耳に蛇を飼っている

一度流れ始めてしまうと、尻尾を噛んだ蛇のように僕の脳に巻きついて、離してくれない。

英語で「頭の中で流れ続けて止まらない曲」のことをearworm(耳の虫)というらしい。個人的な感覚としては虫というより蛇に近い。ぼーっとしているとスルスルと耳から入ってきて、尖った牙で頭蓋骨にコツコツと穴を開け、脳に絡みつく。僕の場合、こいつを3匹くらい同時に飼う羽目になる場合が多い。パブで酔っ払った客がジュークボックスに蹴躓いたかのごとく、いきなり頭の中で曲が流れ出すのである。コインも入れてないのに。

タイヤマルゼンのCM曲が頭の中で鳴り響いている。ジャンプスーツを着た青年達がタイヤを転がしながら「タイーヤマールーゼン、タイヤーマールーゼン!!」と歌っている。どこかで立ち止まってくれればいいのだが、何しろ彼らがタイヤを転がしているのは『イージー・ライダー』で主人公達がハーレーをぶっ放すルート66だから、永遠に止まらない。荒野に投げ出された悲哀もクソもなく、「タイーヤマールーゼン!!!」と叫びながら、アメリカ合衆国中西部のあっけらかんとした広大さに引けを取らない威勢の良さでタイヤを転がし続けている。

お寺にお参りに行くと、目の前を小さな3姉妹が歩いていた。お父さんの周りをてこてこと歩く彼女達の微笑ましい姿。3人ともお揃いのピンクのワンピースを着ている。しまった。まずい。頭を抱え雑念を追い払おうとするも、即座に頭の中で「たーらこー、たーらこー、たーっぷりー、たーらこー」と曲が流れ出す。完全に油断していた。頭の中では3姉妹が整列しながら大きな声で歌っている。彼女達の残像が実体を伴い、3人から6人、9人、12、15…と増殖していく。数えきれない明太子達が境内に至る一本道を埋め尽くし、大合唱する。

インスタで夏祭りの写真を見かけた。自動的に頭の中で井上陽水の声が流れる。
♪な〜つはす〜ぎ〜 風あ〜ざみ〜 だ〜れの〜あこが〜れ〜に〜 彷徨う〜
日本人の夏に長年寄り添ってきた名曲。脳内クリス・ペプラーがこの歌を選曲しても何ら不思議ではない。問題はこの後である。
♪あ〜おぞら〜に〜残さ〜れた〜 だ〜れの〜あこ〜が〜れ〜に〜 彷徨う〜
いつまで経っても、僕の心が夏模様にならない。いくら足掻いても、僕の頭の中の陽水が流砂にはまった蟻のように「だ〜れの〜あこ〜が〜れ〜に〜」に引きずり込まれてしまうのである。永遠に彷徨い続けなければならないのかもしれない。ハイタワー3世の恐怖を追体験するような感覚。シリキ・ウトゥンドゥの呪いである。

今、僕の頭の中では、明太子の着ぐるみを被った無数の井上陽水がルート66でタイヤを転がしながら「たーらこー、たーらこー」と熱唱している。いつになったら終わるんだ、もしかして、これ、いつまでも続くのか…? あっ、まずい。しまった。どこからともなく現れた宮本浩次が、アコギを手に荒野の真ん中で『今宵の月のように』を歌い出す。完全に油断していた。高校の生物の授業では、蛇は増殖する生き物であるなんて教えてくれなかった。蛇は増殖するし、伝染する。多分皆の頭の中にも今ごろ蛇が入り込んでいると思う。僕のせいではない。蛇のせいである。

一度流れ始めてしまうと、尻尾を噛んだ蛇のように僕の脳に巻きついて、離してくれない。

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