英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない#20
第20話 おじさんは痛いところがいっぱい
「ガナーシャ……なんで、ここに?」
「えーと、ははは……あのー、リアさんを迎えに来ました」
リアの指輪はアシナガが与えたものだった。
守りの指輪という魔導具で、効果はほぼレクサスの予想した通り。
持ち主の魔力が低下した場合、もしくは、気絶し魔力の流れが滞った場合に、つけられた魔石の魔力で〈障壁〉の魔法が発動し、一定の種類の魔力を持つものを弾く。
そして、もう一つ。
〈障壁〉の魔力が発動した場合に、ガナーシャの持つリアと繋がっている伝言の魔導具に危機が伝わるようになっていた。
(念のためにと思ってつけた機能だったけど……)
ガナーシャは、状況をすぐに把握する。
リアの様子、倒れているゴロツキの人数や雰囲気、レクサスの表情、そして、今までの出来事、全てをガナーシャの今までの経験から近しいものに重ねていく。
そして、いくつかの仮定の答えを思い浮かべながら質問を重ねる。
「レクサスさんは、最初からリアさんを狙っていたのですね?」
「あーあー……そうだね、狙ってた」
もう隠す必要がないとばかりにレクサスは顔を歪ませて笑いながらゆっくりとガナーシャに近づいていく。
「何故?」
「『何故』? 何故って美しいオンナを見れば抱きたくなる。当然のことだろう」
「あははは……」
ガナーシャは苦笑いで応える。
今までこの言葉は何度も聞いたことがある。決まって、男前か、傲慢な男か、貴族だ。
そして、レクサスは全てを兼ね備えていた。
予感はあった。
リアに対して紳士的に振舞おうとしてはいたが、言葉の節々に違和感があり、ガナーシャはその違和感の正体には薄々気付いていた。
だが、確信はない。
ガナーシャは心が読めるわけではない。そんな能力はない。
ただ、なんとなく嫌だった。
今まで出会った悪人の善人面の演技に似ていただけだ。
そして、その予感は当たってしまっていた。
「ずいぶん焦りましたね。急でびっくりしました」
「こっちにも都合があってね。それに、もう限界だったんだよ……」
「限界?」
「捨て子のオンナが俺に靡かないのにイライラしてた。こっちは貴族だぞ。俺に従わないオンナはいなかった! なのに、いつまでもアシナガアシナガ……見たこともない男の話ばかりして、俺にしなだれかかってこない」
見たことはある。今の目の前にいる。
そう言ってみたい気持ちはガナーシャにもあったが、それは単なる好奇心だ。言う必要もないと思い直す。
「それに……いつまでも、テメエみてえなおっさんにへこへこすんのもめんどくせえ……! クソ雑魚のおっさんにな! 〈弱化〉!」
そう言うとレクサスはいきなりガナーシャに向かって略式詠唱で〈弱化〉を放ち、駆け出す。
ガナーシャは右足からよろけ、レクサスに詰められる。
そして、膝蹴り。
ガナーシャはなんとかそれには反応し、両手でガードするがその上から思い切り吹き飛ばされる。
「ぐ……! あ、がは……!」
壁に背中からぶつかり、うつ伏せに崩れ落ちながらガナーシャはリアに向かって手を伸ばす。
せめて彼女だけは、そう訴えかけるように。
だが、無情にもその手はレクサスによって踏みつぶされる。
「あぐ……! あ……あはは……痛いなあ」
「強がりは止せ。早さも力もない低ステータスのおっさんがよ。……まったく、なんでてめえみてえな冴えないおっさんに対してへーこらしなきゃいけないんだよ。あのオンナに取り入る為と思って我慢してたがもう限界だったわ」
「取り入る為……」
「そうだよ。楽しいぜ。オンナが俺の思ったように反応して、どんどん俺に惚れていく様子は、支配する感覚ってヤツは」
そう言いながら、レクサスは手を踏んでいた足を一度持ち上げ、親指目掛けて再び下ろす。
ぼき
嫌な音が響き、ガナーシャは痛みに顔を歪め、レクサスは顔を歪めて嗤う。
「あ……あはは……痛いなあ」
「あはは、ははははは! 痛いだろ、そうだろ? だが、俺は慈悲深い。『すみませんでした、レクサス様、どうぞあのオンナは好きにお使いください』そう言えば他の指は許してやる。どうする?」
「えーと、指はいいので、リアさんを解放してくれないかな?」
「あ?」
足を振り上げる。人差し指に。
「あ……! あはは……痛いなあ」
「おい、馬鹿。もう一度言うぞ。『すみませんでした、レクサス様、どうぞあのオンナは好きにお使いください』。そう言えばいいんだよ」
「えーと、指はいいので、リアさんを解放してくれないかなって言ってるんだけど」
足を振り上げ中指に。
「あ……! あはは……痛いなあ」
「もう一本いっとくかあ!」
薬指。
「あ……! あはは……痛いなあ」
「はあはあ……なんなんだよ、なんなんだよお前!」
レクサスも、異常さに気付き始めていた。
ガナーシャは痛がっている。それは間違いない。
だが、怖がっていない。
痛みの先にあるのは死であり、それを恐れるのは人間の本能だ。
だが、ガナーシャの瞳に恐怖はない。
ただ、レクサスという男をじいっと見ていた。
深淵という言葉が頭を過ぎる真っ黒な瞳で。
「もう、いい……! 殺す! てめえと話をしていると頭がおかしくなりそうだ。ぶっ殺す」
「ころ、す……ふふ、ころすか」
「な、何がおかしい!?」
ボロボロなのはガナーシャ、ほとんど無傷なのはレクサス。
指は間違いなく折れているし、腹にも強い一撃が入っている。
ステータスが低いのはガナーシャ、ステータスが高いのはレクサス。
力も早さも魔力もレクサスが上だ。
不利なのはガナーシャ、有利なのはレクサス。
全ての目に見える情報がレクサスの勝利を導き出す。
だが。
この状況を傍らでじっと見ていた小さな瞳には、緑髪の男が追い詰められているように見えた。
「ころされるのは嫌だね……取り返しがつかなくなるから。だから、抵抗させてもらうよ。弱者なりのやり方で」
四本の指を折られて赤黒い手を見せつけながら、勝者でも敗者でもない、【弱者】ガナーシャは笑った。