「白髪、老け顔、草食系のロマンスグレーですが、何でしょうか、お嬢さん?~人生で三度あるはずのモテ期が五十路入ってからしかも、一度で三倍って、それは流石にもう遅い、わけではなさそうです~」第1話

あらすじ:300字まで
五十路の男、福家拓司(ふけ たくじ)は老け顔で恋愛運に恵まれず、フラれたり嘘告白をされたりし恋愛について諦め、バイト時代から働いていた喫茶店での仕事に一生懸命だった。だが、女オーナーが入院中にオーナーの息子からクビを言い渡される。路頭に迷う福家に声を掛けたのは喫茶店常連の南。南に誘われ、福家は執事喫茶に。福家は気づいていなかった。自信のとんでもないスペックと好意を寄せる女性達、そして、人生で三度あると言われるモテ期がたった一度ながら3倍でこれからやってくることを。人を察する力に長けたロマンスグレー執事が迷えるお嬢様達を救う物語。

 

 

第1話:五十路、捨てられる拾われる。

私の名前は、福家拓司(ふけ たくじ)。
喫茶店勤務。20代のころからオーナーである小野賀さんに気に入られ、ずっと働いており、将来はマスター、店長を継ぐ話も出ていました。そんな私ですが、

「え? なんですって?」
「耳も遠いのか? だから、じいさん。あんた、クビ」

クビになってしまいました。
クビを宣告したのはオーナーである小野賀小鳥(おのがことり)さんの息子さん小野賀一也(おのがいちや)さん。
小鳥さんが入院中で、見習いとして入った一也さんが仕切るようになったらしく、そこから私の状況は一気に変わってしまいました。
というか、クビになりました、いきなり。

「あ、あの、何故でしょうか?」
「え? うそ? わかんねえの? ウチってさ、今、めちゃくちゃ女性客多いのよ」
「はあ」

確かに分かります。
以前は小鳥さん目当てなのか男性客ばかりでしたが、どんどん女性客が増えているのです。
私は、やはり、一也さんみたいな若い人がいると客層も変わるんですかね、と言っていました。

「そんな中であんたみたいな辛気臭いジジイが居たら、テンション下がるだろ!」

『辛気臭い』『ジジイ』『テンション下がる』

その言葉達が私の中で響き渡ります。

ジジイと言われましたが、私は今年50歳になったばかりです。
まあ、20代の一也さんからしてみればジジイなのかもしれませんが、ジジイ呼びには慣れています。
なんせ私は中学生のころからあだ名が『たくじいちゃん』でしたから。

********

「たくじいちゃん! 宿題やってきた? 見せてくれない?」

そう言って笑いながらこちらに近づいてきたのは、幼馴染の外岡美香です。

「美香さん、ええ、いいですよ。どうぞ。でも、次からは自分でやるんですよ」
「もう! たくじちゃんったらほんとにウチのおじいちゃんみたい。は~い、たくじいちゃん!」

美香さんとは幼い頃からご近所さんで幼馴染でした。
ですが、向こうは非常に童顔で小柄、アイドルのような容姿。
一方の私は、老け顔で背が高く、しかも若白髪でした。
その上、私はこういう性格なので、もう本当におじいちゃんと孫のような関係で、世間一般で言う幼馴染との恋という感じではありませんでした。

「へへ! たくじいちゃんに宿題借りてきた!」
「じいちゃん、良い人よね~。でも、ほんとおじいちゃんみたい」
「そうなのよ! たくじいちゃんって、見た目だけじゃなくて中身もおじいちゃんなんだから!」

そう、私は中身も老けていたのです。
私は、幼い頃から祖父の元で育てられ、祖父の趣味に付き合っていました。
囲碁・将棋・ガーデニング・クラシック鑑賞・盆栽・ゲートボール。
嫌いではありませんでしたし、なにより、一緒にやってるとおじいちゃんが喜んでくれました。
テレビもおじいちゃんにチャンネル権は譲っていました。
幼い頃から祖父と一緒にテレビを見ていた私にとって、流行りの番組はさほど興味のないものだったのです。
そんな私がどのように育つかというと、環境は人を育てる。
私は、祖父のような穏やかな、そして、かなり落ち着いた人間になってしまったのです。
とはいえ、私も人並みの恋もします。
そして、その時恋をしたのは一つ上の先輩、佐野真由美先輩でした。
ラブレターを送り、体育館裏に呼び出し、想いを伝えると、佐野先輩は微笑みながら言ったのです。

