英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない#17

第17話 おじさんはハテナがいっぱい

「はあ……」

 【呪術師の塒】攻略の翌日の休養日、ガナーシャはタナゴロの街を歩いていた。

「うふふ」

 ニナと一緒に。

「ね、ねえ、ニナ。君はゆっくり休んでいていいんだよ」
「いえいえ、いつもガナーシャさんには荷物を持ってもらってますから。たまには、お手伝いさせてください」

 ニコニコ顔でそう言うニナとは対照的に、苦笑いを浮かべることしか出来ないガナーシャ。
 何と言っても、ガナーシャには周りの視線が痛い。
 物静かで落ち着いた雰囲気の美少女であるニナが冴えないおっさんである自分と歩いているだけでもガナーシャはプレッシャーでどきどきしていた。

「あの……ご迷惑、でしたか?」

 ニナがガナーシャの様子を見て心配そうに聞いてくる。

「ああ、いや、ニナは悪くないからさ。気にしなくていいよ」
「ですよね。では、行きましょう」

 いきなりあっけらかんと微笑むニナに、え、と驚き、ガナーシャは観念したように笑い、ついていく。
 そして、ガナーシャの目的である薬屋に立ち寄った後は、結局ニナの買い物にガナーシャは付き合わされるのだった。
 楽しそうに鼻歌交じりで歩くニナがふと足を止める。

「あら? あれって……」

 ニナの視線の先には、リア。
 ニナとは対照的に、明るく活発で周りを元気にさせるような美少女がこちらに向かって歩いてくる。
 そして、その後ろには……。

「レクサスと一緒だね」

 ガナーシャはリアの後ろにいるレクサスを発見してニナに話しかける。
 リアもこちらに気付いたようで、後ろのレクサスをちらりと見ると慌ててこちらに駆け寄って話しかけてくる。

「ガナーシャ! ニナ! あの! ち、違うのよ! これは別にデートとかじゃなくて! 偶然一緒になって」
「あ、そ、そうなんです! デートじゃありません! デートだと、リアさんが駄目だって言うんで……」
「レクサス、さん……それ、魔視眼鏡、かな……?」

 ガナーシャは、近寄ってきたレクサスが眼鏡を掛けていることに気付き、話しかける。
 魔視眼鏡は、鑑定眼鏡のように詳細が分かるわけではないが、魔力の発生を視ることが出来る眼鏡でかなりの高級品だった。
 そんな魔視眼鏡を恥ずかしそうにくいと上げながらレクサスが口を開く。

「あ、そ、そうなんです……あの、リアさんが眼鏡がお好きのようなので……それに、少しでもリアさんのような冒険者になりたくて、少しでも魔力探知出来るようになりたいなと思って。へ、変ですかね?」
「いやあ、男前は何つけても似合うね。かっこいいよ」

 ガナーシャがそう言うとレクサスは小さくはにかむ。

「あ、ありがとうございます……よかった、リアさんは何も言ってくれなかったので、似合ってないのかなと」
「そ、そんなことは! あの、よく似合っていて、かっこいいと思います……」
「あ、ありがとうございます……」

 顔を赤くして俯きあう二人を見て居た堪れなくなったガナーシャはニコニコ笑うニナを引っ張る。

「あら? ガナーシャさん?」
「あ、ああ……なんだかお邪魔のようだし。行こうか」
「あ! そ、そういえば! 二人はなんで一緒に?」

 俯いていたリアがぱっと顔を上げ、ガナーシャ達に問いかけると、ニナは頬に手を添え小首をかしげて答える。

「うふふ、いつもガナーシャさんにはお買い物のお手伝いをしてもらっているので今日はお手伝いをしてあげようかと」
「そ、そうなんだ……いつもなんだ……あ、あの! その……えーと」
「??? どうされました? リアさん?」

