脳から視た 「スイッチクラフト(切り替える力)」 vol.1〜自己肯定感の育み
2023年11月に、NHK出版さんより出版された『SWITCHCRAFT(スイッチクラフト) 切り替える力: すばやく変化に気づき、最適に対応するための人生戦略』という書籍の帯に、弊社代表の青砥のコメントを掲載いただきました。
スイッチクラフトとは、複雑で予測不能な世界を生きていくうえで必要な「切り替える力」を指します。状況に応じて素早く柔軟に対応することが必要で、その機敏さを支える「自分を知る」「感情への気づき」「状況をつかむ」という3本の柱があることで、切り替える力を十分発揮することができます。
本書では、スイッチクラフトがなぜ重要か、真に機敏さを発揮するにはどのようなマインドセットをもって自己と向き合っていくといいのか、といったことを、著者の具体的なエピソードを交えながら、科学的な視点で示唆を与えてくれる素敵な1冊です。
この本の著者であるエレーヌ・フォックスさんは、認知心理学・神経科学の世界的権威。実は、青砥も、10年ほど前にフォックスさんの前著『脳科学は人格を変えられるか?』を読んで感銘を受けました。
今回、NHK出版さんのご厚意で運命的なご縁がつながり、青砥からフォックスさんにインタビューさせていただきました。現在、webメディアのAmbitionsさんにて記事が公開されております。
★ インタビュー記事前編:自己肯定感を高める「スイッチクラフト」とは?
(後編は こちら )
こちらのnoteでは、インタビューでは語りきれなかった、脳の観点からのスイッチクラフトの育みについて、青砥の視点から、さらに深ぼっていきたいと思います。Ambitionsさん掲載のインタビュー記事(上記リンクより)とあわせてお読みいただけると幸いです。
これからの世界をしなやかに生きる大切な力
曖昧で不確実で複雑で変化だらけのVUCAの時代。未知にあふれる未来を生き抜くために、自分で自分自身の成長とウェルビーイングを高めていける脳を育んでいくことが大切であると、私たちDAncing Einsteinは考えています。
私たちの脳は、ポジティブなものより、ネガティブなものに注意を向けてしまいがちな特徴を持っています(※)。だからこそ、自分のポジティブな側面に目を向けて、「自分オッケーだよ!」と自分自身を認めてあげること、つまり、「自己肯定感を高めていく力」を身につけていくことは、ウェルビーイングを育むうえでとても重要なスキルのひとつです。
青砥は、書籍『スイッチクラフト』を拝読し、スイッチクラフト(切り替える力)の育みと自己肯定感を高めることが強く関係しているのでは?と感じ、インタビューのなかでフォックスさんのお考えを伺いました。
青砥:日本の内閣府の調査(※)によると、日本の若者は他国に比べて自己肯定感が低く、また、自分の将来に希望を持っていないということが示されていて、これは日本のほかの多くの問題も象徴しているように感じています。
自己肯定感と未来への希望が必ずしもリンクするとは限りませんが、未来に希望をもつうえで、自己肯定感はきっと重要な要素だと思っています。
個人的には、スイッチクラフトを育むことで、彼らの自己肯定感や将来への希望を高めることにつながると感じていますが、フォックス先生はどのようにお考えでしょうか?
フォックス氏:そのとおりだと思います。私たちがレジリエンスとウェルビーイングについて多くの研究をしてきたなかで、レジリエンスに本当に必要なものの 1つは「自己肯定感」だとわかりました。自己肯定感はレジリエンスを高め、目標達成もよりしやすくなるのです。
私たちが研究を通して発見したのは、うつや不安感に対して少し免疫があるような、よりレジリエンスのある子供たちは、機敏さや柔軟性が高かったということです。だから彼らは考え方を変えたり、必要なときに戦略を切り替えたりできるのです。それが「スイッチクラフト(切り替える力)」です。
一方で、いまやっていることを続ける必要があるとわかれば、戻ることも大切です。仕事であろうと、人間関係であろうと、あるいは住んでいる場所であろうと、だれもが同じことを長く続けすぎた状況に陥ったことがあるでしょう。切り替えてはじめて、「ああ、なんでこんなに長く気づかなかったんだろう」と思うことはよくあります。どういうときに切り替えて、どういうときにこだわるかを学ぶ能力はとても大切だと思います。
スイッチクラフトにいちばん大切なのは、第一の柱である「すばやく柔軟に対応する(アジリティ)」ですが、それを支える3つの柱(「自分を知る」「感情への気づき」「状況をつかむ」)は、自己や状況に対する認識、自分の感情への意識であり、それらによってほかの人や、自分が置かれている状況を深いレベルで理解できるようになります。
青砥さんが示されたように、自己肯定感の低い人はたくさんいます。こうした深いレベルの自己認識、状況に応じた感情の理解は、自己肯定感を高めるために大切な能力と思います。
フォックスさんの研究されているレジリエンスの観点からも、自己肯定感が必要な要素であるとのこと。また、心理学でいう「自己効力感」を高めることが、自己肯定感を高めることにもつながるとお話しくださいました。
脳的な「自己肯定感」を高めるためには?