「ごめんね、私、おじいちゃんはちょっと……」

おじいちゃんでした。
一つ上の佐野先輩にとって私はおじいちゃんでした。

しかも、その後偶然佐野先輩が友達と話しているのを聞いてしまったのですが

「いやー、流石にない! ジジイだもん! あの子!」

『ジジイ』

そうして、私の、ジジイの中学の恋は終わりを告げたのでした。

高校生になり、アルバイト先の大学生、下平陽子さんに恋をし、想いを告げると。

「いやあ、ちょっと……正直なところ、福家くんって落ち着きすぎてて、話しててもテンション下がっちゃうというか」

『テンション下がる』

そうして、私の、話しててもテンション下がるジジイの高校の恋は終わりを告げました。

大学生になり、私は合同コンパでお会いした10歳上の上杉恵美さんの大人っぽさに惹かれ、お付き合いのお願いをさせていただきました。すると、

「んー、福家君はさ、ちょっと辛気臭くて、私、苦手かなー」

『辛気臭い』

そうして、私の、辛気臭くて話してるとテンション下がるジジイの恋は終わりを告げました。

しかし、なんと辛気臭くて話してるとテンション下がるジジイの私にもようやく春が。
しかも、お相手は同級生の内野美穂さん。
内野さんから告白されまして、私はお友達からでということでお話を受けさせていただきました。
内野さんの天真爛漫な姿に私は少しずつ惹かれていきました。
ですが、その後、衝撃の事実を知ることになるのです。
その告白は後に言う『嘘告』というものでした。
実は、内野さんは同じゼミの横河君と付き合っており、私がどこまで夢中になるか二人で賭けをしていたそうです。
私が、内野さんとお出かけすること七回目、遊園地での出来事でした。
私は勇気を出して改めて、私から告白をしたのです。
すると、内野さんは、

「あ、あのね、福家君」

内野さんが何かを言おうとすると、不機嫌そうな横河君が物陰から出てくるではありませんか。

「おい、福家。七回もあとつけさせて俺を負けさせるなんて分かってやってんじゃねえか?」

何も分かるはずがありません。ですが、私は混乱した状態で横河君から何度も殴られてしまいました。

「クソジジイが! てめえがモテるわけねえだろ! ばーか! 美穂、賭けはお前の勝ちだ。約束通りなんでも奢ってやる。何がいい?」

そう吐き捨てて去って行く横河さんと内野さんの足音を聞きながらボロボロの私はようやく気付いたのです。アレは全てうそだったのだと。
そうして、私は、クソジジイの私は、自分に恋なんて出来ないのだと諦め、せめて、社会の役に立とうと卒業し、アルバイト先のオーナーを助けるべく、そのまま就職したのでした。

*********

「おい、ジジイ! 聞いてんのか!」

ですが、ここでも私は役立たずのクソジジイだったようです。
何事も諦めが肝心。
私は、付けかけていたエプロンを外し、深々と頭を下げます。

「今までお世話になりました。オーナーにもよろしくお伝えください」
「お、おう」

私はエプロンをたたむと、荷物をまとめ、店を後にしました。
少しだけ歩いて振り返ると、焦げ茶色の趣ある喫茶店【カルム】。
長年働いたその居場所を離れることを実感すると涙が零れてきました。
今でいう誰得です。私のようなクソジジイが泣いたところで。
でも、なんでしょうか。
私も私なりに一生懸命やってきたのに。
そう、くやしい。
くやしい!
クソ!
クソ!
クソ!

私は嗚咽を漏らしながら泣いていました。
クソジジイの癖にみっともなく。

「え? 福家さん!?」

私の名前が呼ばれました。
けれど、振り向くわけにはいきません。
こんなジジイのぐしゃぐしゃな泣き顔お見せするわけには。
そして、この人には特に。

「あ、南さんですね。その声は、あはは……」

南さんはウチの……いえ、もうウチでもありませんがカルムの常連さんで出社前に一息入れるためだけに短い時間にも拘らずご来店下さるお客様です。
そのような方の足を止めるわけには。

「どうしたのよ! こんな所で」
「いえ、なんでもないんです。それよりカルムへ向かう途中だったのでは……」
「いや、まあ、そうなんだけど、でも、福家さんが……」
「ああ、私の事はお気になさらず」

