【ライトノベル?】Vオタ家政夫#21
クビになったVtuberオタ、ライバル事務所の姉の家政夫に転職し気付けばざまぁ完了~人気爆上がりVtuber達に言い寄られてますがそういうのいいので元気にてぇてぇ配信してください~
21てぇてぇ『覚醒する瞬間ってぇ、感動するもんなんだってぇ』
『俺の声を聞いてください。画面の向こうでコメントを送り続けますから、見つけてください』
『え?』
『俺のコメント探してみてください。今日話してみた感じでなんとなくでいいんで、俺っぽいなあと思ったコメントを。少しでも力になれるようなコメントを送るんで。あ、でも、プロレスもしたいから、ちょっと意地悪なコメントも送るかもです』
『……あ、もう。ふふ、はい、そうしてみます』
あの時、笑顔で微笑んでくれた彼女のもう一つの姿が画面に現れる。
真っ白なショートの髪に雪の結晶を飾った女の子。
雪国で凍える寒さに耐えながら、いつか蝶として羽ばたくのを夢見ている女の子なんだそうだ。
『え、えと、あの……』
早くも詰まりだす。まあ、最初が一番きついだろう。
なんせ大事故配信のあとだし。
俺はコメントを送り続ける。
〈こんばんはー、さなぎさん〉
〈大丈夫?〉
〈まさかもう泣いてる?〉
『あ……! あの、こんばんは』
〈こんばんはー!〉
〈挨拶できたね〉
〈かわいい声ー〉
彼女は弾んだ声で何かを見つけ、ようやく喋り出す。
『あ、あの、前回の配信では泣いちゃってごめんなさい』
〈いいよー〉
〈初配信だもんね〉
〈緊張しちゃった?〉
『そ、そうなんです……すっごく緊張しました。で、あの、前回はほとんど紹介できなかった自己紹介を』
〈やたー〉
〈教えて教えてー〉
〈前回、事故紹介だったからね〉
『あ……もう、前回は事故の紹介だったなんで、いじわるですね』
〈かわいい〉
〈かわいすぎる〉
〈事故することはあるよ〉
さなぎさんは、声を弾ませ一つのコメントを読み上げる。
そして、いろんな質問にも答えていく。
『好きな食べ物はですね、りんごです。ふふ……まるかじります。……がぶりと』
〈意外と野生児〉
〈かわいい〉
〈いい声だね〉
『あは。いい声……ありがとうございます』
〈かわいいがすぎる〉
〈笑った声がいいね〉
〈ずっと聞いていたい〉
もう見えない不安に怯えていた彼女はいなかった。
楽しそうにファンと会話をする天使のような彼女がそこにいた。
彼女はひとつひとつのコメントをじっと見て、ゆっくり考えて丁寧に答える。
人によっては遅いと感じるかもしれないが、それだけ一生懸命に丁寧に考えて、そして、答えようとしている姿は多くの人に好感を与えているようだ。
〈理想のタイプは~?〉
『あひゃっ!? えっ!? あ、り、理想のタイプですか……』
唐突な質問に焦ったり、戸惑ったりするかもしれないけど、それでも、彼女はもう折れないだろう。彼女の理想を、夢を、みんなの友達になるために。
『内緒です☆ ふふふ』
Vtuberの姿は偽りの姿というのだろうか、この姿だからこそ、より伝わることや正直になれることがあると俺は思う。
『じゃあ、最後に、一曲だけ歌いたいと思います』
〈え、この状態で?〉
〈アカペラ?〉
〈大丈夫?〉
十川さなぎは、一度だけ大きく深呼吸をして、歌い始めた。
曲は『つぼみ』。憧れの高松うてめの曲。
それをアカペラで、しかも、100万人達成した時の曲を歌うなんてある意味挑戦的だ。
それでも、彼女は歌った。
歌いたいから歌った。
そのむき出しの、恐ろしいほど純粋な思いがリスナーにも伝わったのだろう。
そして、思いとは別にもう一つ。彼女の歌の力を。