そもそも、「自己肯定感」とは何なのでしょうか?
そして、フォックスさんの仰る「自己効力感」とはどういうことなのか?
よく耳にする「自己肯定感」は、言葉のとおり、ありのままの自己を肯定する感覚なわけですが、いまいち抽象的で腹落ちしにくいかもしれません。
「自己効力感」については、フォックスさんがインタビュー記事のなかで次のように述べています。
例えば、「年末までに10kgダイエットする!」という目標を立てたとします。そのために日々の運動や食事バランスなど、予定通りに習慣化することができて、想定の範囲内で順調に体重が落ちているとしましょう。きっと、達成感の積み重ねによって、「自分でちゃんと握れている!」という感覚を覚えることでしょう。
これが、いわゆる「自己効力感」です。
では、よく耳にする「自己肯定感」はどうでしょうか?
言葉のとおり、ありのままの自己を肯定する感覚。ありのままの自分を自分で認めてあげるということ。ありのままの自分でも、何も怖くないし、少しも寒くないわけです。
気持ちはわかるよ、エルサ。でもやっぱり抽象的で、感情的で、具体的にどう育んでいったらいいの?とお悩みの方も多いことでしょう。
ここで、ちょっと脳的な視点で、「自己肯定感」と「自己効力感」を深掘りしていきたいと思います。
下記は、以前、青砥が「自己効力感」をテーマに書いたnoteから引用させていただいております。
自分ってこうだな〜、こういうところあるよな〜と認識されている、ご自身の記憶を俯瞰視してみてください。どんな感情が湧いてきますか?
「これをやりたい」「あれに挑戦しよう」「なんとかやりきりたい」
そんな自分のゴールを乗り越えてきた方は、「次のゴールも乗り越えられる!」という自己効力感が育まれているでしょう。そして「がんばって乗り越えた自分」という記憶を宿した自分自身に対して、「いいね!」とポジティブな感情をもつことでしょう。
このとき引き出される感情がポジティブなものが多ければ、それは自己肯定感にもつながります。逆に、ネガティブであればあるほど、自己否定感につながっていきます。
では、脳の観点から自己肯定感を高めるには、どうしたらいいのか?
大前提として重要なこと、それは、自分自身を肯定する「強い記憶」をつくるということです。
「自分OK!」の強い記憶を育む、脳の情報処理のハナシ
そう、大事なのは、強い記憶をつくること。
それも、「自分オッケーだよ!」と手放しで言える、強い記憶です。
もちろん、鏡の向こうでオッケーポーズをしながら笑う自分を見ているだけでは育まれません。(効果がないわけではありませんが、この話はまたの機会に、、、)
では、自己肯定感の大前提である強い「自分オッケー」という記憶をつくるためにはどうしたらいいのか、脳の情報処理のしくみとあわせて見ていきましょう。
脳のシステムは大層複雑にできておりますが、ここではざっくりシンプルにした図を用いてお話ししていきます。
私たちの脳は、自分の内外にあるさまざまな情報のうち、自己の脳のフィルターを通ったものだけを認識しています。目の前に広がる景色、何がどう動いたか、どんな音をしていたか、どんな匂いだったか、といった自己の外側にある情報。はたまた、痛い、眠いといった身体の声や思考などの自己の内側にある情報。ありとあらゆる情報の中から、脳のフィルターを通り、脳が認識することができるのは、たったの1000分の1以下と言われています。
そのフィルターを通った情報に対して、脳は反応します。これいいな、楽しい、嬉しい、おもしろいといったポジティブな反応。嫌だな、イライラ、気持ち悪いといったネガティブな反応。ちょっとした違和感だったり、ポジティブでもネガティブでもない反応などなど。
入ってくる情報たちに対して、脳内ではあらゆる反応が起こりますが、ここで重要なのは、その反応性に「気づく」ということ。
たとえば、忙しい日々、コンビニで適当なご飯を買い、時間がもったいないとでも言わんばかりに流し込むように食べて・・・・というような生活をしていたら、それがどんな味だったか、そもそも何を食べたかも覚えていない、ということもありますよね。
つまり、反応したものがすべて記憶となるわけではなく、反応しそれに気づくことによって記憶に残りやすくなるのです。
そしてもうひとつ、「自分オッケー」という記憶をつくるうえで大切な脳の3つのネットワークのお話しをしておきましょう。
人の脳は、dlPFCという前頭前皮質にある領域によって、「ここを見よう」「あの音を聴いて」という指示を自分に出し、その方向に意識を向けることができます。新しい情報を咀嚼したり、意識的な思考を司るのもこのdlPFCさんが本領を発揮しています。そしてその意識的な思考を実際に行動に移すために、セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)という意識の司令塔のようなネットワークが活躍します。