私が辞めたと知れば、優しくて私なんかにも気を使ってくださる南さんであれば、心を痛めて今日の一杯を楽しめないかもしれません。
こんなクソジジイでも。

「気になるわよ!」
「え……?」

私はぐしゃぐしゃの顔にも関わらず振り向いてしまいました。
だって、いつもクールで格好の良い南さんが大声で叫んだのですから。
そこには、いつも通り美しい黒髪ロングでハリウッド女優なんかも顔負けのプロポーションの身体に優しいクリーム色のスーツを着た美しい女性が、少し泣きそうな目で、大きな勝気そうな瞳を曇らせて、こちらを見ていました。

「福家さん、お願い、何があったか、話して……私じゃ、駄目……?」

南さんは確か30代。20も下の女の子にこんな顔をさせて情けない。
私は南さんにしっかりと謝り、事の次第をお話させていただきました。

「っはあ!? 辞めさせられた!? 本気で!?」
「はい……なんともお恥ずかしい話ですが……」
「ちょ、ちょっと待ってね!」

南さんが私の言葉を遮り、どなたかに電話をかけます。

「……あ、ちょっと、先輩! 先輩の息子、福家さんクビにしたって今福家さんから聞いたんだけど!」

小鳥さんへの電話でした。いやいや! 小鳥さんにまでご迷惑をかけるわけには。
そう思い、私は南さんに電話を辞めてほしい旨をジェスチャーで伝えますが、南さんは大丈夫だという風に手で私を制し聞いてくださいません。

「……うん、そう、分かった。じゃあ、いいのね。ふ~ん、いいのね。分かった」

南さんは電話を切ると、私の方へ歩いてきます。
なんだか口が、こう、もにゃもにゃとしてらっしゃいますが、何処か痒いのでしょうか。

「福家さん」
「はい」
「私の店で働かない?」
「え? なんですって?」

いやですね、年を取ると本当に耳が遠くなって。

「私の店で働いて!」

南さんが私の腕をとって、自分の元へと引き寄せます。
腕に柔らかい感触が、あの、すごくよいああ、これは、石鹸の匂いですかね、あと物凄く近くて体温が、見ると、南さんも顔を真っ赤にしています。

夏だからでしょうか。
だって、こんなジジイに南さんのような美しい女性がドキドキしているはずがありません。
いや、私の方が年甲斐もなくドキドキしてお恥ずかしい限りですが……。

「ねえ、聞いてるの! 私の所に来てって言ったの!」

あれれ? 先ほどとちょっと違っているような気がしますが、一先ず置いておきましょう。

「あの、お店というと」
「あ、そうか。福家さんに具体的な私のお店の話してないもんね。ウチはね、カルムとは違ってコンセプトカフェをやっているの」
「こんせぷとかふぇ?」
「そう! 執事喫茶!」
「しつじきっさ?」
「福家さん! 最強ロマンスグレー執事として、ウチで働いて!」
「え? なんですって?」

いやですね、年のせいか耳が遠いもので。

「お、おお……?」

気付けば、私は半ば強引に南さんに手を引かれタクシーに乗せられやってきました。

執事喫茶【GARDEN】
ここが南さんのお店のようです。
やさしいクリーム色と沢山の元気な植物たちが印象的です。

「さ、入りましょう」

なんだかウキウキしている南さんに連れられて店内へ。

強すぎないランプ風の照明と、重苦しくない程度のしっかりした家具。また、所々の生花と造花、植物のバランスが絶妙で、癒しの空間といった雰囲気で、素晴らしいです。

まだオープン前のようで数人のスタッフの方が準備をしていらっしゃいます。

「おはようございます、オーナー」
「おはようございます」

南さんがスタッフの方たちと挨拶を交わしながら颯爽と歩いていきます。
私も邪魔にならないように静かに後ろをついていくのですが

「うわっ! びっくりした」
「え? だれ?」

あまりにも存在感が希薄なのかとても驚かれます。

そして、南さんは金髪の男性を見つけ、声を掛けます。

「おーい、若井君」
「はい、ここに。それで、どなたです、この方? お客様?」
「違う違う。この人、ウチで採用しようかと思って」
「ん? 白髪? この感じ? もしかして、福家さん?」
「そう!」
「ああ、あんたが噂の!」
「うわさの?」
「いやあ、オーナーがことある毎にあんたをひきあびっ……」

