英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない#19

第19話 おじさんはいっぱいいっぱい

「さあ、黒焦げになりたい奴からかかってきなさい!」

 両手に炎を噴出させながらリアがゴロツキ達に向かって叫ぶ。
 震えながらも立ち上がったリアには決意の光が瞳に宿っており、ゴロツキ共はその美しい戦う女の貌に足を止める。

「く、そ……! てめえら! いく、ぞっ!?」

 言い終わらぬうちにリーダーが風に吹き飛ばされていく。
 リアはゴロツキどもを吹き飛ばした風が起きた方を振り返る。
 その風を起こした緑髪の男もまた決意の表情でゴロツキどもを睨んでいる。

「レクサスさん!」

 放たれたのはレクサスの魔法。ゴロツキ共の意識がリアにむいていたお陰で、長い詠唱の魔法を放つことが出来たのだ。
 一気に残ったゴロツキの大半を潰したレクサスがリアの元に駆け寄る。
 が、崩れ落ちたはずのリーダー格の男がいきなり立ち上がり、レクサスに魔封じの縄をかけようと襲い掛かってくる。

「お前にまだ大分余力あるのは魔視眼鏡で見えていたよ。それだけは喰らうわけにはいかないな」

 レクサスは、巻きつけようとした縄をそのまま掴み引っ張り込む。そして、そのまま膝を男の腹に喰らわせ、男に膝をつかせる。

「て、てめえ……はな……!」
「悪人がこれ以上リアさんの耳を汚すな。風よ敵を切り裂け〈風切〉」

 そして、短い詠唱で魔法を放ち、男を倒す。

「レクサスさん」
「水臭いじゃないですか、リアさん。貴方を置いてはいけませんよ。背中は俺が守ります。だから、思い切りやっちゃってください!」
「はい!」

 そこからは一瞬。
 レクサスがゴロツキ共のほとんどを吹きとばしたのもあり、残り僅かでリアの敵ではなかった。

「おつかされさま、流石ですね。リアさん。戦うあなたの姿は、素敵でした」
「いえ、レクサスさんもありがとうございました」

 レクサスの言葉にはにかみながらも、リアは視線をゴロツキ共に向ける。

「こいつら……一体、誰に雇われたのかしら……まったく、力づくでアタシをものにしようだなんて、碌な連中じゃないわね」
「でも、手に入らないなら力づくもしょうがないでしょ」
「え?」

 リアがその声に振り向こうとした瞬間、リアの首に黒い影が、魔封じの縄が巻かれる。
 咄嗟に指を入れ、完全に締まるのを防ぐが、相当な力で息が苦しくなっていくのを感じる。

「ど、どういうつもりですか……レクサス、さん」

 背後からリアの首を魔封じの縄で締め付けながらレクサスが笑っていた。

「うふ、ははははは」
「ぐっ……ぎぃ……レクサス、さん……?」
「ふふ、ごめんねえ。でも、君が悪いんだよ? 俺に逆らうから。何度も何度も何度も。俺のいう事を聞かず……黙って、俺に従っていればいいのに……」

 レクサスの声は穏やかで柔らかい。だが、どこかじめっとした何かを感じさせ、リアは背筋にぞっとしたものを感じ震える。

「なんで……?」
「なんで? 勿論君とヤる為さ。捨て子にしては勿体ない美人、一度くらい味見してみたいのは男の性だろう? 出来るだけ穏便にやりたかったんだけど、もう我慢の限界だった。だから、こういう方法をとらせてもらったよ」

(こういう? ゴロツキも、魔封じの縄も、レクサスさんの?)

「本当はね、悪漢から守る王子様になりたかったんだけどね、君がかたくなに俺を拒否するから、めんどくさくなっちゃった。まあ、この街のオンナも喰い飽きたし、最後の思い出にこういうのも悪くないかな?」

 楽しそうに笑うレクサスに、リアはぎりりと歯ぎしりを鳴らし、精いっぱいの声を出す。

「最低」
「その最低と呼ぶ男に君は今からヤられるんだ。ねえ、今、どんな気持ち?」
「最悪よ」
「あはあ」
「なんでも自分が上じゃないと気が済まなくて……『オンナ』が喜びそうなことをすれば、誰もがそれに従うって信じてる、誰よりも最低で情けない男がアンタよ」
「……は?」

 リアの言葉にレクサスは表情を失う。そして、ぐっと縄を絞める力を込める。

「あ……! アタシは、アシナガ様のリア、なのよ……何されたってアンタみたいな情けない男に屈しない」
「また、アシナガ様か。アシナガ様アシナガ様アシナガ様! つくづくお前も馬鹿女だな。会ったこともない男に惚れてるわ、あのおっさんに……俺より、俺よりあのおっさんが上なわけないだろうがあ!」

(コイツ、言っていることがめちゃくちゃ、なんで今あのおじさんが出てくるのよ……!)