〈すげえ〉
〈涙出てきた〉
〈うますぎじゃね?〉
【ワルプルギス】が彼女にこだわった理由はいろいろあるが、一番はこの圧倒的な歌唱力だった。
シンプルに人の心を動かす力を持った歌の力。
俺もオーディション動画を特別に見せてもらったときに震えた。
彼女はみんなの友達になれる。
みんな友達になりたがると。
『つぼみ』は、Vtuberという夢を叶えたうてめが、ファンに夢を叶える力を渡すという曲だ。同じ曲だけど、今、さなぎが歌っているのは、つぼみのうてめへのアンサーソングに聞こえる。
あなたのお陰で、私は今ここにいる。ありがとう。
そんな思いがこもった熱唱だった。
『ありがとうございました。今日は、あの、本当に、みんなとっ……ちゃんとお話しできて、よか、よかった。さなぎは、立派な蝶になります。みんなと一緒にもっともっとたかまつて、すごい景色を見に行きたいと思います。では、また次の配信でお会いしましょう』
深々とお辞儀をしたかと思うと一瞬で終わった。
この余韻のなさというか慌てっぷりが彼女らしいというかまだまだ新人というか……。
俺は苦笑いを浮かべながら立ち上がり、部屋を出ようとする。
今日は何かあった時も含め、特別に【ワルプルギス】で配信を見させてもらっていた。
「さなぎには会わないの?」
気付けば、社長さんがいた。
「いえ、もう彼女なら大丈夫でしょう。あとは、皆さん次第で」
「本当にありがとう。あのね、ウチでマネージャーをする気とかはって言いたいのだけど、争奪戦が始まりそうだからね。まあ、もしよければ、困ったら力を貸してくれないかな?」
「Vtuberの力になれるならいくらでも」
社長は少し目を見開き笑う。
「……ふふ、助かるわ。まったく【フロンタニクス】も馬鹿ね。こんな有能な人を捨てるなんて……まあ、それが今の状況なんでしょうけど」
「あの、もし、ガガみたいな子がいたら、できるだけ力になってもらえないでしょうか? できればでいいので」
「あなたの力が借りれるならお安い御用よ。これからもよろしくね、最高のファンさん」
俺は、社長と別れ、【ワルプルギス】を後にする。
さて、早く帰らないと姉さんが心配する。
「天堂さん!」
振り返ると、さなぎさんがいた。
俺を探していたんだろうか。肩で息をしている。
「あ、あの、コメントありがとうございました。天堂さんのおかげで……」
「さなぎさん、今日ね、実は、俺のコメント読まれてないんだ」
「え?」
「君が、俺のコメントだと思ったものは、全部ほかの人のコメントだったんだ」
「そんな……ごめんなさ」
「謝っちゃだめだ。謝る理由がない。……俺はね、特別を求めてないから。俺は、特別じゃないんだよ。俺は、みんなと同じ君のファンだ。君の力になりたいし、君を力に頑張れるんだ。俺だと思って読み上げたコメントは俺じゃないよ。でも、君は見つけた。君のファンのコメントを。『俺達』の声を。大丈夫、君は愛されているし、君は出来る、出来るんだよ」
「……はい」
彼女の瞳に光が差す。
彼女なら大丈夫。
彼女は自分の友達に気づけたから。
「でも、天堂さん」
「うん?」
さなぎさんが俺に近づいて上目遣いに見つめている。
ふわりと花のような甘いにおいがする。
「天堂さんが私の特別じゃなくてよくても、私は天堂さんの特別になりたいから。一番好きなVtuberになって欲しいから。私、頑張りますから。見ててくださいね。そして、手伝ってくださいね」
小さな子供のように悪戯っぽく笑う彼女は、とても純粋で眩しくて、これから輝き、羽ばたいていくであろう新たなVtuberの誕生に俺は目を細めることしかできなかった。