金髪の男性が真横に吹っ飛んでいきます。
どうやら南さんの肘が当たってしまったようです。

「ちょっと! オーナー!」
「若井~、あんた余計な事言ったらどうなるか分かってるよね~」
「へいへい、黙りまーす」

どうやら南さんは私の話をここでもしていらっしゃるようです。
なんでしょうか、福家みたいになりたくなければがんばれみたいな事でしょうか。

「あ、あの、それより、この方は?」
「ども~☆」
「若井蒼汰。これでもウチの古株で、教育係」
「ああ、やっぱり」
「「やっぱり?」」

お二人が顔を見合せ、同じタイミングでこちらを向きます。
仲が良くて微笑ましいです。

「言葉遣いは軽そうですが、南さんが入ってきてからは常にこちらを意識してらっしゃいましたし、スタッフの皆様も、若井さんの方を意識しながらお仕事を。あと、非常に身のこなしが美しく丁寧で見惚れてしまいました」

私がそう言うと、お二人はまた顔を見合せてらっしゃいます。
なぜ?
私、何か粗相してしまったのでしょうか?
ジジイの癖に生意気だ、とかでしょうか?

前のオーナーにもよく、「自分のことになると鈍感のニブチン」と言われていました。
ああ! 年寄りは感覚が鈍くていけません!

「いや~、流石オーナーの見込んだ男っすね」
「でしょ」

執事喫茶【GARDEN】のオーナーであり、元居た喫茶店カルムの常連様、南さんと、GARDENの教育係、若井さんがツーカーで会話をしてらっしゃいます。
私の発言が何か不快にさせたかと思ったのですがどうやらそうではなかったようです。

「で、この人をここで働かせると」
「そいうこと」
「いつから?」
「一か月で一人前にして」
「マジで言ってます?」

お二人の会話のテンポが早すぎてついていけません。
おろおろとしていると若井さんがこちらを向いて話しかけてくださいました。

「あー、まあ、あの、結構コンセプトカフェと喫茶店って違うと思うんで、その辺に苦労するかもですけど、一先ず頑張ってみましょうか」
「はい、よろしくお願いいたします」

働ける場所を頂けるなんて有難い。
私は誠心誠意働くつもりであることを姿勢で示そうとしました。

「おおぅ……なるほど」
「ね? この人のリズムが既にこれなのよ」
「確かに。ある意味日本人離れっすね」

なんでしょうか? 褒められているような貶されているような……。

「あの……」
「あー、まあ、細かいことはおいといてまずは店の中を案内しますわ」
「私も行く」
「めずらしぃでえええ!」
「余計なこと言うな」
「ふふ……お二人は仲良しなのですね」
「そんなことないからっ!!!」

南さんが突然大声をあげられました。
私、何かやってしまったでしょうか……ああ、年寄りは空気が読めなくていけません!
南さんは真っ赤な顔で口をパクパクさせると、走り去ってしまいました。

「あ、あの……!」
「あー、大丈夫っすよ。えー、そうっすね。福家さんから『私も南さんともっと仲良くなりたいです』とか言ったら多分おっけっす」

若井さんのアドバイスに従い、南さんにそう告げると真っ赤な顔はおさまりませんでしたが、一緒に付いてきてくださるようになり、ほっと一安心。
流石、先輩、勉強になります。

そして、店内の色んな所をご案内頂き、つい年甲斐もなく興奮してしまいました。

「どうっすか、福家さん?」
「いや、素晴らしいです。元居た喫茶店も良い物を使っていましたが、こちらのはなんというか趣のあるもので、その空気感も含めてご満足頂けそうな、なるほど、これがコンセプトカフェなんですね」
「……その通り、喫茶店はコーヒーだけでなくそれを楽しむ時間も含めてじゃないですか。コンセプトカフェはより自分の為の、自分の好きな空間に入り込んで楽しみたい方の為の場所なんです。だから、ここは執事喫茶、お客様はお嬢様、お坊ちゃま、ご主人様となり、自分の為の時間を贅沢に過ごしていただく空間なんです」

若井さまは、にこりと微笑んで教えてくださいます。
私は知りませんでした。こんな世界もあるのだと、五十になっても学ぶことは沢山あるのだと痛感しました。

「ふけさん、ゆっくり慣れていってくれればいいからね……」

南さんも微笑みながら優しい言葉をかけてくださいます。
ですが、どこか……

「あの、南さん」
「ん? なあに? ふけさん」
「差し出がましいようですが、コーヒーか紅茶淹れましょうか?」
「……え?」
「今日はカルムに行かれずに私をこちらに連れてきていただいたので……いえ、必要なければ」
「飲む!」
「良いんで、え?」

