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マスク姿でモノを云う術(コロナ禍の稽古風景2021)第8話

稽古中のマスクの着用について。

このご時世、例えば電車の中では必要不可欠なことを必要最小限に小さな声で言葉も少なに伝えること、なるべく喋らないことは社会人の嗜みとして身につけるべきものであるが、

芝居の台詞は如何(どう)だろう、そうはいかない。

マスクをしながら相手を怒鳴りつけ、嗚咽するような時に
大きく声を出して息を吸おうとすると不織布はすでに湿り気を帯びた水分が繊維の空気を遮断し吸おうとするマスクが口と鼻の周りに張り付く、満たされない未酸素状態のまま激しい感情とともに次の言葉を吐く、さらに足らない酸素を求めマスクのまま吸おうとすれば

だんだん相手役への意識が朦朧とし、稽古初期にやっと覚えたセリフの判断力は恐ろしく鈍り、消えかけた単語をさらに思い出しにくくさせる。

マスクとは、なんと不自由なモノか

そもそも
台本の多くはマスクを想定しないで描かれている。当たり前か。

この時勢、
コロナ禍のシェークスピア俳優はどんな稽古場を過ごすのだろう。
あの長セリフ、逆上の感情、葛藤の嗚咽。

むしろ、どんなマスクをしているのだろう。

演出の吉田テツタさんがバンダナ風マスクで稽古場に来た。
大判なハンカチを三角折にして後ろで結ぶ西部劇に出てくる銀行強盗みたいなヤツだ。
稽古場のみんなは思っていた
(テツタさん今日マスク忘れたのかな…)
待ちきれずに山口さんが
「てった君これ使ってよ」
と未使用の和柄模様のマスクを渡した。

「いやこれ、マスクです!ランナー用のやつなんです」

吸うときにはたくさん空気が吸えて吐くときにマスク効果があるもの。
自分からは排出しにくいモノをつけて来たのだ。
それいい!と僕は思ったが、次の日からテツタさんは普通の不織布のマスクになっていた。やはり吸う空気への無防備にリスクを感じたのだろう。

ちなみに僕は、何枚かのマスク用意し湿ったら少し我慢して使い、新しいもの変えることはしてみた。でも濡れてすぐに吸えなくなるけど、たいてい我慢して使い続けてしまうのだけど。

二月中旬。
「シバイハ戦ウ」台本の中盤まで演出の振り移しが完了した。
目白の劇場は地下スタジオの稽古も一週間が過ぎシーンはまだまだだけど、稽古の進みは速い。
次の週では山口雅義さんが合流した。

ひたすら芝居の流れ、目指すべき方向性を芯体に叩き込んで次々とシーンを作り週の最後で粗く通し稽古。

ここでの二週間は、ほんとに長かった。
四人だけの出演者、よくやるなぁと厳しい現場を
乗り越えてきた精鋭なんだと思った。

この頃
役者同士、セリフ以外はお互いあまり話さない、コロナ禍というのもあるだろうが空き時間も少しあいさつする程度だ。
僕なんか休憩中も芝居の集中の邪魔をしないように、気にしたりしてる。
そんな中、今回の最年長の池田さんだけは、なんか面白い話をしている。
スタジオの中央で大抵はテツタさんか演出助手の松岡さんが聞き役に僕たちも壁際に置いた自分の荷物の前でなんとなく聞いている。

でも、一寸(ちょっと)ずつ役者たちは歩み寄る。
「今日寒かったですね」や
「そのジャケットあったかそうですね」
その些細な一言、三言、がとても大切だと思っている。

なぜか。僕の場合だが
役者の中で確認している無意識なんだろうけど、
それはなんだろう
その人の底根の安心感みたいなものが欲しいのかもしれない。

稽古場は、ある意味、まる裸だ。
稽古着を着ていても、
人は普段、人前で服を全部脱がない。

よく言われることだけど、
芝居は心を丸裸にして晒(さら)す作業でもある。

稽古場とはいえ
「誰にでも見せたい」という人は別だろうけど
まぁ普通の感覚なら信頼する人に
その繊細な自分の柔らかい部分を晒す努力をしたいのだ。

そして
大抵の場合、その繊細な素(もと)の部分は人が見て面白いものじゃないだろう
(本物のヘンタイでなければ…)
多くは「魅せモノ」になっていないのだ。
それを稽古は丹念に絞り出し、
戯曲と役者と演出で、マコトとウソを調理し
その嘘ホントの魔法をかけ

人間の「出汁(ダシ)モノ」にして公演を迎える。

マスク姿の稽古場は
コロナ禍のたしなみ
相手役の語気の熱と
視線と素振りを頼りにして

まるで目ヂカラの仮面劇だ。

これは
僕らの芝居と、日常に
何を、もたらすのだろう

覆われ隠した口元に
人前で喋るなという禁策に

「語られない言葉」はどこにいくのだろう。

それはコロナ禍でもそうでなかった世の中でも
同じ事なのかもしれない。

「語られない」「語られたかった」ことを
現すのが、僕らの仕事の一つだ。

そうだ。
マスク姿で物言う術(すべ)こそ
僕らに必要な能力かもしれない。

この芝居。その言葉を、劇場で。

シバイハ、戦ウ



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2021/03/07 現在
【シバイハ戦ウ:残席状況】
12日(金)★15:00 ×
12日(金)19:30 △ 9席
13日(土)14:00 ○ 15席
13日(土)19:00 ◎ 12席
14日(日)12:00 ▲ 9席
14日(日)16:00 ◎ 17席
★=プレビュー公演
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