この脳のシステムのおかげで、私たちは、自己のフィルターのあり方、反応のあり方、記憶のあり方に、意識的に働きかけることができるのです。
意識的に自分に取り入れようとした情報は、何度も繰り返すうちに、考えずとも自然とできるようになることが誰しも経験があると思います。歩いたり、歯磨きしたりするときに「腕をこう動かして・・・」と考えながら実行している大人はそうそういないはず。
これはデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)という無意識的に行動を誘因するネットワークのおかげなのです。
CENによって取り入れた新しい情報と、DMNによってルーティン化されたような情報、この差分を感じ取り気づく大切な役割をしているのが、サリエンス・ネットワーク(SN)です。
前述した、脳の反応性に「気づく」のも、SNの活躍によるものです。
これらの脳の特性、ネットワークから見えてくるのは、強い記憶をつくるためには、「意識する」→「気づく」→「何度も繰り返す」ことが非常に大切だということです。
フィルター・反応・記憶の関係性が自己肯定感を高めるカギ
さて、そんな記憶のしくみをシンプルに捉えたところで、自己肯定感のお話しに戻ります。
自己肯定感の大前提として「自分オッケー」の記憶が大事だとお話ししました。
前述のフィルター・反応・記憶のしくみと3つのネットワークを照らし合わせてみていただけたらご理解いただけると思いますが、「自分オッケー」の記憶は、自分で意識することでつくっていくことができるのです。
周りの誰かと比べては、「ここができていない」「ここも足りない」。そんなところばかりが目につくのは、人間の脳がそのようにできているから当たり前。
その逆に、過去の自分と比べて、「ここができるようになった!」「自分のこういうところが好き」というところを、どんな些細なことでもいいので、意識的に見ていくところから始めましょう。「自分オッケー」情報が、脳のフィルターを通るようにしていきます。
自分のポジティブな面を捉えた情報に対して、脳の反応性もまた、ポジティブな反応があらわれるはず。些細なポジティブ情報に比例して、反応性も些細なものかもしれませんが、些細な反応も感じ取れるSNを育むことが、記憶を残しやすくするうえでとても重要です。
意識的に繰り返し学習することによって記憶をつくり、ときには記憶の中から当時のポジティブな感情を思い返して味わったりして、記憶を強化していきます。
強い記憶は、私たちが今何も考えずに歩くことができるように、自分の得意分野は難なくこなせるように、DMNへと落とし込んでいくことができるのです。
青砥:多くの場合、ネガティビティバイアス(※)によって、自分の良くない情報を拾いがちですが、そうではないフィルタリングをしていけると良いですね。自分が出来ている部分、成長できているところに注意を向ける。これは自分を知ることにもつながるし、状況の把握にもつながります。
そうして入ってきた「自分オッケー」という情報に対するポジティブな感情の反応に気づき、記憶化を促してあげる。そして「自分オッケー」という記憶たちがあるからこそ、さらにポジティブな反応性にも気づきやすくなっていき、自己を肯定できるような情報のフィルタリングを強化してくれる。
この「自分オッケー」の循環によって、自分の脳の中に強い記憶たちがつくられていきます。つまり、フィルター・反応・記憶の3つの関係性を意識的に育んでいくことで、自己肯定感は育まれていくのです。
自分を知る。状況を把握する。自分の感情への気づき。
これらはスイッチクラフト(切り替える力)を支える重要な要素です。
誰でもない、自分自身に向き合い、脳のフィルター・反応・記憶の循環を意識しながら何度も繰り返し、「自分オッケー」という強い記憶をつくる。
そうしてつくられた強い記憶たちを俯瞰的にみていくことで、自己肯定感を育み、しなやかに未来を生き抜くためのスイッチクラフトの育みにもつながっていくのではないでしょうか。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
フォックスさんとのインタビューからたくさんの共感や仮説の広がりをいただいたので、次回も、脳の観点から、自分自身でウェルビーイングを育むスキルについての記事をお届けしたいと思います🎶
NHK出版・書籍編集部さんのnote「本がひらく」では、現在、本文の一部を特別公開中のようです。ご参考まで。