、いわゆる一つの哀しくない戦士…。寧ろ戦争を賛美しているように聞こえてくる訳なのだが、僕はそこまでこの曲を語れるほど聞いた事がないので、歌詞の内容までは分からないが多分変えられているのだろう。横で呆然と口ずさむ智さんのフレーズと若干違っているのだ。
次第に哀戦士の演奏も終わり、今度は完全に知らない曲が何曲か演奏されていた。会場の方を窺ってみると、最前に人だかりができていて、皆はまるでどこかでプログラムを打たれたかのような同じ動きをして、踊り狂っている。曲を知らないのはどうやら僕達だけらしく、あの人だかりは正真正銘『ホワイト・デヴィルの客』なのであり、ホワイト・デヴィルはここ松山ではかなり有名なバンドである事はこれに証明されている。
会場は熱気と歓声に包まれていた。そして照明がダウンされ、暗闇の中、ピンスポが各メンバー一線ずつ照らされた。次が最後の曲なのだろうと僕は思った。
『こんな熱いステージ、久々だったぜ。お前ら、今日も来てくれてありがとな…。』
バックではしっとりとしたナチュラルトーンのアルペジオが薄く奏でられている。次第にステージは蒼白く光るライトで明るくされている中で、一瞬だけ赤外線のような細いライトが、横一線を斬っていた。ニクい演出だと思った。
『じゃあ…、これでラストナンバーだ。聞いてくれ。マサチューセッツの風に吹かれて…。』
赤ワッペンが呟くようなMCをすると、ループされていたアルペジオが定まったかのような旋律になり、いきなりストロークを掻き鳴らしたかと思うと、絶妙なタイミングで『ドゥンッッ!!』とフロアタムの音が流され、そしてミドルテンポの少し複雑なリズムが叩き鳴り始めた。それに艶やかで、しっとりとしたベースラインが乗り、そう複雑ではないが、しかしながらはっきりと耳に残るギターストロークが、それぞれぶつかる事もなくお互いを尊重するように奏でられていた。そして赤ワッペンの切ない旋律が聞こえてきた。
曲名ははっきり言うと意味不明で、多分これは英語で歌われている為、曲名が何を物語っているのかは分からないのだが、聞こえてくるサウンドはしっとりとしたマサチューセッツの風そのものであった。まあ、マサチューセッツがどこで、どんなところかも知らない僕が思うくらいだから確実である。(?)
起承転結、曲も終盤に差し掛かる雰囲気の中、最後のサビの後の間奏で、赤ワッペンがまた何かを呟き始めた。
『風に幾度と刻まれども、俺達は復活する…。昔の痛みを知り、今を生きる…。過ちはかけがえのない思い出…。』
その言葉の後に客席から温かい歓声が上がった。
喜び、熱狂、慈しみ、感動…。喜怒哀楽の負の部分を除く全ての感情がまるで温い雨のように優しくステージに降り注いでいた。
多分これでクライマックスなのだろう。とにかく、ステージは歓喜に満ち、赤ワッペンが客に向かって指でサインをした。
『お前ら、またな…。』
そうとだけ言い残し、マイクをその場へと置き、こちら袖側へと向かってきた。汗でメイクが落ち、それはひどい状態になっていたのだが、体から煙のように立ち込めるオーラのようなものは気高く、表情は自信と成し遂げたという満足感に満ち溢れていた。僕達の横を通り過ぎた時、もはや我々が声をかけられるような雰囲気ではなかった。
暫くすると、今度は上手のギターから、楽器をその場へと置き、客へとサインを残してステージを去っていく。次に下手ギター、ベースと続き、そして最後はドラムだけが存在するというステージとなった。
8ビートのリムショットだけが空間を刻み続けている。
『カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、ドンドンダチッ!!!』
その瞬間、またもや地を這うような歓声が上がり、僕達の側をドラマー、もとい黄ワッペン(だったと思う)が通り過ぎていった。
やがて終演合図のライトが会場へと照らされると、先ほどまでそこに合った躍動感が嘘みたいに消え去っていく…。前にいた人だかりも、一人、また一人といなくなり、そして数人だけの空間となっていった。
ファミレスで声をかけてくれた方の顔が最前でいるのを袖から確認できるほどのまばらな人数で、多分この方たちも「ホワイト・デヴィル」のライブの為にここへとやって来たのだろうと僕は思った。
はっきり表現すると、今まで見た事のない最高のステージで、演奏能力、ボーカルパフォーマンス、ライトステージング、俗にいう演出なのだが、プロ顔負けのステージで、僕が始めに感じた感覚は正しかった訳で、要するに『もしかした』訳なのである。
横にいる智さんは、「ホワイト・デヴィル」のステージを垣間見て、戦意喪失、意気消沈。多分そう感じているのであろう。情けない程肩が下がり、溜息を零していた。大ちゃんは智さんを心配そうな眼差しで見つめていて、イータダとトースは、ライブスタッフがステージの撤収作業を行う横で、大胆無邪気にわらわらと皆の機材を運んでいた。
「ZEALさーん。本番の用意お願いしまーす!!」
智さんが何も動じないのに対し、しびれを切らしたのか、後ろからどこか艶やかな声が上がると、その声に我を取り戻した智さんは、震えた声で呟いた。
「こんなん…じゃない。こんなはずじゃなかった…。」
やはり「ホワイト・デヴィル」のステージに驚愕してしまったのだと瞬時に悟り、僕は智さんの肩に手を乗せた。
「智さん。とにかく頑張って俺らもやってきたんじゃきん、ステージやろや…。」
僕の声が彼にどう響いたのかは分からないが、視点はまるで合わないまま、僕の方へ顔を向けた。
「そうだな…。…ともかく準備しよう…。」
そう言って機材を手に取り、ステージへとトボトボと歩いていった。言わばバンドの長である彼が、戦わずして負けているのだから、僕達のこれから行われるステージは、散々な結果に終わるだろうと僕は感覚した。
やがて僕達の準備が終わり、メンバー全員袖にはけるという決まりを初めに作っていた僕達は、それぞれに機材を置き、袖横まで行った。全員が揃った後に、メンバーは丸を描く形で、互いに向かい合う。そして皆、智さんの力強い言葉を待った。
「えっと…。初ライブ、楽しんでやろう…。」
それには楽屋の時みたいな力強い雰囲気はなく、まるで幼稚園のお遊戯会で、子供に対して先生から発せられるような感じの、ステレオタイプな言葉と僕は感じた。
それはさておき、ステージに立たなければならない今からの僕達にとって、最低最悪な言葉である。
微妙な雰囲気の中、僕達はステージに立ち、客の皆に微妙な演奏を見せてしまう事は明白である。
メンバー全員で手を重ねあわせて、智さんが言う。
『3・2・1、ジールっっっ!!!』
ZEALの所だけメンバー全員が声を揃えて叫ぶという単純な気合入れであるが、智さんの声はどこか震えていた。
それぞれ持ち場へ迎い、そして構えた。
智さんが開演OKのサインをスタッフへとだし、暫くすると僕達へとライトが再び降り注いできた。
その後の記憶は余りないが、『ホワイト・デヴィル』の時に感じたほどの臨場感はなく、どちらかいうと僕達のステージを傍観していると感じる客の視線が痛かったという印象だけを記憶する。
智さんのギターの音色は、いつもになくどこか細く、情けなかった。
BANDやろう是 本番 2 おしまい 3に続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?