 リアは、更に力の入った縄によってヒューヒューと細く呼吸をし始め、どんどんと視界がぼやけていくのを感じていた。

「あのおっさん……ふふ、そうね、あのおじさんの方が、百倍も千倍もマシよ」

 そういえば、とリアは朦朧とした頭で思い出す。

 あのおじさんは、必要以上にこちらに近づいてくることはなかった。
 だけど、あのおじさんは出来るだけ近くにいてくれた。
 あのおじさんは何かを求めなかった。
 だけど、あのおじさんはリア達の為には交渉を何度も粘り強くやってくれた。
 あのおじさんはやさしかった。
 だけど、

(アシナガ様じゃない、のかあ……)

「うあ、うああああああああ!」
「……! う、ぐぎぃい」

 怒りに震えるレクサスの縄を握る手に力が入る。首が折れないように、だが、爪が手に刺さるほどに強く握りしめリアの細い首をさらに絞めていく。

「全部後悔させてやる。謝るまで犯しつくす……! 『アナタのオンナです』と自分で口にするまで心を折ってやる……俺を馬鹿にしたことを後悔するまで、絶対にぃ……!」

 レクサスの荒い息から吐き出されるヘドロのような言葉を聞きながら、リアは意識を手放した。
 縄を握りしめていた手がだらりと落ちると、レクサスは大きく息をしながら、ゆっくり縄を持つ手を緩める。
 ゆっくりを膝から落ち地面にうつ伏せで横たわるリアが呼吸をしている事を確認すると、ほっと息を吐いた。そして、レクサスの視線は上下するリアの細くて小さな背中から、首に。魔封じの縄の隙間から見える赤い絞められた跡とその白い首筋にレクサスは言いようもない興奮の表情を浮かべ、もう我慢できないとリアに手を伸ばす。

 だが、

「いてっ……! なんだ? 今、痛みが」

 レクサスはリアに向かって伸ばしかけた手に痛みが奔るのを感じ、引っ込める。
 何かしらの魔法の干渉を感じたレクサスは魔視眼鏡でじっとリアを見つめ、その原因を見つけ出す。
 それはリアの指輪。
 レクサスが手を伸ばす度にその指輪の石から魔力が半円状に広がり、手を弾いていた。

「ち……生意気に守りの指輪かよ。条件は、持ち主の魔力が低くなったり、気絶ってところか……まあいいさ」

 レクサスは魔導具にも詳しい。
 それは女をいたぶる為のものだったが、その為に色んな魔導具を見てきた。

「こういうモンなら持ち主の魔力は使わず、指輪の魔石にある魔力で使用するやつだろ。なら、魔力切れまで待つだけだ」

 レクサスは、ゴロツキの持っていた短剣を奪い、ゆっくりとリアの方に向かって突き出していく。
 すると、そのうちにばちばちという音と共に振動を感じ、レクサスは短剣を止める。
 そして、魔視眼鏡を通してゆっくりと魔力の量が減っていくのを視て、にちゃあと笑う。
 待っている間に己の興奮が高まっていくのを感じ身体が小さく震えだしていた。

「やっと、やっとだなあ……!」

 そして…短剣から聞こえていたバチバチという音が消え、魔視眼鏡からは視えにくいほど指輪の魔力は弱まってしまった。
 レクサスははあはあと荒い息をしながらリアに覆いかぶさろうと笑いながら近づいていく。

「冴えないあのおっさんよりも俺の方がイイって分からせてやるよ」
「えーと、それはやめてもらっていいかなあ?」

 慌てて声の方向に振り向くレクサス。

 そこには、赤毛のもじゃもじゃ頭を掻きながら。

 肩で息をしながら。

 足を痛そうに引きずりながら。

 苦笑いを浮かべる冴えない『あのおっさん』がいた。

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