 ガナーシャが遠目に話しかけるとリアは、その距離を目で測るようにしてニナとガナーシャを交互に見る。
 そして、顔を真っ赤にして、

「な、なんでもないわよ! ばか! 行きましょ! レクサスさん!」

 そう言って去って行く。

「あ、リアさん!? じゃ、じゃあ、また明日!」

 ずんずんと進んでいくリアを慌ててレクサスが追いかける様子をガナーシャは首を傾げてて見つめ続けた。

「まったくもお!」

 ぷんぷんと音が聞こえてきそうなほど怒りのままに歩き続けるリアを追うレクサスがくすくす笑う。

「あ……ごめんなさい、レクサスさんには関係ないのに」
「いえ、お気になさらず」

 リアがここまで怒っている理由は先程ニナとガナーシャと別れた後が原因だった。
暫くしてガナーシャが追ってきたのだ。

「ちょ、ちょっと待ってください~」

 足を少しだけ引きづりながら走ってくるガナーシャにリアは目を見開き、そして、少しだけ顔を赤くし、

「な、なによ……なんか、用……?」

 金髪をいじりながらガナーシャの方に向き直る。
 だが、

「あ、いえ、今回はリアさんにではなく、レクサスさんに」
「は?」
「その魔視眼鏡、よく見せてくれません?」
「は?」

 リアの無の表情の問いかけにレクサスが顔を強張らせながらガナーシャに魔視眼鏡を渡す。
 そして、受け取ったガナーシャは眼鏡を掛けてみて方々を見てみる。

「これって度を入れること出来るんですかね? いやあ、最近目が見えなくなってきてて……ははは。この見た目かっこいいし、どこで手に入れたものなんです?」
「は?」
「あ、ああ……これは、北にある魔導具の店で」
「はあ~、そうなんですねえ。いや、ありがとうございました。お返しします」
「は?」

 ガナーシャが微笑みながら魔視眼鏡を返し、レクサスが苦笑いを浮かべ受け取り、リアが無で見つめていた。

「ん? えーと、どうされました? リアさん」
「それだけの為に走ってきたの?」
「はい。いや、ほんと年には勝てませんね。目も悪くなるし、走ったら息は切れるし」
「あっっっっっっっっっっっそう!」

 それだけ言うとリアはまた早歩きで進みだす。

 自分自身でも何故こんなに怒っているのかも分からない。
 ただ、自分の予想していたものと違っただけだったのに。

(なによ、一緒にどこか行きませんか、とか……ああああ! なんでぇえ!? 違うでしょ! いや、別にそんな意味じゃないし! 仲間として仲良くなるのは別にいいでしょ! でも、でも、ああああ!)

 そうして、リアは感情のままに歩き出し、かなりの距離を進んでいたのだった。

「リアさんは……」
「はい?」

 後ろをついてくるレクサスがリアの前に回り、真剣な表情でリアを見つめる。

「ガナーシャさんのことが気になるんですか?」
「え、ええ、まあ。だって、なんか変なんですよ。あの人、すっごく弱いのに、時々物凄く頼りになって、あ、勿論モンスターを倒してるとかじゃなくて、不思議なんですけど……あのおじさんがいると安心するというか……色々アタシの知らないことも一杯教えてくれて、すぐにぼやくし、ケンに振り回されるし、ニナに怒られるし、でも」

 そこまで言いかけてリアは止まる。
 その先の言葉がなんなのか、今の心を表す言葉を探して言いよどむ。
 だが、その表情は、頬に薄く桃色が差し、口元は少しだけ緩み、熱っぽい目で何かを思い出すその表情は、雄弁に語る。
 レクサスは、小さく肩をすくめ笑った。

「なるほど。いや、まいったな」
「え?」
「いえ、こちらの話です。リアさん、もうついて回ったりしないので、一度だけ一緒に食事をしませんか? デートじゃなくていいので、ただの友人として、一度だけ」
「え……ええ、分かりました。かまいません、けど」
「じゃ! 行きましょう! 最後の晩餐に」
「最後の晩餐?」
「あ、いえ、こっちの話です。いやあ、リアさんと二人きりでなんていい思い出になるなあ」

 首を傾げるリアの可愛らしいきょとんとした顔に、レクサスは困ったような笑顔で応え、タナゴロの街を進み始めた。
 そして、

「いや、最後の晩餐ってそういう意味じゃなかったんだけどなあ!」
「レクサスさん! 右から来ます! 気を付けて」

 リアとレクサスは、大勢のゴロツキに囲まれていた。

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