前のめりに私に迫る南さん、相変わらず石鹸のような爽やかな匂いに年甲斐もなくドキドキしてしまいます。

「飲む! 福家さんのコーヒー飲みたい! し、しかも! わ、私の為に淹れてくれる珈琲!? 飲みたい!」
「あ、いえ、カルムに居た時も、南さんの珈琲は南さんの為に淹れてましたよ」
「意味合いが違うのよ! これは言わば、プ、プライベートで淹れてくれる珈琲でしょ!」
「はあ」

南さんの興奮度合いが私のような年寄りには分かりかねますが、珈琲をご所望であれば、淹れさせていただこう。こんな年寄りを拾ってくださるんだ。少しでもお役に立たねば……。

「少しばかりお借りしますね。では、……真心込めて、作らせていただきます」

私は、エプロンをお借りし、珈琲を淹れる。
丁寧に丁寧に心を込めて。

「どう? 若井君?」
「淹れ方は別に普通っすね。教科書通りというか……いや、完璧に教科書通りってのが逆に凄いのか?」
「んふふ、そうよ。ただひたすらに限りなく丁寧。飲む人だけでなく、豆や道具にも。ねえ、耳澄ませてみて」
「ん? いや、特別な音はなんも聞こえねーっすけど……! は?」
「そう、福家さんは余計な音を一切立てない。珈琲の作られる音を楽しんでもらうために、消すの。自分の足音さえも。とにかく不快の可能性を消し去り、己を殺し、誰かのために、何かの為に全てを捧げられる」
「いや、忍者じゃねーっすか」

お二人の声が聞こえます。忍者、いいですね。
時代劇は祖父の影響で大好きです。
そんなことを考えてる間に、珈琲は出来上がります。
今日の珈琲は……。

「お待たせしました」

私は、南さんの前に珈琲を置きます。

「余計な音が全然しねー……! んでも、カップを置いた音はちゃんと聞こえる。こわ」

若井さんがぼそりと呟きますが、私の耳が遠いのか小さくてよく聞こえませんでした。
一方、南さんがちょっと大きな声で私を呼びます。

「あの、福家さん」
「はい?」
「お、お願いがあるんですが!」

南さんが声を上ずらせながら上目遣いにこちらを見てきます。
大変愛くるしく、年甲斐もなくドギマギしてしまいます。

「なんでしょう?」
「あの、ちょっと、試験として、なんですが、『お嬢様の為に淹れたモーニングコーヒー、お持ちしました』って、言ってみてくれませんか!?」
「ぼふっ!」

なるほど……試験も兼ねていたのですね。流石、南さん、やられました。
後ろでなにやら咳き込み始めた若井さんを睨んでらっしゃいますが、続けてよいのでしょうか。

私は南さんの傍に近づきます。
なんせ、若井さんが声を上げて笑い出したので、少々騒がしく聞こえづらいかもしれません。それにこんな機会を下さった南さんの好意を無駄には出来ません。

「あの、福家、さん?」

本当にありがたい。優しい方だ。

私は、そっと南さんの耳元に顔を寄せ、五月蠅くなく、かつ、しっかりと聞こえるようにお伝えします。

「私を拾ってくれたお嬢様の為に、心を込めて淹れさせていただいたモーニングコーヒー、お持ち致しました」

あ。
年寄りは駄目ですね。
物覚えが悪く、課題の言葉はこんなに長くなかった気がします。
南さんも怒っていらっしゃるのか、顔を真っ赤にしてプルプル震えていらっしゃいます。
情けない。
ほら、若井さんも大笑いを始めてしまいました。

「あの、南さん?」

私が声を掛けようとすると手で制されてしまいました。

「ちょっと……待ってください……もう、キャパオーバーで……!」

何が良くなかったのでしょうか。
そこまで悩ませてしまうとは……!

「あーあー、大丈夫大丈夫。心配しなくていいっすよ。ちょっと待ってれば」

ひいひい腹を抱えて笑いながら若井さんが私に話しかけてくれます。
大丈夫とは?

