日常の中の幸せ

昨年はとにかく仕事が忙しかった。

常にタスクが湧き起こり、常に時間に追われ、常に集中力が求められ、成果には責任が問われる。
企画の仕事は面白い。同時に、難しい。
自分の場合、十分な睡眠時間と心の余裕がないと、良い企画ができない事を知った。身体が健康で、頭がクリアで、ある程度のゆとりとか余裕がないと、多角的な検討ができず、結果的に良い企画とならないことを学んだ。
しかし、常に仕事と時間に追われ、想定外の出来事に振り回され、集中力の欠如から些細なミスが大事になり、チームの誰もがそれに気がつけず本当に事故になってしまったことは、終盤明らかに「限界」を迎えていた事に他ならないのではないか。

幸い、今は仕事も山を越え、テレワークが始まった事も相まって、できて当たり前だった事を取り戻しつつある。

まずは睡眠。睡眠が何事にも一番大切な事に改めて気づいた。睡眠が確保できないと、全てが崩れていく。
睡眠が確保されないと、1分でも長く寝ていたいからと、ギリギリまで寝てしまい、結果、朝大慌てで支度する事になる。朝食も、朝の身だしなみの整えも、家から駅までの通勤も、全て大急ぎだ。これは苦痛。朝からなんでこんなに大変な思いをしなければならないんだと、本当に思う。特に家から駅まで朝から革靴で走らなければならない時なんか、最悪だ、と思う。
それから仕事への悪影響。睡眠が足りていないと頭が回らない。ルーティンの仕事ならまだしも、純粋に企画をする仕事なので、頭が回らないと仕事にならない。仕事の優先順位もつける事すら難しくなってきて、考えが堂々巡りしてしまい、時間だけが無駄に過ぎ去っていってしまう。
それから健康への悪影響。これは、明らかに出てくる。身体がだるい。重い。肌が荒れる。頭皮が痒くなる。かさぶたになって、引っ掻いて出血し、更に悪化の悪循環。クマができたり、目つきが悪くなったりと見た目にも影響は出てくる。
それから心のゆとりへの悪影響。ゆとりが無いと、仕事は雑になり、人にもきちんと誠意もって接する事ができなくなる。人との関わりはチームで仕事をするにあたり最も重要な事なのに、これにゆとりがなくなると、雑な関わり方になってしまい、人間関係に悪影響をおよぼす。当然それは仕事の成果に繋がってくる。
睡眠は大事だと思いつつも、仕事が多すぎると、帰宅時に「仕事しかしてないな」という負の感情が湧き起こり、本能的に?仕事の為に生きているんじゃないと自分に言い聴かせる為にも、スマホでネットサーフィンをしてしまう。すると、また睡眠時間が侵食され、悪循環に繋がっていく。
睡眠がある程度確保されれば仕事の能率も上がり、プライベートの時間も確保されるはずだが、仕事量が多すぎると、いくら睡眠時間を確保してもそれも叶わない。諦めるしかないのだ。
ここに限界点が現れる事になるのだと思う。
一時期、プライベートを完全に捨て、睡眠時間だけを最重視し、仕事に邁進した時期が2週間くらいあった。その時は、睡眠が確保されているからうまく仕事は回す事ができたが、量が多い事からギリギリだった。仕事を回す為には睡眠を確保しなければならないと、強制的に規則正しい生活になった。すると、やはり健康的になった。しかしプライベートは完全に犠牲にしている。仕事人間だった。
仕事をギリギリ回すのと健康を手にする代わり、プライベートを犠牲にするという精神的ダメージ。最終的に、これは自分の中で破綻した。いくら身体的に健康でも、精神的健康を感じられなくなった途端、これまた本能的にこのままではダメだとストップがかかった。生きている意味がわからなくなったのだ。その途端、急に悲しさ寂しさ虚しさが込み上げてきて、精神が崩壊しそうになったのだ。
何事にもバランスが大切だ。心身ともに健康であるためには、仕事の絶対量がある。無理すると、長期的にみて続かないのだ。これは自らの体と時間を使って実験して得られた経験として、今年はその経験を活かして生活するように心がけたい。

話が逸れたが、睡眠を確保できるようになったのと、料理、掃除、趣味の時間が確保できるようになった。
料理は健康に直結するし、節約にもなる。健康的な食事が取れているという実感を得ることは、実際に栄養バランスがいいかどうかは置いといたとしても、その感覚自体に意義があると思う。
掃除は精神的健康に繋がる。綺麗好きな自分にとって、部屋の乱れは心の乱れそのものだ。常に綺麗な状態を保っていたいので、精神的ゆとりに繋がっている。
趣味の時間は、通勤時間がなくなった事により生まれた。通勤でスーツを着ること自体は嫌いではないが、やはり楽な格好の方が良い。革靴も手入れが大変だし履いてて楽ではないので、それらから解放されることは本当に精神的に楽だ。
しかし歩くという健康が損なわれる事、朝日を浴びるという健康が損なわれる事になるので、朝は決まった時間にとりあえず起き、近所を散歩するようにしている。これがまた良い。
普段は仕事鞄を持って通勤するわけだが、手ぶらで良い。陽の光を浴びながら、純粋に散歩だけを楽しむ。これほど気持ちいいことはない。目が覚め、頭の中がスッキリする感覚。歩くことだけに集中していると、雑念が晴れる。散歩から帰ってきた際はいい具合に体が目覚めているので、朝食が美味しく、仕事も万全の状態で開始する事ができる。
皆一様に話している事だが、通勤ほど精神的に良くないことはないと実感した次第だ。

テレワークをはじめ、これらメリットを挙げたらキリがないと感じているが、これを実現する為には、最終的には自己管理ができるかにかかっている。
毎朝決まった時間に起きる。寝る。食べる。運動する。仕事する。全てが、自己管理できないと、崩壊する。
規則正しく生活することは、予想以上に大変だ。家は誘惑が多い。食事、家事、仕事の全ての成果を得るには自己管理が必須。これが簡単にできないからこそ、それを自覚しているからこと、今こうして文章に残す事により、自身に対してリマインドしている次第である。
しばらくテレワークは続くであろう。そして続けたい。その為にも、自己管理ができるように、今年は頑張りたいと思う。

いいなと思ったら応援しよう!