侍ジャパンinディストピア
東京スケバンぼやき節〜テレビの前でクラクラ〜
若い頃、いちどだけアフリカ旅行に行った。
360度ぐるりと地平線の広大なサバンナ、そこで出会ったさまざまな動物たち、美しい花や木々、植民地時代の名残りがある英国スタイルの優雅なホテル…。初めての経験にわくわくしっぱなしの旅が終わりに近づいた頃だったか、ツアー参加者全員で市街地にある日本食レストランで夕食をとった。
ほとんどが国立公園内を車で走り続け、夜は大自然の中にぽつんと佇むホテルに宿泊するツアーだったので、そういった都会に出かけるのは初めてのことだった。
近代的建物が立ち並ぶ繁華街で私たちのマイクロバスが停まった。
繁華街といっても、あまり人通りもなく静まり返っているのがちょっと不思議な感じだったのを覚えている。
ツアーガイドの方が「そこがレストランです」と道路の反対側を指した。高い塀に囲まれた、日本の古い屋敷のような立派な建物だった。
私たちが「ウォーッ!」と歓声をあげてはしゃぎ始めると、ガイドの方はそれを制するように「いいですか。車から出たら、よそ見をせず、なるべく急いで走って門の中に入ってください」と真剣な表情で告げた。
私たちの目には、何ごともない平和で静かな街に見えた。けれど、高級レストランにやってくるリッチな外国人はいつも狙われていて、今も、車を降りてキョロキョロしている間に突如襲われるかもしれないという。身ぐるみ剥がれるだけならまだしも、それ以上のひどい目に遭うかもしれない。
そう言われた私たちは、言われるまま素早くバスを降りると、ものすごい勢いで走って道路を横切った。そして、無事にレストランの中に入ることができた。
そこでの日本料理の素晴らしさや、久しぶりの日本酒を飲みながら一緒に旅をした仲間たちと語らった時間は本当に楽しい、忘れられない思い出だ。でも、今になって当時のことを思い出す時、なぜか真っ先に浮かんでくるのは、バスを降りてレストランまで走っていた時の光景だったりする。
襲われるかもしれない、というのは本当のことだ。
だから道路を走って渡らなければならないのも、当然のことだ。
でも、そもそも、やって来たのは私たちのほうなのだ。
出会った人々はみんなやさしくて、遠路はるばるやってきた観光客たちを歓待してくれたけれど。高級レストランめざして怯えながら疾走する私たちの姿は、彼らの目にはどんなふうに映っていたのだろう。
さて。
今、私はオリンピックの野球の準々決勝戦を見ている。
もちろん都知事の言いつけどおり、おうちで観戦だ。侍ジャパン vs USA。
自分の心の中でのささやかな抵抗として、スポーツ観戦は好きだけどオリンピック中継は自主的にボイコットしてきた。開幕式からずっと。
でも、プロ野球ファンなので、野球だけは…と自分で自分に特例を認めた。
で、さびしさがハンパない無観客の試合を観ながら、なぜか、前述のアフリカ旅行でのことなどを思い出して、いろいろと考えさせられている。
試合がおこなわれているのは、横浜スタジアム。
このスタジアムが満杯になって熱気が渦巻いている光景をよく知っているだけに、よけいに、無観客試合の静けさがものすごく非日常の奇妙な光景に見える。
選手や関係者の歓声だけが、無人のスタンドに響きわたる。
ものすごく、ものすごく、奇妙だ。
夢の中で、海の底を歩いているようなヘンな感覚。
スタジアムの外は、横浜の街。
神奈川県だ。
今日からまた緊急事態宣言の神奈川県。
今日、神奈川県では過去最大の新規感染者数が発表された。
そして、県内で圧倒的に感染者が多いのは横浜だという。
医療崩壊の危機が目前まで迫ってきていて、
どの病院の医療関係者も激務が途絶えず、
人々が生活の不安を抱え、命の不安を抱え、
たいせつな人にも会えず、
やっと家族に会えると思った帰省も諦めろと言われ、
そんな都市で、今、平和の祭典・オリンピックをやっている。
ディストピア小説の世界、そのまんまではないか。
小説、ではない。いつの間にか、ディストピアが現実になっていた。
そんなわけねーじゃん、とたかをくくっていたら、
日本は本当にディストピアになってしまった。
ずっと書いてきたことだけど、私も、選手を応援する気持ちはずっと変わらない。
どんな種目であれ、どの国の選手も全力を尽くして臨んでほしいと願っている。
できればオリンピックだって「せっかく始まったんだから」と楽しみたかった。
でも、あまりにもむごすぎる。
みんながずっと応援してきた侍ジャパンが、今、緊急事態宣言が敷かれた街で試合をしているなんて。
この光景は、あまりにも非現実的すぎる。
彼らは高い壁に囲まれたスタジアムの中で守られて、誰も観客のいない試合をしている。そして試合が終われば、スタジアムの外に広がる《危険な世界》には一歩も踏み出すことなく帰ってゆくのだ。
そんな東京オリンピック、あっていいはずがない。
と、ややモヤモヤしながらも、今、侍ジャパンを応援している。やるからには、そりゃ勝って欲しいわー。がんばってほしい。活躍してほしい。
現在、もしペナントレースだったら、もう、このジリジリに耐えられず、すでに中華街に逃亡してギョーザ食ってるであろう試合ですが。とりあえず国際試合だし、選手も頑張ってるんだから観客も頑張る。
最後までしっかり声援をおくりたいと思います。
でも、これだけは言っておきたいです。
これは、連日メディアが連呼している「絶対に負けられない戦い」ではないし。
「悲願の金メダル」もいらない。そんなこと気にせず試合に臨んでください。
絶対に負けられない戦いも、本当に手に入れたい悲願の褒美も、
彼らが戦っている球場の外に広がる世界のためにあるのだから。
※本文と映像は関係ありません。