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『太陽と錨』
「まだ、間に合うだろうか?」
寝ぼけ眼のシューズに気遣うことなく、駆けていく。
ランニングの習慣は、昨年どころか一昨年に置いてきた。
脚に負担がかからない程度の急ぎ脚。
キンと冷えた空気を吸い込み息を吹き返す心臓。
やけに冴え渡る思考。
いつでも心は答えを知っているものだ。
きっと、間に合う。
***
潮の香りがする。
中学の長距離走大会を思い出すのは偶然ではない。
その場所に近づいているのだから。
肺が中から押し広げられるような感覚。
呼吸が乱れてから、登り坂に気づく。
「心肺と脚は別ものだ。脚の回転速度を緩めるな。」
そう、あの時も発破をかけたが、残念ながら脚は従順だった。
***
頰がほのかに暖かくなってきた。
熱源に目をやる。
水晶体を通して無垢な光が全身を駆け巡るのがわかる。
どの太陽も、同じ太陽だ。
太陽は何も変わらず、何億年もただそこに佇んでいるだけ。
それが365回に一回は、特別なものとなる。
これも知性だ、と思考が横展開していく。
人が知の性から抜け出すのは容易ではないだろう。
心拍が、落ち着きを取り戻す。
心に複雑に沈み込んだ錨も、ガコンと上がり始めたようだ。
ユラユラと歪む初日の出を振り切り、また前を向いて駆け出す。