ひとまず、先輩である若井さんのアドバイスに従い、私は静かに待ち続けました。
すると、南さんが大きく深呼吸を一つ。
そして、ゆっくりと私の珈琲に口を付けてくださいました。

「……ふう」

よかった。飲んでくださった。
なんでしょう、今日のこの達成感は。

「若井さん……! 南さんが私の淹れた珈琲に口を付けてくださいました……!」
「んんっ……!」

感動を出来るだけ小さく若井さんに伝えたつもりですが南さんにも聞こえてしまったようで、少し咽てしまったようです。
なんでしょうか、もしかして、口を付けるという言葉が若い方が言う所の『キモかった』んでしょうか。
申し訳ない……その上、少しその声が色っぽかったと思ってしまう私はなんという色ボケジジイなんでしょうか、拾って下さった方に、情けない!

「南さん! 私は、一生懸命真面目に働いてみせますので、どうかお側にいさせていただけないでしょうか!?」
「は、はひ……よ、よ、よろこんでぇえええ!」

南さんは、顔を真っ赤にしてどこかへ駆けて行ってしまいました。

「あ、あの、若井さん」
「あー、じゃあ、また魔法の言葉を『南さんと一つ屋根の下で一緒にお仕事出来るなんて幸せです』って言えば、大丈夫です」
「なるほど!」

私は、その後、南さんを見つけ、若井さんから教えて頂いた魔法の言葉をお伝えしました。
そうすると、南さんはまた顔を真っ赤にさせてどこかへ行ってしまいました。

そして、背後で大笑いする若井さん。

若井さんのうそつき……。

そして、若井さんの丁寧な指導のもと、一か月が過ぎました。
未熟な私を、若井さんは厳しく突き放し成長を促してくださいました。

「ちょっと、若井君! 福家さんの指導途中から適当じゃなかった?」
「適当って言っても適切な方の適当ですよ。もう教えることないんですもん。一か月のつもりの研修が、半分で終わっちゃいましたからね……っていうか、研修期間でファン出来ちゃってるし……」
「ははは……皆さん、お優しい方ですから、新人の私に自信をつけさせようとしてくれたんでしょう」

私がそう言うと若井さんは呆気にとられたような顔をして、小さく溜息を吐きます。

「こんな新人いねーっすよ」
「それもそうですね、お恥ずかしい」

若井さんの仰る通り、こんな年寄りに新人という言葉は似合わない。
いい大人が新人という言葉で予防線を張るべきではないな。反省せねば。

「絶対、違う事考えてるだろうけど、もうツッコまねーから」

私は、黒のユニフォームに身を包み、胸に名札を付け、お出迎えの準備を始めます。
今日から一人前の従業員としてしっかり頑張らねばなりません。
名札にはこの店での名が刻まれています。

『名前を、変えるんですか?』
『一応っすね。まあ、別世界を楽しんで頂くためにも、我々もなり切る為にもあったほうがお互いいいんすよ。ちなみに、俺は千の金の楽しみで、【千金楽ちぎら】』
『素敵な名前ですね。ええと、私は……』
『ああ、福家さんは大丈夫。オーナーが考えてくれてますから』
『そうなんですか?』
『ええ、うん、あの、その【白銀しろがね】ってどうかしら? 福家さんの髪色にも合うんじゃないかと』
『白銀……そんな名を頂いてよいのでしょうか』
『だいじょーぶだいじょーぶ。だって、これ、ずっと前からオーナーが福家さん用びっ!』
『余計なこと言うな』
『え? なんですって?』
『なんでもないわ! それより、その名が恐れ多いなら、これから頑張ってその名にふわさしい仕事をしてちょうだい!』
『かしこまりました!』
『(モテすぎると困るから)ほどほどに!』
『(年寄りが無理せず)ほどほどにですね分かりました』
『……絶対ズレてるけど、まあ、おもしろそうだからいっか!』

胸で輝く【白銀】の二文字。自分のこの髪を誇りに思う日が来るなんて……。

「さあ! 福家さん、改め、執事【白銀】! みんなを幸せにしてあげてちょうだい」

弾けるような南さんの笑顔。
ありがたい。もう一度私に頑張れる場所を下さった。
その期待に応えたい。

「ご主人様の仰せのままに」

南さんと若井さんがプルプル震えています。
何かまたやらかしてしまったのでしょうか。

第2話:https://note.com/dabunguru/n/nbc90b1b498a5

第3話:https://note.com/dabunguru/n/nfe92a23483af

第4話:https://note.com/dabunguru/n/nd701e277ef4e


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